43.ロボット
21××年。某猫型ロボットが誕生する22世紀だ。残念ながら、そこまで便利な道具は無いのだが。
だが人類は、ロボットとともに生きる社会を手に入れていた。
街を歩けば、ビジネススーツに身を包んだロボットが行き交い、レストランでは、料理を運ぶエプロン姿のロボットが自然に接客をこなす。その外見は人間とほとんど変わらず、もはや見分けることさえ難しい。
そんな時代に、僕、【○○】は、ごく普通の学生生活を送っていた。趣味はお菓子作り。母の影響で幼い頃から台所に立つのが好きだった。最近はもっぱら、焼き菓子に夢中で、今朝も教室の机にレシピ本を広げていた。
パウンドケーキ、マドレーヌ、フィナンシェ、マカロン等々、写真を眺めているだけでワクワクする。
そんな日常に、非日常が訪れたのは、朝のチャイムが鳴った直後だった。
「今日は、転校生の紹介をする」
担任の先生の言葉に、教室がどよめく。夏の真っ只中。転校には不自然な時期だ。クラスメイトたちの目が、一斉に教室の扉に向けられる。
「ただ、彼女は少し特殊でな……まぁ、そのあたりは本人から説明してもらおう」
扉が静かに開き、一人の少女が教室に足を踏み入れる。
美しい、と思った。
それは人間の少女の可愛さとは、どこか違った。左右対称すぎる顔立ち、毛先まで計算されたような髪のまとまり、機能美すら感じさせるバランスの取れたスタイル。彼女は人間が【理想】と考える美しさを、正確に模写したような存在だった。
「初めまして。私は□□です。正式名称は、E-929。皆様、お気づきの方がいらっしゃるかもしれませんが、私はロボットです」
一瞬、静寂が流れ、次の瞬間にはざわめきが弾けた。
「ロボット!?」
「ほんとに? 本物?」
「めっちゃ美人なんだけど……」
先生が黒板の前で咳払いを一つ。少し補足をする。
「彼女は学習支援ロボットの試験導入として、我が校に派遣された。とはいえ、基本的には普通の生徒と同じように接してくれて構わない。ロボットだからといって、特別視はしなくていいからな」
□□は、先生に向かって深く礼をする。その動作一つとっても無駄がなく、美しい。整いすぎていて、どこか現実味に欠けるほどだった。
「では、E-929の席は……○○の隣だな」
あ、と僕は声を漏らす。なるべく目立たないようにしていたつもりだったのに、神様は、意地悪なようだ。
□□は、まるで水面を歩くような滑らかさで僕の隣へやって来た。
「お隣、失礼しますね。……あなたの名前を、教えていただけますか?」
「あ、えっと、○○だよ。……よろしく」
「○○さんですね。承知しました。以後、よろしくお願いします」
柔らかな微笑み。人間らしさの極致。けれど、その胸元の名札には確かに刻まれていた。
【□□】の下に、【E-929】というナンバーが。
僕は複雑な気持ちで彼女を見ていた。ロボットとわかっていても、まるで人間のように自然で。どこか生きているようにすら思えてしまう。
しばらくして、□□が僕の机の上に視線を落とした。
「○○さん、それは……?」
はっとしてレシピ本に目をやる。今日はマカロンのページを開いたままだった。
「これ? お菓子のレシピ本だよ。最近、お菓子作りにハマってて」
「お菓子……甘味を中心とした嗜好品。糖分によって、ドーパミンやセロトニンの分泌を促す作用があり、人間の情緒に影響を……」
「ま、待って、それ以上はいいよ。……難しい説明より、おいしいからって理由で十分」
思わず笑いながら言うと、彼女は小さく首を傾げた。
「おいしいから……なるほど、非論理的ですが、情緒的な理解には有効……」
ページをじっと見つめる彼女の目が止まったのは、カラフルなマカロンの写真だった。
「……このマカロンという菓子。非常に、興味深いです」
「ん、マカロンか。難しいけど、作るのも面白いよ。乾燥させたり、焼き時間を調整したり、けっこう繊細で」
「……○○さん。お願いがあります。私も、マカロンを作ってみたいのです」
まっすぐな視線に、僕は思わず言葉を詰まらせた。
「作ってみたいって……君、ロボットなのに? 食べられるの?」
「はい。私は人間社会への適応を目的とした実験機体です。栄養摂取機能と味覚再現センサーを搭載しており、食事も可能です。……体験を通じて、学習し、理解を深めたいのです」
その表情はどこまでも真剣で、どこか少しだけ楽しそうだった。
「……じゃあ、今度の日曜。うちに来る? キッチン、貸すよ」
彼女の目が、ふわりと細まった。口元が、わずかに弧を描く。
「ありがとうございます、○○さん。……とても、楽しみです」
その笑顔を見たとき、僕の心に、言いようのない感情が生まれる。 それがなんなのか、まだわからなかったけれどロボットと過ごす、日曜日が少しだけ、待ち遠しく思えていた。
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