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事務棟の隣には治療棟が設けられていた。
訓練や『神成』との戦いで傷付いた人を少しでも早く休めるようにと、古風な建物には似付かわしくない器具が揃えられていた。治療室というよりは病院とも呼べる場所。
その一室。
木造建築に似合わぬ白いカーテンが、窓から流れる風ではためく。パタパタと安らかに奏でる音は子守歌のようだ。
ベッドに眠るのは百合。
その名の通りに白い肌を持つ少女は、
「はっ!! 若羽さま、ごめんなさい!!」
勢いよく目を覚ました。その声に隣に椅子を用意して仮眠を取っていた南部もまた目を覚ます。
「良かった。意識が戻ったんだね」
「その、私は……」
「いやー。『神成』の攻撃は届いてないと思ってたんだけど、まさか届いていたとは。倒れた時に軽く頭をぶつけたみたいだけど、他に痛い所はない?」
「……、ご、ごめんなさい」
謝りながら、百合は白いシーツを頭から被り横になる。厚さ数ミリにしか満たない布団を盾に表情を隠した。無理矢理に引きはがすことは簡単だろうが、南部に取っては要塞と何も変わらない。
「わ、私……ああいう場が苦手で」
「へ?」
布団から漏れる小さな声。
「昔から試験とかテストが苦手で、酷い時はさっきみたいに意識を失ったりしちゃうんです」
百合が倒れた原因は、敵からの外的な要因ではなく、精神的な要因だった。布団を被ったままでも、震えているのが分かる。
「その……俺達が見てたから、緊張しちゃったってこと?」
「あ、いえ。そういう訳では、ないんです!!」
要塞の扉が自ら開いた。
布団を押し上げて状態を起こした百合は、瞳を潤ませて南部の腕を掴んだ。
「ごめんなさい。責めるようなことを言ってしまって……」
「いや、別に俺は気にしてないよ。むしろ、見学したいって百合さんに相談せずに決めたのが悪いんだからさ」
「ごめんなさい」
「だから、気にするなってば。それよりさ、焔さんは一人でも『申』になれるんだ。それになんか炎の爪で戦ってたけど?」
南部が表情を明るくして話題を変えた。
「そうなんです……。若羽さまは、ここに来る前は、『回士』として優秀な成績を収めていたんですから」
「そう言えば、そんなことを言っていたような……」
イネと焔は互いに東京の本部から左遷されたとか言っていた気がする。と、南部はかつて、道場で話していたことを思い出す。
「でも、焔さんが『回士』だったのは知らなかったな」
本部では『回士』で現在は『申』。つまり、焔には二つの才能があることになる。
「ですので、いざとなれば一人でも短時間なら戦えるんです。自力で『申』にもなれて、不完全ながらも『祷能』をも使える天才なんですから!!」
百合は自分のことのように嬉しそうに話す。
「若羽さまの『禱能』は――『火狒炎猿』。『申』に炎を纏わせて、巨猿へ変化させる能力なんです」
「それを自分にも使えるってことか」
「はい」
一人二役をこなせる焔。南部は自分が思っているよりも彼が天性の才を持っているのだと、南部はようやく理解した。
その凄さに思わず椅子の上で大きなため息を吐く。
「それでいて、あそこまで努力するのか」
南部は寮で暮らすようになってから、訓練と称して焔と共に何度も山に出掛けた。どんな障害だろうと手を抜かずに全力で望む姿は、少なくとも天才には見えなかった。
「天才ってのは、もっと、スマートなのかと思ってたよ……って、違うか」
焔は南部を買っているからこそ、その姿を見せているのだ。本当は誰にも知られずに影で努力する。努力を努力と思わぬ人間だから、疲労も弱音も見せない。
底を魅せないからこその天才なのだ。
百合もまた、その姿を間近で見てきたのだろう。再度、布団を被り横になった。
「だから、本当は若羽さまは私みたいな落ちこぼれと組むような人じゃないんです。それでも、私と組むのは罰だから――」
「罰?」
どういうことだと聞き返す南部。その問いに百合が答えるよりも早く病室に焔が現れた。
部屋の入口で立ち止まった焔は、淡々と用件を伝える。
「百合、南部。『神成』の場所が分かった。今すぐに向かうぞ?」
「え。でも……」
まだ、百合は全回復していないのではないか。南部は布団に包まれていた少女を見やるが、彼女は既に布団を剥いでいた。足をベッドから降ろして立ち上がる。
「分かりました、若羽さま……」
「ちょっと! 怪我はしてないとはいえ、もう少し安静にしてた方がいいんじゃないか? 『神成』だったら、俺達が倒すからさ」
百合の前に立って動きを塞ぐ。しかし、南部の意見に答えるのは目の前にいる少女ではなく背後にいる焔だった。
「そういう訳にはいかない」
南部はその声に振り返る。焔は既に背を向けていた。
「なんで!!」
「今回は俺達が、南部に『禱能』を見せる約束をしたんだ。それは絶対に守ってみせる」
「……でも!!」
百合が倒れた原因は極度の緊張から。同じ状況になればまた、『神成』を逃がしてしまうのではないか。
そう言いたげな南部の表情を焔は読み取り応じた。
ひ
「だったら、今度はお前が逃がさなければいい。違うか?」
「そうだけどさ」
それ以上はこの場で言葉を交わすつもりはないのか。焔は止めていた足を動かし去っていく。
その背を追うようにして、百合は前に立つ南部の脇を抜けて行った。
誰もいなくなった病室。
「まあ、俺がなんとかすればいいか」
今度は何が起きても絶対に逃がさぬと覚悟を決める。
南部もまた『猿飛』に向け事務棟を目指した。




