44.こどもの日
大学生になって、一ヶ月が過ぎた。
五月。ゴールデンウイークだ。実家から通う友人たちは、地元の仲間と遊びに出かけるらしい。
けれど、僕は田舎から上京してきた身だ。両親からの「そろそろ帰ってきなさい」という連絡に抗えず、五月五日のこどもの日に、帰省することになった。
必要最小限の荷物をまとめて、五月四日。僕は飛行機に乗った。
実家の前に立つと、わずか一ヶ月ぶりなのに、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
そのとき、玄関のドアが勢いよく開いた。両親かと思いドアに近づく。だが、
「お~!誰かと思えば、少年じゃないか!」
現れたのは、近所に住んでいた、お姉さんだった。
「……え、なんでお姉さんがここに!?」
まさかの人物に、声がひっくり返る。
「君のご両親から帰省の話を聞いてね。どうせなら、ちょっと驚かせてやろうと思ってさ。つい来ちゃった」
「余計なことを……!」
正直、このお姉さんは少し苦手だ。
幼い頃は、よく遊んでもらっていた。
でも中学生くらいから、彼女の距離感がうっとうしく感じるようになった。
いつまでも少年呼ばわりされ、子ども扱いされるのが原因だと考えている。
とはいえ、嫌いなわけではない。ただ、苦手なだけだ。
荷物を部屋に置き、居間に落ち着くと、お姉さんが唐突に話しかけてきた。
「ねえ、少年。大学生活はどう?彼女とか、できたの?」
相変わらずニヤニヤしながら僕を見てくる。
ここで怒っても疲れるだけだと経験から理解している。
「残念ながら、女友達一人できてないよ」
「……そっか~」
一瞬、間が空いた。それからまた、ニヤニヤ顔が戻ってくる。
なんだか腹が立って、僕も同じ質問を返した。
「お姉さんこそ、彼氏とかいるの?」
「ふふふ。これでも大学じゃ結構モテてたんだから」
胸を張って得意げな表情。うっとうしい。
そして突然、まるで思いついたように彼女が言った。
「今日はこどもの日だし、可哀そうな少年のために久しぶりに菖蒲湯に一緒に入ってやろうか!」
その瞬間、僕は飲んでいた水を勢いよく吹いた。
「却下!僕はもう子どもじゃないんだよ」
「え~?お姉さんから見たら、まだまだ少年だよ」
「いや、五つしか歳違わないじゃん……」
呆れつつも、半ば投げやりに言葉を返す。
「そんなに入りたいなら、彼氏と入ればいいじゃん」
「残念ながら、彼氏はいないんだ」
「じゃあ、せめて好きな人と入りなよ。子供相手じゃつまらないでしょ」
ちょっとした意地悪のつもりだった。でもその返事は、思いがけないものだった。
「……だから、少年と入りたいんだけど」
また水を吹いた。
彼女の顔を見る。そこにあったのは、さっきまでの自信に満ちた表情じゃない。
少しだけ頬を赤らめた、不安そうな顔。
僕は、初めて“お姉さん”を、ただのお姉さんではなく、“一人の女の子”として見てしまったのだった。
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