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光に包まれた南部達が目を開けると、そこはグラウンドだった。
乾いた土の匂い。
細かな砂が地面を灰色に染める。どこがの学校かと南部は思うが、近くに校舎らしき建物はない。どうやら、ここは市が管理する運動場のようだ。
「バッターボックスに飛ぶなんて、中々な偶然ね。しかも『神成』はピッチャーのようだし」
イネがクスリと笑う。そこで初めて南部は自分を囲う白線に気付いた。足元の先にはダイヤモンド型のベースが設置されていた。
視線を先へ動かしていくとマウンドに『神成』は居た。海老のような殻は黒赤に染まっていた。
その背後には少年たちがゴミ捨て場に放り捨てられたかのように乱雑に積まれていた。
「『申回士』がいきなり現れるって本当だったんだね。それ、どうやってるの?」
二人の前に立つ異形の存在は子供らしい好奇心で聞く。
「そんなことはどうでもいだろ? それより、なんで後ろに子供たちが倒れてるんだよ」
「ああ、コレ? 僕ばっかり不幸な目に遭うのは狡いから、皆にも同じ目に在って貰おうかな~ってさ。でも、一番同じ目に合わせてやりたい真澄がいないんだけど、お兄さんたち連れてったよね?」
正平は膨らんで右手の鋏を南部に向けると、「ドン」と黒い球体を飛ばした。
「……っ!!」
南部はバッターボックスから転がるようにして避ける。背後にあったフェンスを貫き道路へ転がると、地面に吸い込まれるようにして消えた。
「神は気まぐれで、人の欲には際限がないとは良く言ったものね。動けるようになったら仲間だろうと傷付けるんだから」
「ああ。だから、やっぱり俺達が止めてやるんだ。イネさん……。行くよ!!」
「ええ」
倒れていた南部にイネは短剣を投げ渡す。南部は受け取ると同時に身体に光を纏わせる。『申』状態となり、マウンドへ走り抜けていく。
『神成』となった正平の武器は右腕の砲台。人としての記憶を身体の色と共に取り戻した正平は、向かってくる『申』に対して後方に大きく飛んだ。
自身が作った少年たちの山を盾に、腕だけ出して南部を撃ち抜く。
「……キキッ!!」
放たれた弾丸を南部は身体を逸らすだけで躱して見せる。『申』状態になった今、視力も向上しているために、弾を見抜くことは容易い。
故に厄介なのは一瞬で距離を取る速度と人の盾。
「なるほど……。距離を取って戦うタイプね……。ついこないだ戦ったばかりの嫌な奴を思い出すわ。でも、だからこそ、その程度の攻撃じゃ無駄よ!」
正平の右手から放たれる球体の速度は、真白の銃弾よりも襲い。思い出したくもない顔を頭に浮かべたとイネは目を見開く。
イネの持つ『申の目』。
それは、正平の球体を見抜き、自らの意思で操る短剣の刃で切り裂いた。自在に伸びる剣が正平を襲う。
「くそっ。こうなったら一次撤退だ!」
勝てない相手にムキになって戦うほど冷静さを欠いていないと、後方に逃げようとするが――背後には南部が立っていた。
短剣で気を逸らして南部が移動する。
イネの持つ『祷能』を用いた新たな戦闘スタイル。それは、意識のある真白すらも捕らえたのだ。
後方に跳ねるようにして逃げた正平は、自ら南部に飛び込んだ。その首を背後から掴み持ち上げる。
「流石に二度も逃がすわけないでしょ? かつての仲間をこんな目に合わせたんだからさ」
マウンドの後ろに集められた少年たちは、意識を無くして項垂れている。もしかしたら、後遺症が残るかもしれない。
だが、それこそが正平の願いだ。
「動きたいだけだなんて、大噓もいいところね。所詮、『神成』になる願いはロクでもない願いしかないんだから……」
だから――『神成』は倒すべきなの。
イネは南部に送る力を強める。纏う光に比例するように南部の腕力も強化されていくのか、ミシミシと正平の持つ殻にヒビが入っていく。
これで終わりだと更に力を込めようとすると――。
「正平!!」
バッターボックスに二人の人間が現れた。一人は髪を短く揃えた少年。もう一人は針金細工のような長い手足に銀縁眼鏡をした男だった。
少年は迷わずに『神成』に声を上げる。
「正平、お前……なにやってんだよ!」
その声にイネは、止めを刺そうとしていた力を緩めて、左手で頭を抱える。
「なんでこの子を連れてきたのよ――三角さん」
イネの言葉が届いただろうが、三角はそれを無視して笑う。
「はっはっは。久しぶりに現場に来てみたが、この独特な空気感が懐かしいのだよ。もう、一年くらいは来てないか」
自分の疑問を無視する三角に、イネは南部が握る短剣に意識を集中する。すると、センター前から強肩で放つレーザービームの如く真っ直ぐにホームへ伸びる。
三角は、その斬撃を首を傾け躱す。
「なるほど。南部くんが壊れないのはイネくんが武器を伸ばしているからなのかも知れないな――。よっと」
三角は言いながら、伸びた剣の側面を蹴り飛ばす。その振動は南部が握る柄まで響いたのか、衝撃で短剣を手放してしまう。
「ちょっと、何するのよ!」
「ま、私は彼の話を聞いてね。可哀そうだから思わず合わせたくなったのだよ」
三角と共にやってきた少年――真澄。彼はマウンドの後ろに積み上げられた少年たちに駆け寄る。
「……これ、お前がやったのかよ」
少年は仲間たちから離れ、背後から首根を掴まれたまま持ち上げられている正平に近付く。
「真澄……。来てくれたのか」
「いいから、答えろ! お前が皆を傷付けたのか! もう一度、皆で野球がやりたいって言ってたじゃんかよ!」
真澄の言葉に正平は、「うううっ」と頭を押させる。しばらく痛みと戦った後に自分の手足を見て驚愕の声を上げる。
「僕は一体……。この姿は……?」
「正平……、お前、まさか!!」
「そうか。僕は『神成』になってしまったのか……。その時の意識はないけど、まさか、皆が傷付いてるのも――僕が……。なんてことをしてしまったんだ」
異形の手を力なく垂らす。どうやら、正平は『神』としての意識に飲まれ自分のしたことを覚えていないようだ。
自らが犯した悲劇に胸を痛めて力が抜ける。そんな親友の姿に真澄は両手を開き抱きしめようとする。
「ば~か。俺はお前さえ動けなくなれば、それでいいんだよ! よくも俺を動けなくしたなぁ!」
垂れた右手を真澄に向けると、何の躊躇いもなく砲撃した。『申の目』を持つイネならば、辛うじて躱すこともできるだろうが、真澄は只の少年。
何が起きたのかも理解出来ないようだ。
呆然と立ち尽くす少年の前に――一筋の光が舞い降りる。その光は放たれた砲撃を笑顔で受け止めていた。
「分かったかい。これが『神成』だ……。だから、どんな事情が在っても人には進めてはいけないのだよ」
「三角さん!」
イネは真澄を庇った男に驚く。




