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第15話 夕映えのテラス

人と人の関係は、

いつも同じ形で続くわけではなくて。

言葉にしなかったものや、

少しだけ遅れて届く想いが、

静かに形を変えていくことがあります。

今回は、そんな時間を描いています。


部屋に戻ると、空気が少し変わっていた。

朝のやわらかさは、もう残っていない。


整えられた空間の中で、

時間だけが、ひと足先に進んでいる。


テーブルの上で、スマートフォンが静かに光る。


メッセージ。


《少し話せる?》


それだけだった。


翠は、しばらく画面を見たまま動かない。

返すことも、閉じることもできないまま、ただ、その短い言葉をなぞる。


やがて、手を離す。


クローゼットを開ける。


エリーのジャケット。

ギターケース。

一つずつ、整えていく。


触れるたびに、さっきまでの時間が静かに戻ってくる。


朝の光。

甘さ。

呼吸。


その呼吸だけが、残っている。


手が、少しだけ止まる。


そのまま、目を閉じる。


何を選ぶかは、もう決まっていた。


スマートフォンを取り上げる。


《夕方、テラスで》


短く返す。



夕方。


湖は、昼とは違う色をしていた。

光が落ちて、水面がゆるやかに沈んでいく。

風が、少しだけ冷たい。


テラスの端に、サンドロはいた。


背を預けるように立っている。

翠の足音に気づき、ゆっくりと顔を上げる。


「来ると思ってた」


小さく笑う。


翠は、少しだけ距離を詰める。


「……話って?」


サンドロはすぐには答えない。

湖の方へ視線を向ける。


光が、少しずつ消えていく。


「君はさ」


ゆっくり、言葉を選ぶ。


サンドロの呼吸が、わずかに揺れる。


「僕の、最高のライバルだった」


過去形。


翠は何も言わない。

ただ、その言葉を受け止める。


「今も、そう思ってる」


視線が、一瞬だけ重なる。

すぐに、逸れる。


「でも」


短く落ちる。


「違うなって、わかった」


風が、わずかに強くなる。


サンドロは、軽く笑う。


「ずっと言わなかっただけなんだけど」


その軽さの奥に、わずかな揺れが残る。


「好きだった」


それだけ。

余計な言葉は、続かない。


沈黙が落ちる。

湖の音だけが、静かに残る。


やがて、翠が口を開く。


「……サンドロ」


短く呼ぶ。


「助けられてた」


視線を外したまま、続ける。


「子どもの頃、ずっと」


少しだけ、間。


「だから、大事だよ」


それ以上は、続かない。

言葉のあとに、静かな余白だけが残る。


サンドロは、少しだけ目を細める。


「……そっか」


小さく笑う。

それで、十分だった。


一歩、近づく。


翠も動かない。


腕が伸びる。

抱き寄せる。


強くはない。

それでも、離れるつもりはない。


翠は、そのまま受ける。

押し返さない。

ただ、そこにいる。


触れた距離で、呼吸だけがわずかに重なる。


「……もう少し早く言えばよかったな」


小さく、こぼれる。


翠は答えない。


その言葉が、触れたまま、静かに消えていく。


やがて、腕が離れる。

距離が戻る。

触れたままのものだけが、残っていた。


サンドロは、軽く肩をすくめる。


「また、連弾しよう」


今度は、自然な笑い方だった。

翠も、わずかに笑う。


「うん」


視線が、少しだけ上がる。

湖の光が、ゆっくりと消えていく。


残った静けさの中で、

二人は同じ方向を見たまま、しばらく動かなかった。


——つづく



ここまで読んでくださって、

ありがとうございます。


それぞれの中で、

ひとつの区切りが静かに置かれるような時間でした。

このあと、

また少しずつ流れが変わっていきます。

引き続き、そっと見守っていただけたら嬉しいです。


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