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「黙って笑えないならいらない」と捨てられた八歳の公爵家五女、辺境の魔女先生に鍛えられて王都の天才たちを黙らせる  作者: 他力本願寺


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第15話 一つだけ重い村

私は、目の前に広げられた『辺境水路再編計画書』と、辺境伯領の地図、そして過去の村の人口記録を何度も見比べた。


第一から第三の村、そして第五の村は、人口の多さや石切り場からの距離に応じて、無理のない範囲で人足と石材が割り振られている。

問題は、第四の「エルム村」だった。


(やっぱり、絶対におかしいわ)


エルム村は、五つの村の中で一番人口が少ない。しかも地図で見ると、山に囲まれていて石切り場からも遠い。

それなのに、計画書に書かれたエルム村の負担は、一番大きな第一の村とほぼ同じだった。村の大人たちが全員駆り出されても足りないほどの人足と、運ぶのが不可能なほどの石材の数が、平然と書き込まれているのだ。


計算式だけを見れば、五つの村の負担をすべて足すと、水路建設に必要な総数にぴたりと一致する。

でも、現実のエルム村の規模を考えれば、この計画が実行された瞬間、エルム村は働き手を失って畑が荒れ、冬を越せずに全滅してしまう。


「……見つけました」


私はペンを置き、教卓に座るマグダレーナ先生と、その横に立つ辺境伯様を見上げた。


「この計画書はおかしいです。第四の『エルム村』だけ、負担が異常に重くなっています。村の全員が働いても、この数字の通りに石材を運ぶことは絶対に不可能です」


先生は本から目を離さず、「それで?」と冷たく促した。

私は、ギュッと拳を握りしめた。

先生に手紙を破られた悔しさを晴らすには、私が完璧な答えを出して、ぐうの音も出ないほど認めさせるしかない。確実な証拠。数字の裏にある嘘。

厨房の卵の事件が、私の頭をよぎった。


(あの時も、数字が合わない裏には『誰かの嘘』があった。今回も同じだわ)


「エルム村の村長が、嘘をついているんです」


私は、自信満々に言い放った。


「王都の役人が、現地の村の様子を一つ一つ確認するはずがありません。きっとエルム村の村長が、税を誤魔化すためか何かで、自分たちの村は豊かで人もたくさんいると、王都に嘘の報告書を送ったんです。役人はその嘘の数字を信じて計算したから、こんな無茶な割り当てになった。これが、計画書の矛盾の正体です!」


どうだ、と言わんばかりに胸を張る。

数字のズレを見つけ、その原因となった人間の嘘まで推理した。完璧な答えのはずだ。


しかし、教室には重い沈黙が落ちた。

辺境伯様は深いため息をつき、大きな手で自分の顔を覆った。先生は、ゆっくりと本を閉じ、氷のような目で私を見据えた。


「リゼット。私は先ほど、あなたに何と言いましたか」


「え……『確実な証拠を見つけなさい』と……」


「そして、『推測で口を開くな』とも言ったはずです」


先生の声は、静かだったが、鋭い刃のように私の自信を切り裂いた。


「エルム村の村長が嘘の報告をしたという『証拠』は、どこにあるのですか」


「そ、それは……だって、そう考えないと、こんな数字になるはずが……」


「帳簿の数字に矛盾があった時、一番弱い立場の者を最初に疑うのは、数字を見る者の傲慢です」


先生の言葉に、私は息を呑んだ。

一番弱い者。

厨房で、病気の弟のために卵をもらっていた、あの痩せた男の子の姿がフラッシュバックする。

あの時も私は、数字が合わないというだけで「泥棒がいる」と決めつけ、弱い立場の人たちを切り捨てようとした。


「ギデオン閣下。エルム村の直近の戸籍簿を」


「ああ」


辺境伯様が、手元にあった別の書類の束から一枚の紙を抜き出し、私の机に置いた。

それは、辺境伯家が管理しているエルム村の正確な調査記録だった。


「見てみなさい。エルム村の村長は、毎年正直に、苦しい村の現状を訴える報告を上げてきている。王都にも、この正確な写しが送られている。エルム村は、一切の嘘などついていない」


「そんな……じゃあ、どうして王都の役人は、こんな間違った計画書を……」


私はパニックになり、計画書と調査記録を交互に見つめた。

エルム村が嘘をついていないなら、王都の役人は「エルム村が小さくて貧しい村だ」と知っていたことになる。知っていて、わざとこの割り当てにした?


「順序を間違えるから、真実が見えなくなるのです」


先生は、教卓から立ち上がり、黒板の前に立った。


「証拠の順番を教えましょう。まず第一に、この計画書を作ったのは誰ですか」


「お、王都の財務局の役人です」


「第二に、彼らは計算を間違えていますか」


「いいえ。全体の足し算は、完璧に合っています」


「そうです。彼らは優秀な官僚です。計算ミスなど絶対にしない。そして、エルム村の現状も正確なデータとして持っている。……それらすべての『事実』を並べた時、導き出される答えは一つしかありません」


先生は、黒板に書かれたエルム村の文字を、チョークでトントンと叩いた。


「役人は、計算を間違えたわけでも、騙されたわけでもない。最初からエルム村を潰すつもりで、全体の計算が『完璧に合うように』、この村に負担を押し付けたのです」


背筋に、ゾクリと冷たいものが走った。

間違えたんじゃない。

誰かが、頭の良い大人たちが集まって、この村を一つ生贄にするために、計算式を組み立てたのだ。


「どうして……そんなひどいことを……」


「それを探るのが、あなたの次の仕事です。エルム村が潰れて、一番得をするのは誰か。計画書の数字と、地図と、お金の流れをよく見なさい」


私は、自分の浅はかさを恥じて、ギュッと唇を噛んだ。

私はまた、焦って間違えたのだ。自分の賢さを証明したくて、証拠もないのに弱い村を疑い、加害者だと決めつけてしまった。

もし私が領主だったら、この計画書を見て「お前たちが嘘をついたからだ」とエルム村を責め立てていただろう。


数字は、ただそこにあるだけだ。

それをどう読み解くかで、人を守る盾にもなり、無実の人を殺す剣にもなる。


私は、もう一度、深く息を吸い込んだ。

泣いている暇はない。私が推測で間違えている間にも、この悪意ある計画書は、春になれば実行されてしまうのだから。


私は、悔しさと申し訳なさを一緒に飲み込んで、計画書と地図に向き直った。

もう、誰も疑わない。証拠だけを探す。


これはただの間違いではない。

誰かが、そう見えるように並べた数字だ。

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