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第23話 石の記憶

第17話からの続きです。


少し歩こう。


それだけで、二人は外へ出た。


行き先は決めていない。

ただ、並んで歩く。


会話は、どこか途切れがちだった。


さっきまで見ていた色紙。


牡丹の色。

あの歌。


頭のどこかに、まだ残っている。

 


翠が、ふと思い出したように口を開く。


「神代さん、白猫の伝承、調べてるんですよね」


神代は、少しだけ目を細める。


「まあな」


翠はスマホを取り出した。


「ほら、これ。うちのシュガー」


画面の中で、白い子猫が動いている。

丸くて、柔らかい。

無防備に寝返りを打つ。


神代が、わずかに覗き込む。


「……白いな」


翠が、少し笑う。


「.....はい。柔らかいです。」

 

そのとき。

シュガーが、ふと動きを止めた。


何もない方向を、じっと見ている。

耳だけが、わずかに動く。



翠の指が止まる。


「……あれ」


画面の中に、何もない。

だが、視線だけがそこにある。

 


風が、通る。

 

翠は顔を上げ、少し首を傾げる。


「……石の匂いがする」


神代が周囲を見回す。

舗装された道。乾いた空気。


「……こんなとこでか」


翠は、答えない。

 


そのまま歩き続ける。


気づけば人が減り、建物が途切れ、

道の端に土が見え始めていた。


どこまで来たのか、はっきりしない。

 

翠の足が、止まる。


視線の先。



小さな石。


道の端に、置かれている。


見過ごしてもおかしくない。

だが、なぜか目が離れない。

 


「……これ」



神代が隣に立つ。

一度見て、すぐに分かる顔をする。


「道祖神やな」

 

翠は、少し近づく。


手を伸ばしかけて、止める。


触れない。

でも、離れない。

 

「……知ってる、気がする」

小さく。

 


神代は、少し間を置く。



「来たこと、あるんか」

 

翠は答えない。

ただ、石を見ている。

 


音が、少し遅れる。


風が、遠くなる。

 

足元の感覚が、変わる。


土。

乾いた、ざらついた感触。

 

小さな足。

視界が低い。

 

石。

同じ場所。

 


——蹴る。

 

音が、乾く。

 

もう一度。

蹴る。

 


黒い、小さな作務衣。

袖が揺れる。

 

声。

どこからともなく。

 


「逃げたらどうだ」

 

意味が、分からない。

 

「楽しいことをすればいい」

 

わからない。

 

「お前は、何も知らないな」

 

うるさい。

 

足が動く。

 

蹴る。

 

石は、動かない。

 


沈黙。

 

また来る。

また蹴る。

 

言葉が、分からない。

でも、何かを言われている。

 

うるさい。

 

蹴る。

 

……繰り返す。

 



「……翠くん」

声が、近い。


「翠くん、大丈夫か」

 

視界が、戻る。

石は、同じ場所にある。

 

息が、少し荒い。

 

翠は、まだ石を見ている。

 


「……ここ」

小さく。

 

言葉が、続かない。

 


神代が、少し身をかがめる。


「……なんや、今の」

 

翠は、首を振りかけて止める。

 

「……来たこと、ある」

 


少し間。

 

「……いや」

 

視線が、わずかに揺れる。

 

「来てた」

 


風が、通る。

 

翠は、ゆっくりと息を吐く。

 


「……お山」

それだけ、落とす。

 


沈黙。

 


石は、何も言わない。


思い出したのではない。


そこに、いた。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


身体の方が、先に覚えているのかもしれません。

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