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第10話  湖畔の夜

湖畔の夜。

音の余韻と、

言葉にならない感情が、静かに重なっていきます。


今回は

距離が消え、呼吸が混ざる。二人の夜です。


廊下は静かだった。

会場のざわめきが、まだ耳の奥に残っている。


エリーの姿が見えなくなって、翠はそのまま部屋に戻った。


ドアが閉まる。

音は、それだけだった。


次の瞬間、腕を引かれる。


すいは何が起きたのか理解する前に、胸へ引き寄せられていた。


「……エリー?」


答えはない。


唇が重なる。

強い。

逃がさないように、長く、深く。


翠の呼吸が乱れる。


「……待って」


やっと出た声。


けれど、エリーは離れない。


一度だけ距離をほどいて、耳元で囁く。


「待てない」


そのまま、もう一度。

今度はさっきよりも近い。


翠の背が、わずかに反る。

止めるはずだった手が、エリーの肩に触れたまま動かない。

熱が、そのまま伝わる。


翠は息を飲む。


――そうか。


言葉にはならない。


ただ、同じものを知っている。

あのときの痛み。


翠の指が、エリーの頬に触れる。

押し返すでもなく、

引き寄せるでもなく、

ただそこに置く。


「……エリー」


かすれる。

それ以上、言葉は続かない。


代わりに、唇が返る。

さっきより静かで、けれど、はっきりと応える。


距離が消える。

呼吸が混ざる。


どちらのものか、もうわからない。


その呼吸に、引き寄せられるように。

エリーの指が、もう一度、翠の手に触れる。

さっきと同じ場所を、

確かめるように、ゆっくりと、なぞる。


消すように。

それ以上に、残すように。


翠の指が、わずかに震える。

逃げようとして、止まる。


唇が落ちる。

指先に。


今度は、離れない。

長く。

わずかに、圧を残したまま。


「……っ」


息が、零れる。


そのまま、手を引かれる。


距離が、崩れる。

頬に触れる。

熱が、そのまま移る。


指を離そうとした瞬間、軽く押さえられる。


逃がさない、というほどでもない。

けれど、離れられない。


エリーは何も言わない。

ただ、触れている。


指先。

手首。

脈。


その一点に触れられたまま、

逃げるはずだった呼吸が止まり、

代わりに、奥から何かがほどけていくのがわかる。


鼓動が、拾われる。

触れられるたびに、強くなる。


翠の呼吸が、崩れる。


「……やめろ」


声が、ほとんど残らない。


エリーは、止めない。

もう一度、同じ場所に触れる。


長く。

執拗に。


そのまま、手首を引き寄せる。

唇が、そこに触れる。


脈に。


「……っ、」


声にならない。


一瞬だけ、世界が遠のく。


「翠」


低い声。

それだけで、身体の奥が、わずかに崩れる。


翠の指が、エリーの服を掴む。

もう、立っていられない。


引き寄せられる。

距離が消える。


唇が重なる。

さっきよりも深く、逃げ場を残さないまま、

呼吸ごと、奪われるように。


息が混ざる。


その中でーー


「……好き」


かすれた声。


翠だった。


それ以上は、言葉にならない。


夜の中で、ふたりの呼吸だけが残る。


——つづく


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


言葉よりも先に触れてしまうもの。

音よりも先に、伝わってしまうもの。

そんな時間を、静かに描いた回でした。


迷いながら、音を重ねるように書いていました。

次話も、その続きが、静かに流れていきます。


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