Prologue 余韻の浜
今回は、シーズン3のはじまり、プロローグです。
ほどけないまま残っているものに、そっと触れるところから始まります。
貝の破片を踏む、乾いた音がした。
引き潮の由比ヶ浜。
砂に、まだ夜が残っている。
靴の先に触れた水の冷たさが、遅れてやわらかく内側へ沈んでくる。
空は低く曇り、海と境目を失っていた。
灰色の水平線が、そのまま空へ溶けていく。
波は遠い。
鳥の声がひとつ、残る。
翠は歩みを緩める。
止まりきらない重心のまま、音の上を踏むように進んだ。
耳の奥に、まだ残っている。
消えないまま、そこにある。
端末に触れる。
静かに立ち上がる。
——あの日の音だった。
指先に残っていたはずの動きが、遅れて返ってくる。
ふたつの音が、ほどけないまま重なっている。
ほどけることなく、触れれば崩れそうなまま、静かに内側に残っている。
唇がわずかに開く。
呼吸が、細く落ちていく。
左の耳に触れる。
小さな石。
ひやりとした感触が、指先に返る。
触れられたままの位置に、まだ残っている。
淡い緑。
この海には、似合わない色だった。
見覚えのある色だった。
意味にはしない。
ただ、何かを持ち帰ってしまった、という感覚だけが残る。
波が少し近づく。
また引く。
その往復を、呼吸のように聴いていた。
——携帯が震える。
表示を見る。
わずかな間。
出る。
祖母が、危ない。
通話を切る。
顔を上げる。
雲の切れ間から、細い光が差していた。
その向こうに、かすかな輪郭が浮かぶ。
富士山だった。
視線の先に、まだ戻るべき場所が残っている。
行き先は、もう決まっている。
京都、か。
小さく息を吐く。
——もう、逃げない。
音だけが、残る。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
音だけが、残る。




