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第20話 戻る声

静かに揺れていた時間が、ついに動き始めます。


これまで断片のように重なっていた違和感や気配が、

少しずつ輪郭を持ちはじめる回になりました。


シーズン2の大きな節目でもあります。

ぜひゆっくり見届けていただけたら嬉しいです。


目を覚ましたのは、邸宅の一室だった。


高い天井から落ちる光は抑えられていて、部屋全体に静かな緊張が満ちている。

その中に、人の気配だけが幾重にも重なっていた。


ベッドの周りには、数人の人影が整然と立っている。

執事とメイド。その外側に、医師と弁護士、そしてマネージャー。

誰も声を上げない。

ただ、この場だけが、過不足なく整えられている。


すいも、その中にいた。

エリーの手を握ったまま。


やがて、エリーの視線がゆっくりと焦点を結ぶ。


「……Wo…?」


かすれた声が、静けさの中に落ちる。

一瞬、どこを見ているのか定まらない。

それでも、次の瞬間には翠を捉える。


「あれ……翠?」


そのあとに続くはずの言葉が、そこで途切れる。


医師が一歩、前へ出る。

低く、落ち着いた声だった。


「Ihr Name?」


わずかな間があく。


「……エリー……?」


迷いが混じる。

そのまま、瞼が再び落ちかける。


「……いいえ。もう一度」


医師の声は変わらない。

穏やかで、揺れがない。

呼吸が、ひとつ整えられる。


そして。


「Elias Gabriel von Lichtenwald」


今度は、迷いがなかった。

その響きだけが、部屋の空気に静かに残る。


誰も、すぐには動かない。


けれど、その瞬間、何かが確かに戻ったことを、この場にいる全員が理解していた。


医師は続ける。


場所。

日付。

現在の状況。


ひとつずつ、ドイツ語で問いかける。

エリーは、それに答えていく。

言葉は途切れない。

むしろ、整いすぎているほどだった。

そのやり取りの中で、何かが静かに確定していく。


翠は、そのまま見ている。

理解はしている。

けれど、それをまだ言葉にはしない。


そのとき、背後で空気がわずかに動く。


医師が一歩、静かに下がる。

その代わりに、弁護士が前へ出た。

年齢を感じさせる落ち着いた佇まいで、声にも無駄な揺れがない。


「では、確認だけ」


短く告げて、視線をエリーへ向ける。


「お父上のお名前は?」


間を置かず、声が落ちる。


「Leopold Friedrich von Lichtenwald」


迷いはない。

弁護士は小さく頷き、そのまま続けた。


「お母上は?」


「Claire de Montreval」


その名を口にした瞬間、部屋の空気がわずかに沈む。


「ご兄弟は?」


ほんの一瞬だけ視線が揺れる。

けれど、言葉は途切れない。


「Alexander Matthias von Lichtenwald」


そこまで言って、呼吸がひとつ整う。


そして、自分の名を確かめるように、もう一度口にする。


「ich ... Elias Gabriel von Lichtenwald」


翠は、無意識に一歩下がる。


ここにいるべきではない。

そんな感覚が、一瞬だけ胸をよぎる。


そのまま静かに退出しようとしたとき、


「——そのままで」


低い声が止めた。


振り返る。

マネージャーだった。


「ここにいてください」


視線が、静かに重なる。


「その代わり、この場のことは外には出さないで」


短い言葉だった。

けれど、それで十分だった。


翠は何も言わず、元の位置へ戻る。


説明は続く。

時間が、ゆっくりと進んでいく。

すべてが整えられていく。


やがて、言葉が途切れる。


静けさが落ちる。


エリーは動かない。

ただ、まっすぐ前を見ている。

理解はしている。

それでも。

どこか、まだ噛み合っていない。


視線が、わずかに揺れる。


「……」


何も言わない。


その沈黙だけが、静かに残る。

戻ったはずのものと、まだ戻っていない何か。


そのあいだに、わずかなずれが残っている。


翠は、それを見ている。

言葉にはしない。


ただ、そのまま。


——つづく


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


ついに、エリーの中で止まっていたものが動き出しました。

これまで見えていた姿だけではなかった、

彼のもうひとつの輪郭が、少しずつ立ち上がってきます。


そして、ここからシーズン2は、

エリーの目覚めとともに、大きく動いていきます。

ウィーン編、本格始動です。

この先の変化も、ぜひ一緒に追っていただけたら嬉しいです

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