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「黙って笑えないならいらない」と捨てられた八歳の公爵家五女、辺境の魔女先生に鍛えられて王都の天才たちを黙らせる  作者: 他力本願寺


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第23話 第二試問・古典

第一試問が「引き分け」という結果で終わり、大講堂にはざわざわとした落ち着かない空気が漂っていた。

私を嘲笑っていた大人たちも、少しだけ戸惑ったような顔でヒソヒソと囁き合っている。


「続いて、第二試問に移る。科目は『古典』である」


審査員長の重々しい声が響くと、傍聴席の最前列から一人の男の人が進み出てきた。


「私が、お相手を務めましょう」


その顔を見た瞬間、私は息を呑み、ドレスの裾を強く握りしめた。

仕立ての良い服を着て、自信たっぷりに微笑むその人。

王都で一番人気があるという家庭教師。そして、お父様に「この子は教育不能です」と告げ、私を辺境へ追放する直接のきっかけを作った張本人、ヴィクトール・ラングレー先生だった。


ラングレー先生は、壇上に座る私を見下ろし、口元に嘲るような笑みを浮かべた。


(お前のような出来の悪い子供が、私の前で何ができるというのだ)


口には出さなくても、その目がはっきりとそう語っていた。傍聴席を見ると、お母様やお姉様たちも「これでこの子の化けの皮も剥がれるわ」とばかりに、扇の陰で冷たく笑っている。


「では、リゼット嬢。あなたが辺境の泥の中で、どれほど素晴らしい古典の教養を身につけたのか、拝見いたしましょう」


ラングレー先生は、よく通る滑らかな声で、ある古い詩の朗読を始めた。


『白亜の城のバルコニーにて、我らが王と美しき王妃は手を取り合う。

建国暦二百十五年の春の風が、二人の愛と、この国の永遠の平和を祝福した――』


それは、建国期の王族の愛と絆を讃える、とても美しく有名な詩だった。

私が公爵家にいた頃、日差しの入る明るい遊戯室で、お姉様たちと一緒に聞かされたのと同じもの。

ラングレー先生の美声が大講堂に響き渡ると、傍聴席の貴族たちはうっとりと目を閉じ、感嘆の溜息を漏らした。


「……さて。この詩が詠まれた建国暦二百十五年、王と王妃がどのような困難を乗り越えてこの場に立ったのか。その歴史的背景を、順を追って説明しなさい」


朗読を終えたラングレー先生は、さも簡単な問題だと言わんばかりに私を見た。


暗記した歴史の出来事を、どれだけ流麗な言葉で美しく語れるか。彼が私に求めているのは、ただの綺麗な『暗唱』だ。

もし私が少しでも言葉に詰まれば、彼は「やはり何も分かっていない」と私を笑い者にする気なのだ。


私は、膝の上で両手をきつく握りしめた。

指先が氷のように冷たくなる。

この詩を知っている。ラングレー先生の授業でこれを聞いた時、私はどうしてもおかしいと思って、口を開いてしまったのだ。


その結果、先生は怒って部屋を出て行き、お母様は冷たい目で私を見下ろした。

『……そういうところよ』

お母様の呆れ果てた声が、耳の奥で蘇る。お父様の重い書斎の扉が閉まる音が、頭の中で何度も響く。


怖い。

また同じことを言ったら、今度こそこの大勢の大人たちの前で「頭がおかしい」と笑われるんじゃないか。

「やっぱりいらない子供だ」と、完全に切り捨てられてしまうんじゃないか。


声が震えそうになる。逃げ出したい。

でも。私は、マグダレーナ先生から何を教わってきたの?


『古典とは、過去の人間がどのようにして本心を隠し、他人を支配しようとしたかを知るための記録です。歴史の嘘を読むための目なのです』


お母様からの手紙の嘘を暴いた時、先生はそう教えてくれた。

王都の大人たちは、自分たちの都合の良いように言葉を飾り、本当の歴史を隠す。その綺麗な嘘をそのまま飲み込んで、お人形のように笑うことなんて、私にはもうできない。


私は、小さく息を吐き出して、顔を上げた。

ラングレー先生の目を、真っ直ぐに見つめ返す。


「……その詩の背景を語ることは、できません」


私の言葉に、ラングレー先生は鼻で笑った。


「ほう。やはり辺境の野蛮な教育では、この詩の美しい意味すら理解できませんでしたか? これだから、頭に難のある子供は……」


「いいえ、そうではありません」


私は、震える足にぐっと力を込めて、椅子から立ち上がった。そして、講堂の端まで届くように、お腹の底から声を出した。


「詩の年代が、間違っているからです」


大講堂が、シンと静まり返った。

ラングレー先生の顔から、余裕の笑みがスッと消えた。


「な……何を馬鹿なことを。これは王立図書館にも収められている由緒正しき……」


「その年、王妃様はまだ嫁いでいません」


私は、はっきりと告げた。

あの日、遊戯室で途切れてしまった言葉の続きを。辺境で『証拠の順番』を学んだ、今の私の言葉で。


「王族の公式な婚姻記録では、王妃様が隣国から輿入れされたのは建国暦二百十八年です。二百十五年の時点では、王様はまだ独身でした。つまり、この詩は当時の出来事を詠んだものではなく、後から王家の権力を美しく見せるために、年代を誤魔化して作られた『作り物』です」


一気に言い終えると、傍聴席から「なんだと?」「作り物だと?」とどよめきが起こった。


「なっ……! で、デタラメだ! 子供の分際で、歴史ある詩を侮辱する気か!」


ラングレー先生が顔を真っ赤にして怒鳴った。

でも、私はもう怯えなかった。


「デタラメではありません。王立学術院の皆様なら、すぐに確認できるはずです。王立図書館にある『旧王国婚姻記録』の第三巻と照らし合わせてみてください」


私の堂々とした態度に、審査員席が慌ただしく動き始めた。

白髪の審査員たちが分厚い資料をめくり、顔を寄せ合ってヒソヒソと話し合う。ペラペラと紙をめくる音だけが、異様に大きく聞こえた。


やがて、審査員長がゆっくりと顔を上げ、重々しく口を開いた。


「……リゼット嬢の指摘通りだ。公式の婚姻記録と、この詩の年代には、明確な矛盾が存在する。我々も、長年この詩の美しさに目を奪われ、正確な史実の検証を怠っていたようだ」


「そ、そんな馬鹿な……! 私が、間違えていただと……!?」


ラングレー先生は、足から崩れ落ちるようにしてよろけ、呆然と立ち尽くした。

王都で一番人気の家庭教師。礼法と暗記教育の権威である彼が、自分が得意げに出題した問題の根本的な間違いを、八歳の子供に指摘され、公の場で完全に否定されてしまったのだ。


大講堂は、水を打ったように静まり返っていた。

先ほどまで私を冷笑していた大人たちが、今は言葉を失って、ラングレー先生と私を交互に見つめている。

傍聴席のお母様も、持っていた扇を落としそうなほど目を見開き、お姉様たちは信じられないものを見るように固まっていた。


誰も、私の言葉を遮らなかった。

誰も、私の見つけた矛盾を「可愛げがない」と怒らなかった。


私は、震えの止まった両手をそっと下ろし、静かに前を見た。


「そういうところよ」と言われた私の答えが、今度は武器になった。

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