第26話 自分の声で答える
「僕の負けだ、リゼット嬢。君の案こそが、本物の領地経営だ」
ユリウス様が頭を下げた瞬間、大講堂の空気は凍りついたように動かなくなった。
王都の大人たちがこぞって「神童」と持て囃し、決して間違うはずがないと信じていた完璧な少年が、辺境に捨てられた八歳の五女に対して、はっきりと敗北を宣言したのだ。
「ま……待ちなさい!」
その静寂を破るように、審査員長が弾かれたように立ち上がった。
白髪の老人は、信じられないものを見る目で私を指差した。
「ヴェルナー殿、騙されてはいけませんぞ! たかが八歳の子供が、北方の雪の深さや、馬車の車輪の滑り具合など、そこまで正確な現地の事情に精通しているはずがない!」
審査員長は、どうしても私の出した答えを認めたくないようだった。
彼にとって、王都の美しい計算式が、辺境の泥臭い現実に負けることなどあってはならないのだ。
「正直に言いなさい、リゼット嬢」
審査員長は、私を威圧するように声を張り上げた。
「その答えは、誰に教わったものだ? 辺境伯か? それとも、あの偏屈な魔女……マグダレーナ・クロウの入れ知恵か?」
傍聴席が、ざわっと大きく揺れた。
「そうだ、大人が言わせているに決まっている」「あんな子供が一人で考えつくはずがない」と、貴族たちが口々に囁き始める。
お父様やお母様、そしてお姉様たちも、「やはりそうか」とホッとしたような顔で私を見ていた。
王都の大人たちは、私が「はい、先生に言われました」と答えるのを待っているのだ。
そう答えれば、彼らは「やはり大人の入れ知恵か。子供を政治の道具に使うとは」と私を笑い、私の見つけた矛盾をすべてなかったことにして、彼らの心地よい世界に戻ることができるから。
(……王都の教育は、そうだったわね)
私は、椅子に座るお姉様たちを見た。
家庭教師が読み上げる美しい詩を、疑問も持たずに『暗記』して、大人が喜ぶようにそっくりそのまま口に出す。それが王都の「賢い子供」の正解だった。
だから彼らは、私が今口にした言葉も、辺境の大人から暗記させられただけのものだと疑わないのだ。
私は、教壇の端、少し離れた場所に立っている先生を見た。
黒いドレスに身を包んだマグダレーナ先生は、いつものように何の表情も浮かべず、ただじっと私を見つめていた。
先生は、助け舟を出そうとも、代わりに言い訳をしてくれようともしなかった。ただ、私が自分の口で何を言うのかを、黙って待っている。
(先生は、私に『答え』なんて、一度も教えてくれなかった)
私は、大きく息を吸い込み、審査員長を真っ直ぐに見据えた。
足の震えは、もう完全に止まっていた。
「……誰も、私にこの答えを教えてはくれませんでした」
私の声は、自分でも驚くほど静かで、はっきりと大講堂に響いた。
「な、何を誤魔化している! では、どうしてあなたが雪道の恐ろしさを知っているのだ!」
「私が辺境で学んだからです。先生は私に、数字の裏にある嘘を見抜く方法と、『誰が、いつ、どこを運ぶのか』という正しい問いの立て方だけを教えてくれました」
私は、頭の中に浮かぶ辺境の風景を、一つ一つ言葉にしていった。
「雪が降る前に麦を運ばなければいけないことは、私よりずっと計算の早い、辺境の村に住む私の友達が教えてくれました。冬の風の冷たさや、雪の重さは、私が辺境で生きて、自分の肌で感じたことです」
お父様の書斎で、年号の間違いを指摘しただけの私は、ただ知っている知識を口にして、大人の空気を壊すだけの子供だった。
正しいことを言えば、愛してもらえると思っていた。
でも、今は違う。
「私は、先生に教わった武器と、友達に教わった知識と、自分の目で見た辺境の冬を繋ぎ合わせました。そして、『どうすればこの村の人たちが飢えずに冬を越せるか』と自分で問いを立てて、一生懸命に考えました」
私は、自分の胸に両手を当て、大勢の大人たちを見回した。
「これは、私が自分の頭で考え、自分の責任で出した、私の答えです。誰の入れ知恵でもありません」
私は、もう「黙って笑え」と言われて怯えるだけの子供ではない。
大人の顔色を窺って、自分の言葉を飲み込む必要なんてないのだ。
だって、私は私の答えを、自分で書ける人間になったのだから。
「だから、私はこの答えを、絶対に引っ込めません」
私の宣言が、高い天井に吸い込まれて消えた。
誰もが、信じられないものを見る目で私を見つめていた。
言い訳でも、大人の受け売りでもない。八歳の子供が、大勢の貴族を前にして、一歩も引かずに自分の意思を貫き通したのだ。
私を「教育不能」と見下していたラングレー先生も。
私の答えを見劣りすると笑っていた審査員たちも。
そして、私を「家の恥」として捨てた、お父様やお母様も。
会場が、静まり返る。




