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元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です ~平凡スキル《索敵》を極めたおじさん~  作者: アカメノコバチ


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第43話 救助員の黒瀬です

 奥多摩第一ダンジョン救助管理所へ戻ったのは、夜の八時を少し回った頃だった。


 黒瀬慎吾が事務室の扉を開ける。


「ただいま」


 机に向かっていた白石ひなたが顔を上げた。


「あ、おかえりなさい」


 その向かいでは、田所が報告書を読んでいる。


「遅かったな」


「丹沢からだからね」


「藤木って人は?」


「見つかったよ。今頃は病院かな」


「そっか」


 田所はそれだけ言って、また書類へ目を落とした。


 白石が立ち上がる。


「黒瀬さん」


「うん?」


「本当に見つけたんですね」


「うん」


「百三十七も反応があったのに?」


「一個多かった」


「一個?」


「百三十八個目」


 白石が首を傾げる。


「何ですか、それ」


「長くなるから、また今度ね」


「絶対ですよ」


「覚えてたら」


「黒瀬さんが忘れても、私が覚えてます」


「それなら大丈夫だ」


 黒瀬は自分の机へ向かう。


 椅子を引きかけて、白石を見る。


「今日の六人、全員戻ったんだよね」


「はい。第五階層まで全員無事に戻りました。柴崎さんも、そのあと治療を受けています」


「そっか」


「はい」


「お疲れさま」


 黒瀬は椅子へ座った。


 白石はまだその場に立っている。


「……それだけですか?」


「何が?」


「聞かないんですか?」


「何を?」


「どの道で戻ったとか、途中でどう判断したとか」


 黒瀬は白石を見る。


「報告書に書いた?」


「書きました」


「田所も一緒だったよね」


「いましたけど」


「六人とも帰ってきたんでしょう?」


「はい」


 黒瀬は少し笑った。


「じゃあ、できたんじゃない?」


 白石が黙る。


 少しして、自分の机へ戻った。


「……あっさりしてますね」


「そう?」


「もっと何か言われると思ってました」


「俺が言わなくても大丈夫そうだからね」


 横から田所が口を挟む。


「それに、俺がもう散々言った」


「田所さんは言いすぎです」


「報告書を二回書き直したのは事実だろ」


「二回だけです」


「十分だろ」


 黒瀬は二人のやり取りを聞きながら、机の上を見る。


 以前なら、白石が自分なしで第七階層へ向かうことに、どこか落ち着かないものを感じていたかもしれない。


 だが、今日は違った。


 六人は帰ってきた。


 それで十分だった。


 机の端には、昨日から置いたままになっている書類がある。


 広域派遣への登録について。


 黒瀬はそれを手に取った。


「所長、まだいる?」


 田所が時計を見る。


「いると思うぞ」


「ちょっと行ってくる」


 白石が書類を見る。


「決めたんですか?」


「うん」


 黒瀬は事務室を出た。


 ◇


 管理所長は、まだ机に向かっていた。


「失礼します」


「おう。帰ったか」


「はい」


「丹沢は?」


「無事に見つかりました」


「報告は来てる。よくやったな」


「現地の人たちがずっと探してくれてたので」


 所長は眼鏡を外し、机の上へ置いた。


「それで?」


 黒瀬が持っている書類を見る。


「決めたか?」


「はい」


「どうする」


 黒瀬は書類を机の上へ置いた。


「受けます」


 所長は少しだけ頷いた。


「そうか」


「ただ、一つ確認していいですか?」


「何だ」


「所属は、ここですよね」


 所長が笑う。


「昨日説明しただろ」


「一応」


「奥多摩第一ダンジョン救助管理所所属のままだ。要請があった時だけ外へ行く。毎回お前を出すわけでもない」


「分かりました」


「それなら?」


「お願いします」


 所長は書類を受け取った。


「昨日はあれだけ迷ってたのにな」


「そうですね」


「何かあったか?」


 黒瀬は少し考える。


「今日、白石さんたちが俺なしで六人を連れて帰りました」


「ああ」


「その間、俺は丹沢で一人見つけました」


 所長は黙って聞いている。


「だから、まあ」


 黒瀬は頭を掻く。


「どっちもできるなら、それでいいかなって」


「なるほどな」


「立派な理由じゃないですけど」


「十分だろ」


 所長は書類を机の端へ置いた。


「登録が済めば、今後は他のダンジョンから指名が来ることもある」


「はい」


「深い階層に呼ばれることもあるだろう」


「分かってます」


「無茶はするなよ」


「はい」


「ならいい」


 黒瀬は立ち上がった。


「じゃあ、戻ります」


「ああ」


 扉へ向かう。


「黒瀬」


「はい?」


「おかえり」


 黒瀬は一瞬だけ目を丸くした。


 それから笑う。


「ただいまです」


 ◇


 数日後。


 昼の奥多摩第一ダンジョン救助管理所。


 黒瀬は休憩室の机にパンを二つ並べていた。


