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「黙って笑えないならいらない」と捨てられた八歳の公爵家五女、辺境の魔女先生に鍛えられて王都の天才たちを黙らせる  作者: 他力本願寺


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第16話 数字の奥の嘘

「エルム村が潰れて、一番得をするのは誰か」


先生のその言葉を頭の中で何度も反芻しながら、私は机の上に広げた計画書と睨み合っていた。

推測ではなく、証拠を見つける。

私は一度深呼吸をして、これまでに先生から教わったすべての『武器』を思い出した。


まずは、お茶の席で学んだ『礼法』。

礼法とは、相手の立ち位置と関係性を測る定規だ。私は計画書の数字ではなく、一番最後のページにある「署名」と「承認印」の並び方に注目した。


「……変だわ」


計画書の作成者は王都の『財務局』。当然、一番上に大きな印が押されている。

けれど、そのすぐ横、本来なら下級役人の印があるべき場所に、王都で大きな力を持つ『ゴルド商会』という商人の印が、財務局と肩を並べるように大きく押されていた。

貴族の役人が、ただの商人を自分と同格に扱うはずがない。この二つは、裏で強く結びついている。


次に、お母様の手紙から学んだ『古典』の力。

過去の記録から、隠された真実を読み解く。私は辺境伯様の許可を得て、図書室からエルム村の古い地誌(歴史の記録)を借りてきていた。

ページをめくり、エルム村の周辺に何があるのかを探す。


「あった……!」


古い記録の端に、小さな記述を見つけた。

『エルム村の北の山。現在は閉鎖されているが、かつて良質な魔導石の鉱脈が存在した』。


最後に、厨房の卵事件で学んだ『帳簿』の目。

数字のズレから、人の事情とお金の流れを追う。私は再び計画書に戻り、エルム村に割り当てられた「水路の建設予算」の項目を指でなぞった。

王都から出る予算は、通常なら辺境伯様を通じて村へ支払われるはずだ。しかし、この計画書では、エルム村の予算だけが『資材の調達代金』として、先ほどの『ゴルド商会』に直接支払われる複雑な計算式になっていた。


礼法の定規、古典の記憶、帳簿のお金の流れ。

バラバラだった三つの点に、一本の太い線が引かれた。

頭の奥で、カチリ、カチリと、巨大な歯車が噛み合う音がした。


私はペンを置き、顔を上げた。

胸の奥で、冷たい炎が燃えるような確信があった。


「先生、辺境伯様。分かりました」


私の声に、教卓の先生と、壁際に立っていたギデオン辺境伯様がこちらを向いた。


「推測ではありません。この書類の印と、過去の記録に基づく『証拠』です」


私は、震えないように両手で書類をしっかりと持ち、お二人の前に進み出た。


「この計画書は、水路を作るためのものではありません。王都の財務局とゴルド商会が結託して、エルム村の土地を奪うためのものです」


ギデオン様の太い眉が、ピクリと動いた。


「説明しなさい」


先生の静かな声に促され、私は順番に書類の箇所を指差していった。


「まず、エルム村に割り当てられたこの異常な労働力。これを強行すれば、村の働き手は過労で倒れ、畑は荒れ、村は税を払えずに破産します。村が潰れれば、領民は土地を手放すしかありません」


私は次に、古い地誌の記述を示した。


「エルム村の北には、古い魔導石の鉱脈があります。もし商会がこの土地を安く買い叩き、再び鉱脈を掘り当てれば、莫大な利益が出ます。そして、この計画書の最後――」


私は、財務局とゴルド商会の承認印が並んだページを開いた。


「エルム村の予算だけが、ゴルド商会を経由する仕組みになっています。村が潰れて土地を奪った後、商会は王都の財務局の役人へ、この予算のルートを使って『裏金』として利益を戻す気なのです。だから、全体の足し算を完璧に合わせながら、エルム村だけに負担を押し付ける、こんな歪な数字のパズルを作ったんです」


一気に言い終えて、私は息をついた。

王都の大人たちが、自分たちの利益のために、遠く離れた辺境の村を一つ、平然と生贄にしようとしている。

その構造的な悪意の恐ろしさに、私の手は少しだけ冷たくなっていた。


静寂が、教室を包み込んだ。

先生は表情を変えず、ただじっと私を見つめている。

私は、不安になって辺境伯様を見上げた。

「子供の妄想だ」と、鼻で笑われるだろうか。


「……驚いたな」


低く、地鳴りのような声が響いた。

ギデオン様だった。

いつも無表情で、氷のように硬かったその顔に、はっきりとした驚愕の色が浮かんでいた。

大きく見開かれた目が、私と、私が提示した書類を交互に見ている。


「まさか、王都の財務局が仕掛けた裏帳簿のカラクリを、八歳の子供がたった数日で読み解くとは。……俺の直感だけでは、到底ここまで辿り着けなかった」


ギデオン様は、大きな手で自分の顔を覆い、ふっと短く笑い声を漏らした。

馬鹿にするような笑いじゃない。心底感心したような、嬉しそうな響きだった。


「マグダレーナ。あんたの教育は、恐ろしいな」


「私は何も教えていません。リゼットが、自分で武器の使い方に気づいただけです」


先生は、相変わらず冷たい声で答えた。

私の手紙を破った先生のことは、まだ許せない。でも、先生が「よく見つけましたね」という言葉の代わりに、私を子供扱いせずに『結果』だけで評価してくれたことは、痛いほど分かった。


「さて、ギデオン閣下。カラクリが分かった以上、この計画書をどう処理しますか」


先生の問いに、ギデオン様は鋭い辺境の領主の顔に戻った。


「当然、こんなふざけた計画は却下だ。証拠を添えて、王都に突き返してやる」


「それだけでは、また別の形で巧妙な罠を仕掛けてくるでしょう。相手の目論見を完全にへし折るには、こちらも『公的な文書』として、学術的な評価機関を巻き込む必要があります」


先生は、教卓から新しい羊皮紙の束を取り出し、私の前に置いた。


「リゼット。今あなたが口で説明した構造のすべてを、報告書として文章にまとめなさい。提出先は、王立学術院です」


「私が、書くんですか?」


「あなたが文字を読み、あなたが計算して見つけた嘘です。あなたが自分の言葉で証明しなければ、意味がありません」


私は、真っ白な羊皮紙とペンを見つめた。

私が、王都の大人たちの嘘を暴くための書類を書く。

胸の奥で、小さな、けれど決して消えない熱い火が灯るのを感じた。


辺境伯様が、私の書いた数字を見て、初めて表情を変えた。

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