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「黙って笑えないならいらない」と捨てられた八歳の公爵家五女、辺境の魔女先生に鍛えられて王都の天才たちを黙らせる  作者: 他力本願寺


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第4話 先生は褒めなかった

「不合格です。最初からやり直しなさい」


先生のその言葉から、私の本当の『授業』が始まった。

「泣いた理由を説明する」。簡単なことだと思った。私は新しい羊皮紙を引き寄せ、震える手でペンを握った。


『先生に、答えが違うと言われて、悲しかったからです』


書き上げて提出すると、先生は一瞥しただけで、赤いインクで斜線を引いた。


「嘘ですね。あなたは自分の暗記が完璧だと知っていた。だから『違う』と言われた悲しみより前に、別の感情があったはずです」


心の中を見透かされたようで、私はビクッと肩を震わせた。

別の感情。どうして怒るの。どうして認めてくれないの。

私はもう一度、ペンを取った。


『完璧に覚えたのに、どうして認めてくれないのかと、理不尽に思いました』


「……不合格です」


また、赤いインクが引かれる。

容赦のない音が、静かな教室に響く。


「理不尽に思ったのなら、怒ればいい。反論すればいい。ですがあなたは泣き崩れ、怯えました。あなたが本当に恐れたものは何ですか」


恐れたもの。

頭の中に、冷たい王都のお屋敷の光景が蘇る。

「そういうところよ」とため息をつくお母様。

「教育不能」と切り捨てた家庭教師。

「辺境へ預けろ」と、私を見ずに言い放ったお父様。


私は、泣きながら羊皮紙に向かった。涙で文字が滲んで、とても王都の令嬢とは思えないような、汚い字になった。

こんなことを書いたら、きっと「面倒な子供だ」と呆れられる。今度こそ、本当にどこかへ捨てられてしまうかもしれない。

でも、先生は本当のことしか許してくれない。


『私は、完璧にできませんでした。完璧にできないと、またいらない子として、ここからも捨てられると思ったからです』


書き終えた羊皮紙を、両手で差し出す。

先生はそれを受け取ると、じっと文字を見つめた。

怒られる。笑われる。「公爵家の娘が、みっともない被害妄想だ」と。


けれど、先生は今度は赤いインクを使わなかった。


「……よろしい」


ただ一言、そう言って、その羊皮紙を束の一番下にしまった。

褒めてはくれなかった。「そんなことはない、捨てたりしない」と慰めてもくれなかった。ただ、私の醜い本当の言葉を、そのまま受け取っただけだった。



それから夜まで、法典の読み直しと、その条文が「誰のどんな権利を守るために書かれたのか」を抜き出す作業が続いた。

これまでの暗記とは違う。言葉の意味を一つ一つ考え、それがどんな時に「武器」や「盾」になるのかを想像する。頭の芯がじんじんと熱くなるような作業だった。


「前に出なさい。黒板に、今見つけた第七条の解釈を書き出しなさい」


窓の外はすっかり暗くなり、魔導灯の青白い光が教室を照らしている時間だった。

私は椅子から降りて、前方の大きな黒板の前に立った。

チョークを渡され、言われた通りに答えを書こうとした。けれど。


(……とどかない)


私の背丈では、黒板の半分より下にしか手が届かない。そこでは下すぎて、先生の教卓からは見えづらいはずだ。

王都の遊戯室にあった黒板は、子供用に低く作られていた。でも、ここの黒板は大人が使うための本物だ。

背伸びをして、腕を思い切り上に伸ばす。

ふくらはぎがプルプルと震え、チョークを持つ指先に力が入らない。

「カツッ、キーッ」と、チョークが嫌な音を立てる。

文字が歪む。大きさがバラバラになる。王都のラングレー先生なら、絶対に許さないような不格好な文字だ。


「遅い」「見苦しい」「もっと綺麗に書きなさい」

いつ後ろからそんな声が飛んでくるかと、私はビクビクしながら背伸びを続けた。

腕が痛い。足が疲れた。でも、休んだら怒られる。完璧にやらなければ。


必死に書き終えて振り返ると、先生は私の書いたガタガタの文字を、無言で見つめていた。

ダメだ。ため息をつかれる。


「……席に戻りなさい。今日の授業はここまでです」


先生は、私の文字の汚さも、書くのが遅かったことも、何も言わなかった。

ただ、答えの内容だけを自分の手元のノートに書き留めて、教室を出て行った。



夕食のスープは温かくて美味しかったけれど、私の心はずっと冷たいままだった。

ベッドに入って、分厚い毛布に包まれても、不安で眠りにつくことができない。


(また、嫌われちゃった)


今日一日、先生は一度も笑わなかった。

私が本当の理由を書いた時も、必死に答えを出した時も、背伸びをして不格好な文字を書いた時も。

ただ冷たい目で、私を値踏みしているようだった。


『どうして普通に笑えないの』

お母様の言葉が、耳の奥で蘇る。


あの公爵家では、上手に笑えなくて嫌われた。

ここでは、上手に答えを書けなくて嫌われるんだ。

私は毛布を頭から被り、声を殺して泣いた。どこに行っても、私はダメな子供だ。



翌朝。

足取りは鉛のように重かった。

廊下を歩く間も、お腹の底が冷たくてギュッと縮こまっている。

また怒られる。また、赤いインクで私の全部をバツにされる。

教室の扉の前に立ち、深呼吸をしてから、重い木の扉を押し開けた。


「おはようございます、リゼット」


先生は、昨日と全く同じ姿で、教卓の前に立っていた。

表情は硬く、氷のような目は少しも優しくない。


「おはようございます、先生」


私は俯き加減のまま、自分の席へと歩き出した。

今日もまた、あの高い黒板に向かって、痛い腕を伸ばして震えながら字を書くのだ。

そう思いながら前を見た時、私はピタリと足を止めた。


黒板の前。

昨日、私が背伸びをして、プルプルと震えながら立っていたまさにその場所に。


木でできた、小さな踏み台が置かれていた。


装飾なんて何もない、本当にただの木の箱だ。

でも、角は怪我をしないように丁寧に丸く削られていて、私が乗っても絶対にグラグラしないくらい、どっしりとしていた。


私は、その踏み台と、先生の顔を交互に見た。

マルタさんが掃除の時に置き忘れたわけじゃない。昨日、私が部屋を出る時には、あんなものはなかった。

先生が、用意してくれたのだ。

私が背伸びをして、苦しそうに文字を書いていたのを、先生はずっと見ていた。

「遅い」とも「見苦しい」とも言わず、ただ、私には何が足りないのかを黙って見ていたのだ。


先生は、まだ何も言わない。

昨日と同じように、冷たい顔で私を見下ろしている。


先生は褒めなかった。

でも黒板の前には、小さな踏み台があった。

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