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「ただいま、帰ったよ」
南部は休日、久しぶりに祖母の家にやってきていた。『神鎮隊』に所属してからは、基本的に寮での生活だったために、実に数か月ぶりの帰省だった。
だからだろうか。
家の持ち主である祖母が、玄関に立つ南部に勢いよく奥から足音を響かせた。
「ほら、これ、これよ……!」
祖母と会うのも数か月ぶりなのだが、そんな月日を感じさせない勢いで、祖母は手にした一枚のメモ用紙を南部に手渡す。背が小さく白髪が増えた気がするが、どうやらまだ元気一杯なようで安心する。
「ありがとう」
南部はメモ用紙を受け取る。このメモ用紙が南部が休日、『神鎮隊』を離れて祖母の家に帰省した理由だった。
「とんでもない美女が、あんたに会いたがっているよ」
下手したら南部よりも使いこなすスマホで、そう連絡してきたのだ。
例え会いたがる人間が美女だろうと、野獣だろうと南部としては休みの日を使ってまで帰る気にはなれなかったのだが、「こんなチャンス、滅多にないよ」という祖母の勢いに負け(最終的に祖母は、「最近、身体の調子が悪くてね。もしかしたら、会えるのはこれで最後かもしれない」と嘘をついて呼び出した)、南部は行動に移したのだった。
メモ帳に書かれていたのは、差出人の名前と連絡先が書かれていた。
「浦賀 愛瑠……知らない名前だな」
名前を見ても漢字で書くことが大変そうだとしか思えなかった。祖母が美女だという存在の名を南部は見たことも聞いたこともない。
それになんで祖母の家を知っているのだろうか?
「虎穴に入らざれば虎子を得ず、君子危うき近付かず。か……」
果たして自分はどちらを選択するべきなのか。南部はメモ用紙を眺めながら悩んでいると、祖母がじっと視線を送っていた。
折角帰ってきたのに、まだ、玄関先から上がらせて貰えぬ南部。どうやら祖母は、その美女に連絡するまで家に上がらせるつもりはないようだ。
「……ま、後で連絡するよ」
上がらせて貰えぬならば、ここに居ても仕方がないと祖母の家から出ようとする。その姿に「あいててて」と突如として祖母が苦しみだす。
「うう。馬鹿な娘は男に騙され連絡取れず。唯一、連絡が取れる可愛い孫は私の目の前で帰ろうとする。ああ、一体、私がどんな罪を犯したっていうんだい。本当に『神』はロクなことしないねぇ。そのストレスで身体はもうボロボロだよ」
「……」
さっきまでピンピンしていたじゃないかと南部は思うが、祖母が一人で寂しいのもまた事実だろう。「はぁ」とため息を吐くと、祖母にメモ用紙を渡した。
「うう、やっぱり私は孫にも嫌われたようだよ。この世の終わりだよ」
「違うって。俺は連絡機器は仕事用しか持ってないから、おばあちゃんが代わりに連絡してよ」
南部が持っている連絡機器はキッズ携帯と、『神鎮隊』から支給された端末だけ。メモ用紙に書かれた連絡先は電話番号ではなく、アプリのID。南部では連絡の取りようがなかった。
「ああ、そっか。最初から私が連絡をすれば良かったのか」
本人を前にして白々しくも語る祖母。南部の父親に騙され生きていた娘をロクでもないと荒ぶが、孫から見ても、この祖母ありきな娘な気もする。そんなことを言ったら、本当に怒りで倒れてしまうだろうが……。
「よし、連絡完了じゃ!」
「……相変わらず慣れてることで」
女子高生も驚く入力スピードでコンタクトを終えた祖母は、ようやく玄関の奥へと南部を案内した。
最初から追い返すつもりはないことは、キッチンの前を通った時に分かった。南部をもてなすために得意な煮物や、料理がこれでもかと用意されていたのだから。
年季の入ったリビングは綺麗に保たれており、余計なモノが置かれてなかった。いつものように椅子に座ると、「ピコン」と祖母のスマホが鳴った。
キッチンで作業していた祖母の耳にも音が届いたのか、エプロンで手を拭きながらスマホを目指す。その姿は一流の医者のような手際の良さだが、実際は孫の将来を気にする心優しき祖母だった。
片手でフリック入力を使いこなす祖母は、何度かの通知音を響かせたのちに、そっとスマホをテーブルに戻した。
「丁度良かったの。相手も今日は時間が空いてるらしくてな。今日、家に夕飯を食べにくるそうじゃぞ」
「は……?」
南部の祖母は、八十歳になる年になってもコミュニケーション能力はずば抜けて高かった。どうして孫の自分にはその能力が受け継がれなかったのか、悔しくて仕方がない南部だった。




