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移動した先は緑に囲まれた工場の敷地だった。三つの巨大な建物が並んでおり、その上部には南部でも見たことがある社名のロゴが印刷されていた。
工場で使用する資材を運搬する場所だろうか。屋根のある駐車場には何台ものトラックが止められていた。何重にも重なるシャッターの運搬口の前に逃がした『神成』はいた。
蟹のような鋏を持つ異形。シルエットに大きな違いはないが、数時間前とは全く異なる部分があった。
「って、さっきよりも色が着いてる?」
「そうよ。『神成』は、その人間の欲望を叶えることで成長するの。どうやら、神に成った人物の願いは仕事を休むこと。で、工場が彼が働いてた職場らしいわ」
工場が壊れれば自分に非がなく休むことができると考えているのか。『神成』は、腕に付いた鋏で工場の壁を引き裂いた。
コンクリで作られた壁が削れ、鋭利な傷跡が残る。壁自体はそんなに厚くないのか、工場の中が露になる。運搬された資材が雑に積み上げられておる、破壊の衝撃で一斉に崩れた。
「はっはっはっは! そうだ。職場がなくなればいいんだ!!」
闇雲に笑い鋏を降り降ろし続ける『神成』。
どうやら、人の言葉を話すまで成長したようだ。そして、なおも成長は続く。工場が壊れれば壊れるほどに、黒い体は色付いていく。
変色していく化物を前に、
「やれやれ。仕事が嫌で人を辞めるくらいならば、仕事を辞めた方がまだ幸せになれるのにな――」
焔が呆れながら『神成』に近付いていた。何を捨てるべきかの選択を間違えていると言い切る。
「お前は、『神鎮隊』か!?」
人間の記憶を持っているために、自分たちを倒す存在がいることを知っているようだ。工場の破壊を中断し、二組の『申回士』に身体を向ける。
人の身体に巨大な鋏は不釣り合いだ。
『神成』に更に一歩踏み出した焔は、背に立つ南部達に宣言する。
「南部、紫 イネ。今度は油断するなよ。百合!!」
名を呼ばれた幼い少女は、焔の声にビクリと身体を震わせる。揺れる手を焔に向けるが、一向に『申』に変化しなかった。
やはり、緊張で力を発揮しきれないらしい。
「何をしている、百合! お前が気にするのは敵だけだろう!!」
『神成』から視線を逸らさぬまま、相棒を叱責する。だが、それは今の百合には逆効果だった。震えは大きくなり、立つことさえもままならなくなった。振り絞った力すらも失ったのか、だらりとその場に座り込む。
「イネさん、ここは俺達が!!」
「ええ、そうした方が良さそうね」
南部は即座に気持ちを切り替える。この場で戦うのは自分たちだと。
迷わずに『申』になった南部の身体が光り輝く。
「これを使いなさい!!」
南部にイネが短剣を投げ渡した。空中を回転する短剣の柄を握ると、器用に四足で『神成』の懐を目掛けて走り込む。
「くるなぁ、サルが!!」
鋏で迫る南部の顔を薙ごうとするが、「グン」と更に南部の身体が低くなる。腕を振るい隙だらけになった『神成』に、落とした姿勢を持ち上げる勢いを利用して短剣を振り上げた。
腹部を引き裂くべく振りぬいた短剣。だが、「キィン」と甲高い音が響いた。南部の腕に残る感触は柔らかな肉を裂くモノではなかった。金属と金属がぶつかり共鳴するような震え。
「残念だったなぁ~」
南部が斬りつけたのは『神成』の背中だった。腰を捻るだけで攻撃を防いでみsたのだ。
「……蟹の甲殻か!!」
戦いを見ていた焔が塞がれた理由を叫ぶ。
欲望を叶え、色付いた『神成』は、その生物の特徴を持つ。
蟹の特性は鋏だけではなく固い甲殻。工場を破壊し全身に赤みを帯びた姿は鎧を纏っているに等しい。攻撃を防がれて動きが止まった南部を、鋏で吹き飛ばす。痺れで反応が送れた南部は、回避できずに短剣で防ぐ。しかし、強引に腕力で工場の壁まで吹き飛ばされた。
壁に穴が開き中にある機械が拉げる。それがまた、『神成』の色付きを加速させていく。
「マズい……。ここで戦えば戦うほど、『神成』は、次の段階へ進む……!」
そうなれば、この場にいる自分たちだけでは対処しきれなくなる。
「百合! 何をしている。早く俺達も戦うんだ!!」
焔が叫べば叫ぶほど、百合の力は抜けていく。自分が戦わなければ皆の命が危険だ。その重圧は百合の精神を押しつぶしていく。
最も確実な逃走方法は意識を手放すこと。百合は、ふらりと頭を揺らして倒れてしまった。
「くそ……。ようやく普通に戦えるようになったと思えば……!! こうなったら――」
焔は一人でも戦う術を持つ。しかし、それが可能な持続時間は数十秒。色付いた『神成』を倒すには時間が不足しているのは、焔も理解していた。
そんな焔に対して――
「あなたは黙ってみてなさい」
イネが余裕を持って笑って見せた。




