26
「全く。これじゃあ、私が使う使う詐欺してるみたいじゃないの。いやー。本当は早くあなたにも味合わせて上げたいのよ? 私の超凄い『祷能』をさ!」
いつものように指令を受けて『神成』を討伐した帰り道。人の少ないグリーン車でイネは駅弁を食べていた。
「そう言うなら、相手が色付きじゃなくても、別に使ってもいいんじゃないか?」
南部は駅の地下に併設されていたカフェで購入したコーヒーを啜る。食はエネルギーを取るための行為で、楽しむための行為じゃないと育ってきたから、インスタントとの味の違いが分からなかった。
「やーね。私は兎に全力を出すライオンじゃないのよ」
イネは「がぶり」と弁当のメインであるハンバーグに食らいつく。
「相応に戦うに決まってるじゃないの。兎のように舞い、獅子のように刺すわよ」
「結局、ライオンじゃんか。せめて、蝶のように舞って、蜂のように刺せよ」
「いやよ。私は自分を虫けらだと思わないもの」
「……」
南部はその言葉に座席を倒す。イネに『禱能』を使わせることを諦めた。本人が使う状況と判断するまではお預けのようだ。
「ま、そんな時はこない方がいいのか」
南部が蟹の『神成』と戦ってから一か月。色付きの『神成』は出現しておらず、楽勝と呼べる程に苦戦はなかった。
◇
「さーて。今日の夕飯は何にしようかしらね」
「まだ、食べるつもりなのかよ」
『神鎮隊富士山支部』が所有する山へと戻ってきた二人。山道を歩きながら、イネは夕飯のことを考えているようだ。帰り道、散々弁当を平らげたというのに、胃袋にはまだ余裕があるようだ。
「当然。おやつは別腹だからね」
「駅弁はおやつに含まれるの――かッ!?」
その時だった。
ガンと何かが南部の額に当たった。衝撃で頭から倒れた南部。倒れたまま額に手を当てる。特に外傷はないようだ。
倒れたまま身体を捻りうつ伏せになる。何者かの攻撃と判断したのか、イネも身を屈め周囲を探す。
「……『神成』か?」
まさか、『神鎮隊』の拠点にまで責めてきたのかと南部は疑うが、直ぐにその言葉をイネが否定する。
「それは有り得ないわ。これだけ近くに居れば誰かしらが気付くはずよ」
「でも、じゃあ、さっきのは――ッ!!」
二度目の攻撃が南部の頬を襲った。『申』状態でない南部はただの人。攻撃の軌道すら見極められていない。
「何にせよ、ここを切り抜けるのが先だ!」
一度でも充分、不可解ではあるが、二度も攻撃を受ければ嫌でも分かる――何者かが南部達を狙っているのだと。
「そうね。捕まえれば分かるわよね」
相手が『神成』だろうが、違かろうと二人は攻撃を受けている。そう判断した南部は身体を起こして、自らの意思で『申』へ変化する。
イネは南部に手を向けながらも、自身の瞳に力を込めた。
「さあ、来なさい!」
まずはどうやって攻撃を仕掛けているのかを見極める。二人の『申の目』があれば、可能だと互いに背を付けて立つ。
木々の揺らめきすらも見逃さぬ視界。
南部を目掛けて白く光る弾丸が跳んできた。南部は強化された肉体で弾丸を打ち落とす。手の甲に振れた弾丸は粒子となって宙で砕けた。
「……南部くんだけ狙われている?」
三度目の弾丸も南部を狙った。遠くから狙撃する腕があるのであれば、身体能力が強化されていない『回士』を狙った方が効率がいい。少しでも知能を持つ存在であれば、容易に思いつく発想だ。
現に、南部とイネがかつて戦った兎の力を持った『神成』もそうやって『申回士』を倒していた。
「なら!」
イネは互いに守るようにしていた背を反転させる。そうすることで、イネの背中を守る存在はいなくなる。
だが、狙われないのであれば守る必要はない。イネの予想通り、四度目の弾丸もまた南部の頭部へ放たれたようだ。
「見えた! 行くわよ、南部くん!!」
『申の目』で弾丸の飛来した方向を見抜くと、二人は一斉に山を掛けた。
その間、新たな攻撃が二人を襲うことはなかった。
山を走ること数分。
目的の人物はいた。
「あなたは一体、何者なの? 見た所……『神成』じゃないみたいだけど」
イネと南部を狙っていた人物。
それはエスニック調の服を着た金髪の男だった。鋭い鷹の目を歪ませて手を叩く。
「いやー。流石だよ、紫 イネ。まさか、こうもあっさりこの場所を見つけるとはな。まさに『申回士』の申し子だよ」
「……あなた、私の話を聞いてたかしら? 何者か聞いたのよ」
「おいおい。人の称賛は素直に受け取れよ」
質問に答えぬ男。
互いに視線をぶつけ合う。先に折れたのは意外なことに金髪の男だった。正確には折れたのではなく譲ったのだ。
いつでも二人を倒せるという余裕から。
「分かったよ。俺は卸利 真白。『神鎮隊遊撃部』だ」
「遊撃部……? そんな部署があることなんて、私、聞いたことないわ」
「ま、そうだろうな。ちょっと前に出来たばかりだから。でも、ほら、これがその証拠だ」
エスニック調な服の裏側から黒いパスケースを取り出して中を見せる。そこには写真でも隠し切れない目つきの悪い真白が移っていた。顔写真の下には――。
「執行役員……? って、ことは三角さんよりも上の役職……」
「ま、そういうことだ」
イネは手帳を自分の証明書を取り出し、重ねるようにタッチする。すると、真白の証明書に記載されている名前の下に、繊維に浸食するインクのように文字が浮かび上がる。
書かれた文字は『回士』。『神鎮隊』の証明証同士を重ねると互いの立場が浮き出る仕組みになっている。
「証明証は本物のようね」
真白の立場に嘘はないと判断したのだろう。南部の身体を包む光が弱まり意識を取り戻していく。
朧気ながらも『申』状態の記憶を持つ南部は、証明証を覗き込みながら聞いた。
「遊撃部ってなにするんですか?」
顔を上げて真白を見つめる南部。
その顔を真白は、大きな手の平で掴んだ。
「初めましてだから、教えてやる。俺はお前らみたいな『申』が嫌いだ。だから、『申』が気安く俺に話しかけるな!!」
掴んでいた手を開き、南部の腹部に蹴りを入れた。
背中から倒れ込む南部。
「なにをするんで――」
不満を口に立ち上がろうとした南部だったが、膝を付けた状態で固まる。その頭に銃口が向けられていたのだから。
「お前、俺の話を聞いてなかったのか? 話しかけるなって言ったよなぁ?」
「……で」
南部はそれでも言葉を発しようとする。立場が三角より上だろうと、こんな傲慢な行いをして言い訳がないと訴えたいのか。
南部の思いを察したイネが言葉を遮った。
「南部くん!! どうやら、あなたがいない方が話が進むみたいだから、先に帰ってて頂戴」
「でも……」
「いいから。ここは私に任せなさい」
「分かりました」
南部は不承不承といった様子で頷きその場を去っていった。
木々の中に消えた南部の背を見て、真白はニヤリと笑う。
「おい、あいつは話聞かなくていいのかよ」
「ええ。話なら私が聞くわ」
「まあ、お前がそれでいいならいいんだよ。でも、俺がここに来た理由はあの南部とかいう『申』についてなんだけどなぁ」