 向かいに座った白石が、それを見る。


「また二個ですか?」


「今日は昼だから」


「昼ならパン二個でいいって話じゃないです」


「一個、卵入ってるよ」


「それだけで栄養が全部そろうわけじゃありません」


 黒瀬は少し考える。


「まあ、それはそうか」


 隣で弁当を食べていた田所が笑った。


「白石、諦めろ。こいつ昔からこんなもんだ」


「田所さんまで諦めたら駄目じゃないですか」


「俺は二十年前に諦めた」


「早すぎます」


 黒瀬はパンの袋を開ける。


「白石さんは?」


「おにぎりとサラダです」


「健康的だね」


「見習ってください」


「考えとく」


「それ、やらない人の返事ですよ」


 黒瀬がパンを一口食べようとした時だった。


 休憩室の外から足音が近づいてくる。


 扉が開いた。


「救助要請です!」


 三人が同時に顔を上げた。


 管制員が端末を持って立っている。


「第六階層。探索者二名から救助要請。一名が体調を崩して、自力での帰還が難しくなっています」


 黒瀬はパンを置いた。


「意識は?」


「あります。通信もつながっています。嘔吐はなし。強い倦怠感とふらつきがあるそうです」


「場所は?」


「南側の休憩区画近くです」


 白石が立ち上がる。


「あそこなら西側通路から入った方が早いですね」


「現在、大型魔物の反応はありません」


「分かりました」


 白石はすでに装備棚へ向かっている。


 黒瀬も立った。


 田所が弁当を食べながら聞く。


「俺も行くか?」


 白石が端末の地図を確認する。


「二人とも意識はあるんですよね?」


「はい」


「なら、黒瀬さんと二人で大丈夫だと思います」


 田所は黒瀬を見る。


 黒瀬も頷いた。


「じゃあ行ってくる」


「おう」


 田所は箸を持ったまま手を振る。


「気をつけてな」


 黒瀬は途中まで開けたパンの袋を見る。


 白石もそれを見た。


「帰ってから食べてください」


「そうするよ」


 二人は救助管理所を出た。


 ◇


 第六階層。


 黒瀬と白石は南側区画へ向かっていた。


「この先を左です」


 白石が地図を見る。


「休憩区画まで、あと十分くらいですね」


「うん」


 黒瀬は《索敵》を広げる。


 少し先。


 二人分の人間の反応がある。


 一人は時折動いている。


 もう一人は、ほとんど同じ場所に留まったままだ。


「いるね」


「二人とも?」


「うん」


「よかった」


 二人は歩く速度を上げた。


 曲がり角を抜ける。


 前方にライトの光が見えた。


「誰か来た!」


 男の声が響く。


 白石が先に答えた。


「救助隊です!」


 休憩区画の壁際に、二人の探索者がいた。


 一人は三十代くらいの男性。


 もう一人は壁に背を預け、座り込んでいる。


「大丈夫ですか?」


 白石がすぐに近づく。


「はい……すみません」


「謝らなくて大丈夫です。いつ頃から具合が悪くなりました?」


「一時間くらい前からです。急に身体が重くなって……」


 白石が状態を確認していく。


 黒瀬は少し離れた場所で《索敵》を広げ、周囲に危険がないことを確かめた。


 救難信号を出した男性が、黒瀬を見ている。


「あの……」


「はい?」


「黒瀬慎吾さんですよね?」


「うん」


 男性の目が大きくなる。


「やっぱり。元S級探索者の……世界ランキング三位だった」


 黒瀬は少し困ったように笑った。


「昔の話だよ」


「でも、どうしてここに?」


「どうしてって?」


「こんなところに黒瀬さんが来るなんて」


 黒瀬は救助袋を床へ置き、白石のそばへしゃがんだ。


「救助要請があったから」


「え?」


 黒瀬は男性を見る。


「救助員の黒瀬です」


 男性は一瞬黙った。


 それから小さく頭を下げる。


「……お願いします」


「うん」


 白石が体調を崩した探索者へ声をかける。


「少し休んでから戻りましょう。立てそうか確認して、難しければこちらで対応します」


「はい」


 黒瀬が聞く。


「白石さん、帰りは?」


 白石は地図を見る。


「来た道を使います。距離も短いですし、今のところ危険な反応もないですよね?」


「うん。大丈夫」


「じゃあ、それで行きます」


「了解」


 白石は探索者へ向き直る。


「焦らなくて大丈夫です。ゆっくり帰りましょう」


 探索者が少し不安そうに黒瀬を見る。


「帰れますか?」


 黒瀬は頷いた。


「うん。帰ろうか」


 白石が探索者を支える。


 同行者も反対側へ回った。


 黒瀬は三人の少し前に立ち、《索敵》を広げる。


 帰り道に危険がないことを確かめる。


「白石さん」


「はい」


「行こう」


「はい」


 黒瀬は前を向いた。


 ライトの先には、地上へ続く道が伸びていた。



今回が最終話です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
綻びの目から辿ってきたのですがこちらは軽く、内容が重い回はありましたがどちらも良かったです
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