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「そう言えば、イネさんはなんで俺を手伝ってくれるんだ?」
「は? なによ今更」
事務棟の隅に用意された『猿飛部屋』。エレベータのような狭い空間に入ったところで、イネに唐突に切り出した。
なんで、自分と一緒になって他の支部の応援要請に応じてくれるのかと。
「いや、だってさ。俺は「人を助けたい」って気持ちがあるから助けに行きたいけど、イネさんには特に理由がないだろ? それなのに、こないだも迷わず一緒に来てくれたじゃんか」
体育館で戦った兎の『神成』を思い出す。あの時、イネはメリットが無いと言いながらも迷わずに付いてきた。
矛盾にも思えるイネの心理を南部は聞くが、その答えは南部と同じくシンプルなモノだった。
「あなたねぇ」
イネは呆れたように頭を降って答える。
「そんなの言うまでもないじゃない。私も同じ気持ちなのよ。私も人を助けたい。それだけよ」
イネはそれだけ言うと『猿飛』を発動させる。床に描かれた模様が光を帯びて行く。止め処なく溢れる光は部屋を満たして二人を包む。
光に抱かれた二人が次に目を覚ました場所は、山の平地に作られたサバイバルゲーム場だった。
色落ちした車や、ドラム缶が不規則に並べられた山地。無数にある遮蔽物を利用することなく、立ち尽くす影のような存在がいた。
「……どういうことだ?」
南部は『神成』の姿に目を細める。どれだけ姿を確認しようと色の付いている場所は見当たらない。
そのことをイネも不審に思ったようだ。
「おかしいわね……。相手は普通の『神成』。苦戦をしても『申回士』が負ける理由はないはず」
『神成』は欲望を叶えれば叶えるほど色付き知性や力を手に入れる。その状態になれば、並大抵の『申回士』では対応できない場合がある。
だが、今回の相手は色の付いている箇所は一つもない。故に生まれて間もない欲に順重な獣とも呼べる。
「でも、あそこに倒れてるのは――『申回士』だよな?」
影の足元には二人の人間が倒れていた。一人は首に黒い模様が浮かんでいる。それは『申』の証であり、『神成』と戦い破れたことを物語っていた。
「く、くそ……」
首に模様の付いた男は意識があるようだが、もう一人は完全に気を失っているのか、ピクリとも動かない。『申』として肉体が強化されたが故に無事だった。
「……オマエジャナイ」
匍匐前進をして逃げようとする『申』の背を踏みつけながら呟く『神成』。
擦れた声が不気味に響く。
蛇が話せばこんな声になるのだろうと南部は思考する。そして、直ぐに『神成』が話したことに二度目の驚きを露にする。
イネも同じ感情を抱いたのか、
「そんな……。知能を持つのは色付きだけじゃないの?」動きを止めて『神成』を観察する。色付きでないにも関わらずに『申回士』を倒して、言葉を発する。これまでにない相手に危機を感じた南部は、自らの身体に光を纏う。
「とにかく、あの二人を助けるぞ!」
「あ、ちょっと!」
様子をみようとしたイネの脇から、南部が獣が如く『神成』に飛び込んでいく。
知能を捨て獣になった南部の姿に気付いたのか。『神成』が、「き……た」と吐息を漏らした。
南部は『神成』に抱き着くように飛び掛かり地面へと押し倒した。何度か転がった後に、馬乗りになる。
身動きを封じた相手に容赦なく拳を振るう。それもまた――知性がないから出来ることなのかもしれない。
「南部!!」
このまま『神成』を鎮めると、腕を掲げて南部に力を送る。首に模様が浮かび上がると南部の打撃は影を削るようにダメージを与えていく。
やがて、存在の意地すらも難しくなったのか、『神成』の身体が光る粒子となって消えていく。
こうなればもう、戦う必要はないと南部の申状態を解除したイネ。消えゆく命に手を合わせ供養をする。
存在そのものが消える刹那、『神成』は、
「ナンベ……ショウ……」
と、南部の名を口にして消えていった。
その声は確かに二人に届いた。この場に来てから南部は名乗っていない。にも関わらずに、何故、『神成』は自分の名を知っていたのか。
消えた存在に視線を向けるが、一度消滅した命は戻らない。
「ま、今は倒せただけ良しとするか」
南部は考えても分からぬ謎よりも、仲間を優先しようと倒れていた二人に近付いていく。「大丈夫ですか?」と、意識のある申に手を伸ばすが――。
「こ、殺される。俺は、あの人に殺される――!」
『神成』から、逃げた時と同じようにして南部からも離れていく。だが、南部は同じ『神鎮隊』。逃げる理由はないはずだ。
「ちょっと、動くなって! 直ぐに助けを呼ぶから――! イネさん?」
南部は相棒であるイネに顔を向ける。助けの手配をしてくれているだろうと思っていたが、イネの手には何も握られていない。唇を噛み真っ直ぐに消えた『神成』の後を見ていた。
「まさか……、本当に……?」
「イネさん!!」
南部の声にイネは我を取り戻したように、「ビクリ」と身体を震わせる。
「なに……かしら?」
「何じゃないでしょ。怪我人がいるんだから、早く連絡しないと! 『回士』の怪我が特に酷いんだからさ」
「あ、ああ。そうね……」
連絡を任して南部は逃げる『申』の背を追う。仲間である自分がなんで殺すのか。疑問が足を絡めているのか異様に重い。それでも、腕の力だけで進む『申』には直ぐに追い付いた。
「待ってください」と、手を伸ばしたところで――、
追っていた『申』の後頭部から血が噴き出した。
「大丈夫ですか!?」
急いで駆け寄る南部。返事はなく既に命すらも失われていた。後頭部から血液と共に透明な液体が流れ出る。後頭部から貫いた何かは『申』の頭の中までグチャグチャに破壊したようだ。
「……ッ!!」
南部は直ぐに身体を反転させる。後頭部を貫いたということは背後に攻撃を仕掛けた人間がいるということ。愕然としていたら自分の命も危ない。
「お前は……」
攻撃に備える南部が見たのは、小高い上に立つ卸利 真白と、幼さの残る少年だった。
少年の右手は銃を象るジェスチャーのようで、銃口は意識を失っている『回士』に向けられていた。
「まさか……」
南部は助けようと駆けだすが、それよりも早く銃口から弾丸が放たれた。白い光が流星のように『回士』の額に落ちる。
同時に血が吹き出しサバイバル場を彩る遮蔽物に血が撥ねる。
躊躇いもなく二人は仲間の『申回士』を殺して見せた。




