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ラブコメs日和  作者: 水無月盈虧


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49/54

49.鍵

 僕の通っていた高校の教室は、簡易的な密室が作れる。

 教室の前後には、それぞれ一つずつ扉がある。どちらも内側からレバーを引くことで鍵を閉められるが、決定的な違いがあった。黒板側の扉は外から鍵を使って開けることができる。一方、ロッカー側の扉は、外からは開けられない。

 この教室を密室にする手順は、こうだ。

①教室の鍵を手元に置く

②黒板側の扉から教室を出て、外から鍵をかける

③ロッカー側の扉から教室に入り、内側からレバーを引く

 たったこれだけで、簡易的な密室が完成する。

 ……もっとも、マスターキーを使われれば、すぐに破られてしまうのだが。

 このことに気づいた僕は、ある女の子に話した。

 △△。三年生になった頃から、妙に関わるようになった相手だ。

 仲良くなったきっかけは、模試だった。

 その模試で、僕は初めて国語の成績が学年一位になった。返却された成績表を見たとき、嬉しさよりも先に、戸惑いが来たのを覚えている。

 ツカツカと、僕の席に近づいてくる女の子が一人。

「次は、絶対勝つから」

 そう言ったのが△△だった。

 まっすぐな視線と、悔しさを隠さない声。

 彼女は一年生の頃から、模試の国語ではずっと学年一位だったらしい。つまり僕は、知らないうちに彼女の定位置を奪ってしまったわけだ。

 それ以来、模試のたびに、妙な緊張感が生まれた。

 模試が近づいてきた、ある日の放課後。

「一緒に勉強しよ」

 唐突に、そう言われた。

 理由を聞く間もなく、彼女は続ける。

「文系は問題ないの。でも理系が苦手。ほどほどにできるあんたで妥協する」

「ついでに、国語の勉強法も教えなさい。拒否権? ないに決まってるでしょ」

 半ば強引に、僕たちは職員室へ向かった。

 休日に教室を借りる許可をもらうためだ。

「珍しい組み合わせだな。それも男女で」

 担任の先生は、面白がるように言った。

 けれど△△は、少しも動じなかった。

「同じ志望校ですから。合理的です」

 こうして、休日の教室での勉強が始まった。

 静かな教室で、机を並べる。

 理系科目を教え、国語の話をしているうちに、ふと沈黙が訪れた。

 話題を探して、僕は例の話をした。

「この教室、簡単に密室にできるんだ」

「知ってる」

 彼女は即答した。

「解除方法も。マスターキーか、窓から侵入」

「……興味ない?」

「ない」

 淡々と切り捨てられて、少しだけ悔しかった。

 それから、模試のたびに一緒に勉強するようになった。

 同じ志望校。同じ教室。

 順位は入れ替わり、そのたびに言い合った。

「次は勝つ」

「次も勝つ」

 そんな時間が、いつの間にか当たり前になっていた。

 合格発表の日。

 掲示板の前で、二人並んで番号を見つけた瞬間、自然と抱き合っていた。

 数秒後、同時に離れる。

 少し恥ずかしくなって、目を逸らす。

 それが可笑しくて、二人で笑った。

 僕たちの高校は、僕らの代で廃校になる。

 卒業式が終わり、教室がいつもより騒がしくなる中、△△が言った。

「夕方、もう一回教室に来て」

 理由は聞かなかった。

 あの教室で、思い出話をするのだろうと、勝手に思った。

 夕方。

 人のいなくなった校舎で、教室の扉を開ける。

 そこに、彼女がいた。

 カチャン。

 乾いた音が響き、鍵が閉まる。

 次の瞬間、僕の頭の少し上の壁に、どん、と手がつかれた。

 いわゆる、壁ドン。

 僕も背は高い方だが、彼女はそれ以上だ。

 だからこそできる距離。

 彼女は、肉食獣のような目で、僕を見ていた。

 かわいいというより、綺麗で、凛々しい。女の子たちにモテていた理由を、今さら思い出す。

 その顔が、ゆっくりと近づいてくる。

 思わず目を閉じると、音だけが残った。

 甘い囁き声。舌なめずりの、かすかな音。

「ねえ」

 耳元で、低く囁かれる。

「この教室、簡単に密室にできるの知ってるよね?」

 心臓が、うるさい。

「……解除方法も、知ってるんじゃないか」

「知ってるわ」

 一拍。

「でも、解除しなければ、密室のまま」

 逃げられない。

 絶体絶命の状況で、これまでの彼女との時間が、走馬灯のように頭の中を駆け抜けていくのだった。


そして物語は冒頭へ……


いつもお読みいただきありがとうございます!!

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