第35話 繋がる音
ここまで繋がってきたものを、辿ります。
最終話です。
九条の家へ向かう道は、静かだった。
言葉はほとんどない。
それでも、満ちている。
昨夜から続いているものと、今ここにあるものが、どこかで重なっていた。
蔵に入ると、空気が変わっているのがすぐにわかった。
以前のような重さはない。
風が通り、光が奥まで届いている。
何かが抜けたようでいて、完全に消えたわけではない。
残された気配だけが、静かにそこにある。
翠は、ゆっくりと歩を進めた。
足を止める。
視線の先に、細い影がある。
近づくと、それは笛だった。
埃をかぶり、長い時間をそこに置かれていたことを感じさせる。
手に取ると、思いのほか軽い。
指に、木の感触がすっと馴染む。
「……それか」
ロレンツォの声が、静かに重なる。
翠は、笛を構える。
試すように、息を入れる。
音にはならない。
空気だけが、抜けていく。
もう一度、息を入れる。
今度は、かすかに、ひび割れるような音が漏れる。
それは音と呼ぶにはあまりにも細い。
けれど、確かにそこにあった。
「急ぐな」
ロレンツォの声が、低く落ちる。
「音は、外にあるものではない」
一拍。
「……繋ぐものだ」
翠は、目を閉じる。
呼吸を整える。
昨夜の感触が、わずかに蘇る。
触れられた温度。
重なった呼吸。
その延長のように、息を入れる。
細い音が、今度はまっすぐに伸びた。
風が、わずかに揺れる。
「……それでいい」
ロレンツォの声が、静かに重なる。
「音は、封を解く側にも、守る側にもなる」
翠は、ゆっくりと笛を下ろした。
そのままカバンに入れ、母屋へ向かう。
廊下に風が通る。
光が、奥へと伸びていく。
どこか懐かしいような、初めてのような、曖昧な感覚がそこにある。
仏壇の前に座る。
花を一輪、挿す。
鈴を鳴らす。
音が、細く広がっていく。
その余韻の中で、手を合わせる。
言葉は出てこない。
けれど、必要もなかった。
ロレンツォと出会ったこと。
蘭のこと。
それらが、ゆっくりと内側に沈んでいく。
理解しようとするのではなく、ただ、そこにあるものとして。
目を開けると、遺影がある。
その顔の奥に、別の面影が重なる気がした。
翠は、もう一度、笛を取り出す。
音にならなくてもいいと思いながら、構える。
息を入れる。
今度は、細い音が、迷いなく伸びた。
わずかに、しかし確かに。
その音の奥に、何かが重なっている。
声ではない。
形でもない。
それでも、はっきりとわかる。
続いてきたもの。
「……行こう」
ロレンツォの声が、静かに落ちる。
翠は、ゆっくりと立ち上がる。
外へ出ると、風が少し変わっていた。
ふと、胸元に触れる。
シャツのポケットに、白い花が入っている。
鈴蘭。
指先で、そっとなぞる。
その感触に、昨夜の温度が重なる。
「……あの男か」
ロレンツォの声が、かすかに重なる。
翠は振り返る。
誰もいない。
それでも、確かにそこに残っている気配があった。
翠は、ゆっくりと空を見上げる。
息を吸う。
そのまま、歩き出す。
——続いている。
シーズン4につづく
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
シーズン3は、形にするまでに長く向き合った章でした。
この物語に寄り添ってくださったことに、深く感謝しています。
次のシーズンでは、ふたりの物語はさらに奥へ進んでいきます。
その先も、見届けていただけたら嬉しいです。




