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「黙って笑えないならいらない」と捨てられた八歳の公爵家五女、辺境の魔女先生に鍛えられて王都の天才たちを黙らせる  作者: 他力本願寺


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第33話 今度は奪わせない

ギデオン様の執務室の大きな机の上には、王都教育評議会へ提出するための反証書類が、山のように高く積まれていた。


「王都の狸どもは、俺たち辺境の人間を、頭の回らない野蛮人だと見下している」


ギデオン様は、分厚い羊皮紙の束をバンバンと音を立てて揃えながら、獰猛な肉食獣のように口角を上げた。


「だからこそ、泣き落としや情に訴えるような真似はしない。奴らが一番恐れる『完璧な法的手続きと証拠』で、正面から殴り返してやる」


ギデオン様が広げた証拠の数々に、私は目を見張った。


一番上に置かれているのは、私がこの屋敷にやってきた日に、お父様が使者に持たせた『教育委託状』だ。そこには、公爵家の当主として、私の教育と生活の一切をレーヴェン辺境伯に委ねる旨が、はっきりと記されている。

さらに、王立学術院が発行した私の報告書の『受理証』。

そして、辺境の専属医師による定期的な健康診断書や、マルタさんが記録してくれていた毎日の食事の献立表まであった。


「リゼットが辺境で不当な扱いを受け、洗脳されているなどという公爵家の主張が、いかに根拠のない妄想であるか。これを見れば一目瞭然だ。お前はここで、王都にいた頃よりもずっと健康に育ち、学術院が認めるほどの知性を発揮しているのだからな」


ギデオン様の大きくて分厚い手は、剣を握るための無骨な手だ。

でも、その手が扱っているのは、私を守るための精緻で完璧な書類の山だった。

私は、ギデオン様のその背中を見て、息の詰まるような恐怖が少しずつ薄れていくのを感じた。この人が味方でいてくれるなら、絶対に大丈夫だと思える、圧倒的な安心感があった。


「あ……これは……」


私は、書類の山の中に、見覚えのある一枚の紙が混ざっているのを見つけて、思わず声を上げた。


それは、お父様から送られてきた『父上のご判断に従います』という一文を、私が一生懸命に書き写した手紙だった。

でも、おかしい。あの手紙は、先生が私の目の前でビリビリに破り捨てたはずだ。


「ああ、それか」


ギデオン様は、その手紙を指差して言った。


「あの夜、お前の書いた手紙を破棄した後、マグダレーナが記憶を頼りに一字一句違わずに書き起こした『写し』だ。いつか公爵家が法的な罠を仕掛けてきた時のために、俺の署名と日付を添えて、証拠として保管しておいた」


私は、驚いてマグダレーナ先生を見た。


先生は、私に理由も言わずに手紙を破り捨てて、私から「憎い」と思われたあの夜。

ただ感情的に手紙を破ったわけではなく、その後にやってくる公爵家の攻撃を見越して、あの悪意のある文面を『証拠』として密かに保全していたのだ。


「……マグダレーナ」


ギデオン様は、窓際で黙り込んでいる先生の方へ向き直り、低く、静かな声で呼びかけた。


「お前は、かつて王女から牙を奪い、大人の悪意の前に丸腰で放り出してしまったと、自分を責めていたな」


先生は、ビクリと肩を震わせ、目を伏せた。


「……事実です。私の教育が、殿下からすべてを奪いました」


「違うな」


ギデオン様は、きっぱりと否定した。


「お前の教育は間違っていなかった。ただ、王都の貴族どもの悪意が、お前の想像を絶するほどに腐り切っていただけだ」


ギデオン様は、ゆっくりと先生に近づき、その目の前に立った。


「リゼットの答案に、容赦なく赤いインクを入れ続けたお前は、決して冷たい女なんかじゃない。お前はただ、二度と教え子を大人の悪意に差し出さないと決めただけだ。痛みを伴ってでも、自分の手で自分を守る武器を持たせようと、一人で戦い続けてきたんだろう」


先生は、ハッと息を呑んで顔を上げた。

銀縁の眼鏡の奥の瞳が、大きく揺らいでいる。


「俺は、そんなお前の不器用な戦い方を、誰よりも信頼している。お前がリゼットを鍛え上げ、俺がその盾となる。……今度は絶対に、誰にも奪わせはしない」


ギデオン様の言葉に、先生は何も答えなかった。

ただ、ギュッと唇を噛み締め、少しだけ赤くなった目を伏せて、小さく、本当に小さく、一度だけ頷いた。


私は、大人同士の難しい会話のすべてを理解できたわけではない。

でも、ギデオン様が先生を怒っているわけではなく、先生のやり方を誰よりも認めて、大切に思っていることだけは、子供の私にもはっきりと分かった。


そして、ギデオン様は私の方を振り向くと、ニヤリと笑った。


「さあ、王都の狸どもに、辺境の反撃を見せてやろう。忙しくなるぞ、リゼット」


公爵家という巨大な権力と、王都の教育評議会を相手にして、本格的な喧嘩を始めるというのに。

ギデオン様は、どこか楽しそうに、頼もしく笑っていた。


怒っているのかと思った。でも辺境伯様は、なぜか嬉しそうだった。

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