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第27話 重なりの場所

触れたものは、形を持ち始めます。


神代は、ロープを整えていた。


井戸の縁に立ち、手際よく結び目を確かめる。


「翠くんに、見てもらいたいもんがある」


軽く振り返る。


「一緒に降りてもらえる?」


「……はい」



二人で井戸へ降りていく。


下へ行くほど、空気が変わる。


湿り気を帯び、音がわずかに遠くなる。




途中、ふと鼻歌が聞こえた。

神代がカメラをセットしながら、何気なく歌っている。


つられて、翠も小さく音を返す。


「はこう、はこう、鬼のパンツ〜」


「え?」


「知らんの?」


「……いえ、日本語では初めて聞いたかも……フニクリ・フニクラ、なら」


「そっちか」


神代が笑う。




そのまま、底に降り立つ。


一瞬で、空気が閉じる。




神代が壁に手を当てる。


「これや」


刻まれた模様。

他の石とは明らかに違う。


「ここだけや。この印」


「……わかるか?」


翠は近づく。


模様を見つめる。

どこかで見た気がする。


だが、思い出せない。



そっと、手を触れる。



その瞬間だった。




音が一気に流れ込む。


重なった声、感情、記憶が、押し寄せるように広がる。


かつての自分なら、耐えきれなかったはずの密度。

だが今は、崩れない。


無意識に左耳に触れる。


「……大丈夫」



その奥から、笛の音が立ち上がる。


月光の中に、ひとりの女が立っている。


赤い髪飾り。刀。

静かに、笛を構える姿。


その視線の先。


淡い髪の男が振り返る。


緑の瞳。



翠の中で、像が結びつく。


「……ロレンツォ」




「翠くん!」


神代の声で現実に引き戻される。


「大丈夫か」


「……はい」


息を整える。



「……いました」


「誰や」


「ロレンツォ……と、女の人」


少し言葉を探して、


「……祖母に、似ていました」




神代はすぐには答えない。


模様を見つめたまま、考えている。


「……笛、吹いてたか?」


「はい」


小さく息を吐く。


「やっぱり、ここやな」


断定はしない。

だが、確信に近い。


「術式、かもしれん」



翠は、もう一度手を触れる。


その瞬間、ポケットの中の翡翠が熱を帯びる。


光が、内側から滲み出る。



「……もう一回」


神代の声。


「そこ、触れながら」



翡翠の上に手を重ねる。


次の瞬間、世界が変わる。



女の手が、男に触れる。


ロレンツォ。


言葉は聞こえない。


だが、確かに伝わる。


誓い。


ふたりの想いが重なり、ひとつの形になる。



光が広がる。


色が混ざり合う。



そして、


虹が、静かに浮かび上がった。


ここに、残っている。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

断片だったものが、ひとつに結びつきます。

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