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「黙って笑えないならいらない」と捨てられた八歳の公爵家五女、辺境の魔女先生に鍛えられて王都の天才たちを黙らせる  作者: 他力本願寺


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第38話 自分の言葉で証言する

「いい加減にしなさい、リゼット」


役人たちの後ろから、氷のように冷たく、威圧的な声が響いた。

お父様だった。

仕立ての良い分厚い外套を着たお父様は、泣き崩れるお母様を一瞥することもせず、ただ冷徹な灰青色の目で私を見下ろした。


「お前がこれ以上、辺境の魔女に操られて意地を張るというのなら、レーヴェン辺境伯は王命に逆らった反逆者として裁かれることになる。お前を拾って世話をしてくれた恩人に、取り返しのつかない迷惑をかけるつもりか」


私の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。

お父様の言葉は、大理石のように重くて鋭かった。私が辺境伯様たちを大切に思っていることを見透かして、その『罪悪感』を突いてきたのだ。

私がここで我を通せば、温かいスープを作ってくれたマルタさんも、辺境の領民のために働くギデオン様も、全部めちゃくちゃになってしまう。


足が、すくみそうになった。

「はい、お父様のご判断に従います」と、あの恐ろしい一文を口にしてしまえば、辺境の人たちは守られる。


(でも……!)


私は、ギュッと唇を噛み締め、両手でドレスの裾を強く握りしめた。

先生は教えてくれた。守られるだけでは、また奪われるのだと。私がここで大人の理不尽な脅しに屈してしまえば、それこそ辺境伯様や先生が私を守るために戦ってくれた意味がなくなってしまう。


「……辺境伯様を、反逆者にはさせません」


私は、震える足に力を込めて、お父様と役人たちを真っ直ぐに見据えた。


「私が、洗脳なんてされていないことを、自分の言葉で証明しますから」


私は、執務机の上から、先生の赤いインクで直された『陳述書』と、ギデオン様が用意してくれた分厚い『証拠書類』の束を手に取り、評議会の役人の前にドンと差し出した。


「これを見てください。ここには、私が辺境で心身ともに健康に育っている記録と、王立学術院が私の知性を認めた受理証があります。そしてこれは、私自身の意思で書いた陳述書です」


役人の男は、差し出された書類の束を見て、信じられないものを見るように目を丸くした。


「な、なんだこれは。自筆の署名に、認証封蝋……法的な手続きに一切の不備がない……たかが八歳の子供が、評議会へ提出する正式な抗弁書類を自分で用意したというのか……?」


「はい。私は、誰かに言われてここにいるのではありません。私自身の意思で、公爵家への帰還を拒否します」


「馬鹿なことを言うな!」


お父様が、苛立ちを露わにして怒鳴った。


「お前は公爵家の娘だ! 王都の正しい教育を受けなければ、貴族として生きていくことなどできないのだぞ!」


「お父様の言う『正しい教育』とは、なんですか」


私は、一歩も引かずに言い返した。


「家庭教師の先生が間違った年号を教えても、帳簿の数字が誰かの嘘で歪められていても。都合の悪いことには気づかないふりをして、ただ黙って愛想笑いをするお人形になることですか。それが、お母様の言う『男たちに守られて生きる』ということですか」


私は、泣き崩れているお母様を見た。


「お母様。黙って笑っていれば守られるというのは、嘘です。王都の教育は、大人の都合の良い嘘を見抜く目を奪い、不当な扱いを受けた時に戦うための『言葉』を奪うものです。それでは、本当に大切なものを奪われそうになった時、自分を守ることはできません」


私は、お父様と、役人たちを交互に見回した。


「私はこの辺境の教室で、数字の奥にある嘘を見つける方法と、人の立ち位置を測る礼法の意味を学びました。そして、未来の自分を守るための、証拠の残し方を教わりました。……私はもう、大人の言葉の矛盾から目を逸らして、誰かに守ってもらうのを待つだけの子供ではありません」


執務室は、深い静寂に包まれた。


私が言葉を紡ぐたびに、役人たちの顔色が変わっていった。

目の前にいる八歳の少女が、大人の操り人形などではなく、自らの頭で論理を組み立て、法と制度を理解し、自分の意思で堂々と立ち向かってきている。

「魔女に洗脳されて判断能力を奪われている」という公爵家の主張が、根底から完全に破綻していることは、誰の目にも明らかだった。


「……信じられん」


役人の男は、手にした陳述書と私を交互に見比べ、額に汗を浮かべて呟いた。


「これほど明確で論理的な自己主張と、正式な認証封蝋つきの反証書類……。これを確認せず強制執行すれば、今度は評議会側の手続きに瑕疵が出る」


役人の顔から、血の気が引いた。


「本命令書は一時凍結とする。公爵家の即時帰還要求は、少なくとも本書類の再審理が終わるまで執行できない」


役人の宣言が響いた瞬間。

エドガー・オルブライト公爵は、目を見開き、よろめくように一歩後退した。



(――王都側――)


エドガーは、自分の耳を疑った。

王都の法と制度を熟知し、権力を笠に着た自分の完璧な包囲網が、たった八歳の娘の「言葉」と「証拠」によって、いとも容易く打ち砕かれたのだ。


娘は、辺境伯の後ろに隠れて泣くこともなく、魔女の代弁に頼ることもなかった。

自分の足で立ち、自分自身の力で、公爵家という巨大な敵を論破してみせた。

その知性。その胆力。その、圧倒的なまでの『力』。


『家の嘘を見抜く、都合よく黙らない危険な子』

そう判断して、辺境へ捨てた。

だが、その「目」と「言葉」こそが、腐敗した王都の貴族社会で生き抜き、公爵家の未来を強固に支え、さらなる繁栄をもたらすことのできる、唯一無二の最強の武器だったのだ。


自分は、何というものを手放してしまったのか。

出来の悪い五女などではなかった。この国を揺るがすほどの才能を秘めた天才を、自らの手で、敵対する辺境伯の元へと追放してしまったのだ。


「ああ……リゼット……私の、娘……」


セレスティアが、床に這いつくばるようにして泣き崩れた。

彼女が信じ、娘に強要してきた「黙って笑う」という空虚な処世術は、娘自身の力強い声によって完全に否定された。

もう二度と、あの子が自分に向かって、あの愛らしい作り笑いを向けてくれることはない。


エドガーもまた、足の力が抜け、その場にへたり込みそうになるのを必死に堪えていた。

取り返しのつかない深い後悔と絶望が、冷たい辺境の風とともに、公爵夫妻の胸を容赦なく抉り続けた。


彼らが捨てた娘は、教壇の前に立つ黒衣の魔女と、腕を組んで傲岸に笑う辺境伯に見守られながら、はっきりと、こう告げたのだった。


「私は、もう黙って笑いません」

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