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蟹の『神成』を倒した南部達は、工場から歩いて5分程の場所にあるバス停にいた。4本の支柱にベニヤ板を張り付けただけの待合所は、雨もしっかりと防げないのだろう。数週間前に降った雨水が今も残っていた。
緑色に変色した木製のベンチに座るイネ。彼女は隣に百合を呼ぶと、「はい、これ」と小さなカップを手渡した。
「あ、ありがとうございます」
イネが渡したモノは、『神成』に襲われていた工場で生産しているヨーグルトだった。周辺に名産品を取り扱う場所がないと知ったイネは、助けたお礼にと大量の乳製品をせしめたのだった。
イネは、「これ、美味しいけど高いのよねぇ~」と、手の平サイズのヨーグルトを二口で平らげていく。蓋を開けては空にしてを何度も繰り返す。
「そんな一度で食べたらお腹を壊すんじゃない?」
「やーね。そんな柔な鍛え方してないわよ」
南部の心配に「ポン」と細いお腹を叩く。この細い体の何処に食料は収められているのか気になる南部。
「鍛えてるならいいけど」
どうやって鍛えているのかと気にはなるが、南部が聞くよりも早くイネは隣に座る百合に話しかけた。
「あら、食べないの?」
イネの問いかけに、百合は俯いていた顔を更に沈ませる。今にも枯れて落ちてしまう花のような姿だった。
くすんだ表情で彼女は答えた。
「私は……食べる権利ないですから」
「そんなことは無いと思うわ。生まれてきた以上、誰しもが食べる権利はあるはずよ」
もっともらしく当たり前のことを言うイネに、百合は何も答えない。
長い沈黙が待合所に流れていく。人通りも車通りも少ないこの場所だけ、別の時間軸にあるようだ。
意外なことに、長い沈黙を破ったのは百合だった。
「私、若羽さまを怒らせちゃいました。人の目ばかり気にするなと常々言われていたのに……」
焔だけはこの場所に居なかった。次のバスまで何時間もあると教えてくれた工場の広報担当者が駅まで送ると申し出てくれたのだ。南部達は自分で帰ると辞退したのだが、焔だけは言葉に甘えて帰っていった。
姿の見えぬ焔に、何度も「若羽さま、ごめんなさい。ごめんなさい」と頭を下げ続ける。
南部は「気にしないで」と声をかけることしか出来なかった。だが、同じ『回士』として、立場が近しいからだろうか。
意を決したように食べていた手をイネは止めた。
「焔が怒るのも無理ないわ。だって、私たちの役目は周囲の目を見ることじゃないもの。周りの人々を見るなんて――冒涜と呼んで差支えないもの」
「ちょっと、イネさん。慰めるなら言葉を選ばないと!!」
落ち込む相手を更に痛めつけてどうするのかと、南部はイネに忠告するが、
「いいんです……事実ですから」
百合が俯いたまま肯定した。
それを受けたイネは、百合の頬を挟んで強引に顔を上げさせる。
「全く……。焔を庇うみたいで嫌なんだけど、まあ、貸しを作っておくのも悪くないわね」
「え……?」
「いい、百合ちゃん。焔は失敗したことに怒ってるわけじゃないの。周囲を気にしてたことに怒ってるの」
イネは視線を逸らすことなく、怒っている理由の意味を話す。
「『回士』と『申』が分かれているのは、意思を管理すると同時にもう一つ、別の理由があるのよ」
「……そうなの!?」
別の意味があることを知らなかった南部が驚きの声を出す。
そして、それこそが周囲の目を気にしてはならぬ最大の理由だった。
「ええ。知識を持つ『回士』の役目は、自分が振るう力を見届けること。『神』となった相手だろうと、生物を裁く事実に変わりはないの。だから、最後まで目を逸らしちゃダメなのよ」
振るう力を見届けず、好き勝手に暴れたらそれは『神』と同じ。
適性テストで、なんで『回士』の才があると目が開くのか。その意味は裁きをしっかり見ろという戒めでもあった。
「焔は自分が『回士』だったから、その意味をよく理解してるんだと思うわ。だから、百合ちゃんにも知って欲しいのよ」
「『回士』の責任……」
「そう。だから厳しいとは思うけど、自分の振るう力にのみ集中するのよ。もし、そのことで悩みがあるのだったら、また、今度一緒にゆっくりお話ししましょう。今は邪魔な奴がいるからさ。だから、美味しく食べなさいな」
イネの言葉に百合は頷くと透明なスプーンを使って固めに作られるヨーグルトを小さな口で食べていく。
その姿を見ながら南部は笑う。
「おいおい。邪魔な奴って、焔さんはいないから、別に今話しても大丈夫だろ?」
南部の言葉に、「キラン」とイネの目が輝いた。
「あなたもよ。それより、今、焔のことを邪魔者と言ったわね?」
「あ……。いや、それはその……」
「よし、聞いたわね、百合ちゃん! 帰ったら早速言いつけるのよ!」
「ちょっと、別に悪意があっていったわけじゃないってば!!」
弱みを握ったと喜ぶイネと、何とかして自分の失言をもみ消そうとする南部。その2人の姿に百合が、「ふふふ」と、眠りから目覚めたお姫様のように笑った。
「うん。やっぱり、百合ちゃんは笑顔が可愛いわ。ね、南部くん」
「ああ、そうだな」
俯いていた花は、自分の力で光に向かって首を上げた。それほど美しい花はないと二人もまた笑顔になった。




