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第13話 草の書

触れたものを、確かめていきます。


夕暮れのあと、すぐに闇に沈んだ。

山の夜は、早い。

 

食事は、神代が持ってきていた。

簡単なものだった。

インスタントのラーメンと、袋に入った惣菜。

 

その横に、(すいは竹籠を置く。

 

葉の湿り気。

指先に、土の気配が残っている。

 

「ちょっと、待っててください」

 

そう言って、お勝手へ向かう。

 

手は、迷わない。

 

油を温める。

衣を整える。

水気を切る。


静かな音が、ひとつずつ重なる。

 

「そんなこともできるん?」

 

背後から声が落ちる。

 

「……ここでは、五つくらいから、手伝ってました」

 

火加減を見ながら、短く返す。


ごま油の香りが、ゆっくり広がる。

 

たらの芽。

蕨。

ゼンマイ。

ふき。

うど。

 

順に、油へ落とす。

軽い音が弾ける。

 

揚がったものを、白い紙の上に並べる。

 

小皿に、塩。 

盆に整えて、運ぶ。

 

神代は、少し目を細めた。

 

「……ええな」

 

それだけ言って、ひとつ口に運ぶ。

 

「うまいわ。揚げたて、やっぱ違うな」

 

はふ、と息を抜く。

 

翠も、静かに箸を取る。

 

「どこで採ってきたん?」

 

「……祈りをして、頂いてきました」

 

少しだけ間があく。

 

「……ちゃんと、やってるやつやな」

 

それ以上は言わない。

 

油の香りだけが、ふたりのあいだに残る。


* 

 

片付けを終えて戻ると、神代は古い書物を開いていた。

 

「これ、よかったら」

 

机の上に、そっと置く。

 

手で綴じられた本。

 

翠は、受け取る。 

紙が、わずかにざらつく。

 

開く。

 

植物の絵。 

細い線で描かれた葉と、茎。

横に、文字。

 

イタリア語。

ときどき、ドイツ語が混じる。

 

目で追う。

 

その中に、

 

——Miyako

 

指先が、わずかに止まる。 

息が、浅くなる。

 

無意識に、左の耳に触れていた。 

金属の感触。

体温に馴染んだ重さ。

 

そのまま、ページに視線を戻す。

 

草の形。

書き込みの癖。

 

どこか、引っかかる。

 

「あの……」

 

言葉が、少し遅れる。

 

「これ……」

 

続かない。

 

神代は、画面から視線を外さないまま、

 

「……そのへんの話やろな」

 

軽く言う。 

断定はしない。

 

翠は、もう一度、本を見る。 

胸の奥で、何かが引っかかる。

  

ページをめくる。 

紙の音。

 

夜が、少し深くなる。 

 

「今日は、ここでええやろ」

 

神代の声が、静かに落ちる。

 

翠は、頷いた。

  

もう一度、ページに目を落とす。 

草の匂いが、まだ指に残っている。 


知らないものに触れている。

遠くはない。

  

翠は、小さく息を吸った。


近づいている。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


まだ、ほどけていない。

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