57.てんこうせいの好感度が、いつの間にかカンストしてた件⑧
「えっと……お、お邪魔します。」
俺は肩をすぼめながら、鏡華の家の玄関をくぐった。
そのすぐ後ろには、鋭い眼光をこちらへ突き刺す鏡華の父──皇浩二さんの姿がある。
「あらあら、あなたが秀さん?」
のんびりとした声が聞こえたかと思うと、奥の部屋から一人の女性が姿を現した。
「あ! お母様! あれほど秀さんが来るんだから、ちゃんとした格好をしてって言ったのに……まだ寝間着じゃないですか!」
鏡華の怒った声が飛ぶ。
「あらあら、ごめんなさいね」
怒られても、鏡華の母・皇凛音さんはまったく気にした様子もなく、柔らかい口調で謝った。
「あ、自己紹介が遅れました。私は鏡華の母、皇凛音と申します」
「あ、えっと……北野秀といいます」
急な自己紹介に、俺は少し詰まりながらも名を告げた。
「ふふっ、娘からお話は聞いていますよ。それはもう、幸せそうに話してて……」
「お、お母様!!」
鏡華が頬を真っ赤にして抗議する。その様子が微笑ましくて思わず笑いそうになったが、後ろから浩二さんの視線がさらに鋭くなったので、俺は急いで表情を引き締めた。
「こんなところで立ち話というのもなんですし、リビングでお話しましょうか」
凛音さんの提案に、鏡華は元気よく「はい」と答える。
一方で浩二さんは、
「話すことなど何もないと思うがな」
と、冷え切った声で言い放った。
「あらあら浩二さん、いつも以上に張り切っていますね。でも私は、いつもののんびりしたあなたの方が好きですよ?」
凛音さんがさらりと言う。
「お、おほん! だから、人前でそういうことを言うのはやめてほしいと……」
照れ隠しの咳払いをしつつも、顔が真っ赤な浩二さん。その様子に俺は少し安堵を覚えた。
リビングに通されると、浩二さんは落ち着きを取り戻したのか、また鋭い視線で俺を見つめてきた。
「君は、鏡華の恋人ということでいいんだね?」
「は、はい! 鏡華……とお付き合いしています。」
“さん”とつけようとした瞬間、鏡華から鋭い視線が飛んできたので慌てて言い直す。
「♪」
鏡華は満面の笑み。一方で浩二さんは悔しそうに眉をひそめている。
「ではもう一つ質問をしよう。」
その声で、空気がぴんと張り詰めた。
「君は、なぜ鏡華と付き合っているんだ?」
単純に言えば【好きだから】。だが、浩二さんが求めているのは、そんな表面的な答えではない。
「君は鏡華のことを覚えていなかったと聞いた。実質初対面だ。内面も分からない相手と、なぜ付き合おうと決めた?」
追撃の質問に、俺は当たり障りのない返答を捨て、胸にある正直な言葉を選んだ。
「……最初は、ただの一目惚れでした。」
「一目惚れ、か。それだけではないだろう?」
挑発するように浩二さんが言う。
俺は鏡華を見て、淡々としかしはっきりと言葉を重ねた。
「告白されたとき、嬉しいというより戸惑いの方が大きかったです。でも──」
一呼吸置き、続ける。
「今は違います。」
胸の内を、素直に言葉にした。
「僕は、大した人間ではありません。勉強は人並み、運動は苦手。趣味もヲタクだと馬鹿にされることの多いものです。」
鏡華を真っ直ぐに見る。
「鏡華は、そんな僕を好きだと言ってくれた。慕ってくれた。その気持ちに応えたい。……いえ、応えたいと思うようになりました。」
鏡華は顔を赤くしながら、口元をむにむにと動かしている。
しばし沈黙した後、浩二さんが口を開いた。
「鏡華には、普通の暮らしをしてほしい。」
苦い声だった。
「だが、私の立場がそれを許さなかった。」
言葉には、父親としての悔しさが滲んでいた。
「でも、せめて恋愛だけは自由にさせたかった。」
今度は怒りと悲しみが混じった声で続ける。
「私の権力を求め、近づいてくる者もいた。娘はそれを嫌がったし、私も許さなかった。」
一拍置いて、表情を少し柔らげた。
「そんな中、1年前に鏡華が迷子になるという今世紀最大の大事件が起きた。」
「お、お父様! 大袈裟ですよ!」
鏡華が抗議するが無視される。
「そして帰ってきたときの第一声は、『好きな人ができました!』だった」
鏡華は恥ずかしさのあまり、凛音さんの胸に顔を埋める。
凛音さんは「あらあら」と微笑みながら娘を抱きしめた。
「娘は基本的に私と凛音さんしか信用していなかった。あれだけ欲にまみれた輩を見れば、人間不信にもなる」
そこで凛音さんが優しげに鏡華の頭を撫でながら言う。
「そんな中、この子が本気で誰かを好きになった時、本当に嬉しかったのよ」
「だが同時に、その相手が鏡華を幸せにできる男なのか、不安もあった。だが──」
浩二さんは静かに笑った。
「君の言葉を聞いて、分かった。君ならきっと鏡華を幸せにしてくれる」
そして、深々と頭を下げた。
「鏡華をよろしく頼む」
「はい! 絶対に鏡華を幸せに……ぐふっ!?」
返事をしようとした瞬間、勢いよく横から何かが飛びついてきた。
「秀さん!!」
鏡華だった。
俺の膝にすとんと座り、目線の高さを合わせて、
「大好きです!」
そう言って、胸元に顔をぐりぐりと押し付けてくる。
その愛らしさに胸がいっぱいになり、俺はそっと鏡華を抱きしめて頭を撫でる。
「えへへ♪」
機嫌よさそうな声が耳元で響く。
──これからは、今日という一日を大切に、噛みしめながら生きていこう。
そんな思いが、心の奥から静かに湧き上がってくるのだった。
~完~
もう少し続きます
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