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第1話 名を持たぬ歌 〜名を持たぬまま、歌われる〜

——音は、名を持たない。


けれど、

誰かのものとして呼ばれ、

誰かのものとして残されていく。


それでも、

音は、消えない。



雨が降っていた。


冬の終わりの、冷たい雨だった。


石畳は濡れ、

薄暗い路地には、

煤と獣の匂いが沈んでいる。


十四世紀のフランス。


鐘の音だけが、

遠く、湿った空へ響いていた。


ピエール・ド・マショーは、

擦り切れた外套の襟を引き寄せながら、

古い教会の回廊を静かに歩いていた。


まだ若かった。


けれど、

その横顔には、

すでに長い疲労が滲んでいる。


彼に許されていたのは、音だけだった。


幼い頃、

教会学校で歌ったその日から、

彼の才能は誰の目にも明らかだった。


旋律を書けば、

教師たちは沈黙し、

祈りの歌を編めば、

修道士たちは涙を流した。


だが、

才能だけでは、

人は救われない。


門は、どこにも開かなかった。


宮廷は血筋を選び、

名家の子弟たちは、

彼の旋律だけを欲しがった。


曲は奪われた。


名を変えられた。


気づけば、

彼の作った音楽が、

別の男の名で歌われている。


抗議しても、

誰も耳を貸さない。


言葉は、風と同じだった。


それでも、

彼は書き続けた。


夜明け前の蝋燭の下で。


凍える指を擦りながら。


羊皮紙に、

静かに音を書きつけていく。


まるで、

自分自身が消えても、

旋律だけは残ると信じるように。


だが、

次第に仕事は減り、

写譜の依頼も来なくなった。


誰かが裏で動いている。


そんな噂だけは聞こえていた。


嫉妬。


妬み。


あるいは恐れ。


理由はもう、

どうでもよかった。


疲れ切った彼は、

やがて都市を離れた。


リュートを抱え、

小さな村々を渡り歩く、

名もない旅の奏者となった。


雪解け水の流れる町。


葡萄畑の続く丘。


古びた宿屋。


火の消えかけた酒場。


人々は、

彼の名を知らなかった。


それでも、

音楽だけは耳を止めた。


ピエールは、

ただ静かに弾いた。


誰にも届かなくてもいい。


ただ、

音がこの世に残るなら。


ある夜。


旅の途中で立ち寄った小さな町で、

彼は偶然、

ひとつの歌を耳にした。


広場だった。


酔った男たちが笑い、

子供が走り回り、

旅芸人たちが火を囲んでいる。


その中央で、

若い奏者が歌っていた。


聞き覚えのある旋律。


ピエールは足を止める。


自分の曲だった。


数年前、

まだ教会学校にいた頃、

誰にも見せず書いたはずの旋律。


けれど、

歌い手は誇らしげに、

宮廷音楽家の新曲だと告げる。

その名は、彼のものではなかった。


人々は感嘆し、

涙を浮かべながら聴き入っていた。


ピエールは、

しばらく黙って立っていた。


怒りはなかった。


ただ、

不思議なほど静かだった。


音は、

生きていた。


誰の名であっても。


それだけで、よかった。


音は、

生きていた。


シーズン4。

エリーと翠の物語が、ここから始まる。


まだすべては、繋がっていない。

けれど、音はすでに触れている。


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