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『レイニー・ロウの思い出』


コボルト12頭を一夜に斬り伏せてスラの町で勇者と呼ばれるようになったアレックスは、まだ青い麦穂が風に踊る町外れの畑を突っ切る道でそれに会った。


ぼろの塊のように見えたそれは近付くと起き上がって見上げるほどになり、風にはたはたと揺れながら周囲を飛び始めた。


魔法使いの骸から生まれて彷徨っている化け物だ、血の染み込んだ服が乾いて硬く締まり、最後の執念を吸って地上を飛び回る。


死ぬ時に体から染み出した様々なものを吸ったために、その魂が宿っている。


ただ、もう考える事も感じることも無く、ひたすら物の末路を辿るだけの存在になっている。


そいつはもうぼろぼろになり過ぎていた。


「半ばに倒れた人よ、いま旅衣を脱いで金門を通るべし、かくあれかし、かくあれかし!」


アレックスは唱え文句を口の中で言いながら、腰に差した短剣を振り回した、水仙の葉のように長く尖った刃が風を切って、切先が布の端を捉えて切り裂いた。


それと同時に空中に聖なるしるしを描く、七つ頂点のある図形だが一筆書きの中に聖句が隠されている、これは旅に出る時必ず覚えていなくてはならない決まりだ、何度も練習した。


アレックスがしるしを描き終えると同時に飛び回っていたぼろぼろの布切れは動きを鈍らせた。


その周囲に陽炎のようなものが立ち上っている、霊が解放され始めたのだ。


「フラム!…フラム!フラム!」


アレックスは力を込めて何度も唱えた、天上語の「燃えよ」を人間の発音に置き換えたという呪文だ、浴びせているとやがてボロから煙が上がり始め、火を吹いて燃えた。


「はぁ…はぁ…」


天上語は言霊となると同時に巨大な集中力の対価として現象を引き出す、アレックスの心は火の印象に強く支配され、体は熱くなり、精神力を多大に消耗してその呪われた布を発火させた。


(魔法なんていつぶりだ?…全身燃えるようだ…水に飛び込みたい)


灰となった布を見て「自分も燃えてしまいそうだった」と恐れ慄く。


しかし、魔法は強く恐ろしいが、神の御手である光やそこから生じた精霊と確かに心の通じる証でもあるのだ、アレックスは地に満ちた霊が応えてくれたことに感謝し、数秒間の祈りを捧げた。


さて、アレックスは今日中に一つ山を越えて、泉を囲むホドの村へ着かねばならなかった、これから一月の内にこの辺りで一番大きな港町へ行こうとするからには、幾つも連なった頭の白く輝く山々の懐を切り抜けて行かねばならないのだ、その道は長く険しかった。

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