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「お前ら……何してんだよ!」
南部は怒りに身を任して『申』状態へ変化する。強化された肉体で小高い丘まで飛び上がるが、
「道具が使える知能は残ってても、猿は猿か」
真白は呟くと同時に、少年の手を取り銃口を南部へ向ける。先端から放たれる白い光は、真白の眼前へ着地しようとした南部を撃ち抜いた。
『回士を撃ち抜いた時と同じように額弾丸が当たる。だが、南部の状態は肉体が強化されている。衝撃で丘の上から弾き出されはしたが、脳を貫くまでには至らなかった。
地面へと落ちた南部にイネが駆け寄る。
「ちょっと! あなた、自分が何してるか分かってるの? いくら、立場が良くても――こんなことが許されるわけないでしょ?」
「はぁ。お前な。俺が好きでこんなことやってるように見えるのか?」
イネの言葉に口が避けんばかりに口角を歪ませると、手を開いてアピールする。測りのように開かれたその手の平には、一体何が乗ってるのだろうか。
人の命よりも重いモノ。
それは――。
「これが俺の――遊撃部の仕事だよ」
「なっ!? 仲間を殺すことが仕事だっていうのかよ。そんなことが在ってたまるか!!」
銃弾によって痛む身体を、南部は震わせながら立ち上がる。
怒りで言葉に熱が籠る南部に対して、真白は北風のような冷たいため息を吐いた。
「お前、馬鹿だろ。自分の信じてたモノだけが全てじゃないって親父さんで学ばなかったのかよ。たく……タダですら面倒なことしてんのに、更に面倒事を増やしやがって」
それは、まるで南部の父を知っているという口ぶり。
凍えるような視線を送った相手はイネだった。
「おい、『回士』。お前は、そこの猿に親が何してるのか伝えてないのか?」
「……それは」
真白の視線に射抜かれたイネは俯く。どうやら、あの時、二人だけで行った会話は南部の父親について話していたらしい。
どういうことだと、南部がイネの肩を揺する。
「イネさん! あいつから何を聞いたんだよ。俺の父親がどうしたんだ?」
だが、南部の問いかけに答えることはなく、表情を噛み殺して地面を見つめる。点々と人の足で荒らされた草は色褪せ、千切れていた。荒らされた地は南部の思考のように乾き色褪せていた。
脳が乾いている南部に真白が告げる。
「お前の親父さんは、お前と別れてからすぐ、『神成』となって逃走してるんだよ」
南部は父親が『神成』になったことを知らなかった。ならば、先ほど倒した『神成』が自分の名を知っていたのは、あれが父親だから?
「あー、そうだったら、面白いんだけど、残念ながら違うんだ。お前の親父は厄介な力を持っててな。どうやら人を強制的に『神成』にして、操る力を持ってんだ」
さっき、お前が倒したのはそのお手伝いさんだと真白は笑う。
「ただ、それじゃあ数は作れても弱いらしくてな。命令に背かない優秀な人間を探してるわけだ」
真白は自分の指先を銃へと作り変え、「バン」と南部を撃つ。
「それがお前ってわけだ。息子が『申』になったことを知ったらしくてな」
自分が十数年かけて創り上げたルールに逆らわない息子。しかも、特別な力まで手に入れた。そのことを知った父親は南部を手に入れるために動き出したのだと真白は言う。
「だから、お前が倒したのは案内人だ。そいつを利用すれば、尻尾を見せない『神成』に辿り着けると思ったのにな。まさか、そこの馬鹿が伝えてなかったとは」
何のために多忙な身を削って忠告したと思ってるんだと真白はイネを睨んだ。
「はぁ……。本当は『申』を消すのは尻尾を掴んでからだと決めていたが、イラつくし面倒だ。この場で消すか」
これまでの会話と変わらぬ態度で真白は少年の腕を掴んだ。南部は真白が何をするのか察し、『申』になろうとするが――、
「なんで……!」
父親の存在に集中力を奪われたのか『申』になることができなかった。少年の構える銃口から放たれた弾は真っ直ぐに南部へ迫る。
動体視力が人間と変わらぬ状態では弾を目で追うことすらできなかった。
だから、この場で弾丸の行く末を把握できるのはただ一人だけ。
生まれながらにして『申の目』を持つイネだけだった。弾丸に反応したイネは狙われた南部を守るように両手を広げて前に立つ。
「くっ!!」
南部の目の前で――イネの肩から血が噴き出した。身に受けた弾丸の衝撃で背中から南部に倒れ込む。それでも南部を守ろうとするのか。
小さな体を広げて南部を守る盾となる。
南部の上で痛みに耐えるイネ。
彼女はいつものように――強気に微笑む。
「ごめんなさい。折角、ルールから解放されてきたのに、父の存在を伝えるのが申し訳なくて先延ばししちゃったのよ」
「喋るなって。俺に謝ってる場合じゃないだろ? 今、やらなきゃいけないのは――」
早く連絡をして治療を進めること。南部は連絡端末を取り出そうとしたが、その手に弱弱しいイネの手の平が重なった。力は込められていないのに、南部はその手を払うことが出来なかった。
「私たちがやらなければいけないことは、あいつを――卸利 真白を倒すこと。仲間が殺されたのに見逃すわけにはいかないわ」
イネは力の籠らぬ身体を引きずり、色褪せた車体に背を預ける。
「これが私の精一杯だけど――幸い、私は『回士』だからね。意識さえあれば戦える。だから、私に力を貸しなさい」
イネに引く気はないようだ。
ならば――。
ならば、俺も引く気はない。
南部はイネの前に達、自らの意思で『申』になる。イネの覚悟が父親について動揺した南部を冷静にする。
純度の高い光に包まれた南部にイネが短剣を放る。
「おいおい。この状況で逃げずに戦うとか、二人そろって馬鹿なのか?」
「――はある?」
「は?」
真白の嘲笑にイネが小さな声で呟いた。「壊れる覚悟はある?」と。その言葉は真白への返答ではなく、南部への問いかけ。
意識を手放した南部には言葉が届くことはない。だが、それでも繋がっている『申』と『回士』ならば、意思は届く。
南部が光を纏ったまま笑う。
それが答えだ。
壊れる覚悟など当の昔にできていると――。




