第703話 これは僕の責任ではない
「交代の時間だよー!」
そう声をあげながら玄関ホールに入ってきたのはメルとエリスさんだった。
メルは玄関ホール内を見回して疑問を口にする。
「あれ、緋美子さんたちは?」
玄関ホールにいる人の数が半分以下になってるもんね。
ただでさえ少ない人手がさらに減ってしまった。
「緋美子さんたちは日本に戻らなきゃいけない事情があって送ってきたところだよ」
でも緋美子さんが直近で日本に帰らなければいけない理由って、ヴィーシャさんへのアレだったんじゃないだろうか?
だったらこっちに戻ってきてくれてもよくない?
いや、[夢見]の予約を断ったとか言ってたし、そういう約束に応じなければいけないのかもしれない。
「ひーくん、おかえり! おはよう! いってらっしゃい!」
僕に気が付いたメルはテンポ良く三つの挨拶を言い切った。
つまり巡回に行ってこいってことね。
わりと適当に見張りの順番を決めてるっぽいなあ。
「じゃニーナちゃんもよろしく!」
ニーナちゃんにご指名がかかったのは、まだ幼い彼女は夜警に立っていなかったから、ということだと思う。
「はい! でも、あの、カズヤさんは大丈夫ですか?」
「なんで振った相手に気遣いするみたいな雰囲気になってるの?」
僕がそう言うとニーナちゃんはケラケラと年相応に笑う。
まあ、色恋に興味の出てくる年頃ではあるかあ。
僕はまだ早いんじゃないかなと思います。
言うてニーナちゃん自身が過去に言ってたことがあるけど、アーリアの習慣ではもう結婚していてもおかしくないからね。ニーナちゃんくらいの年齢でも。
「メル、僕はやることがたくさんあって」
「うんうん。見張りもそのひとつだよね」
「それはまあ、そうなんだけど、いま見張り用の人員確保に動いてるから、シャノンさん、変わってくれない?」
正直なところ秘密保持契約書をもう一度作ってもらわないといけないし、それをチェックするのにかなりの時間を要するとは思うんだけど、僕の稼働が後回しになればなるほど遅れはさらに大きくなる。
一旦はアセンディア研究会の二軍を連れてくるとして、あんまり緋美子さんに借りばかり作るのも怖いんだよね。
「やっぱ振られて気まずいか。しゃーないな」
シャノンさんはそう言って起き上がると、足下の大剣を担ぎ上げた。
そんなシャノンさんに、僕は一言言わずにはいられない。
「告白もしてないのに振られてるのおかしくないですかね?」
するとニヤッと嫌な笑みを浮かべてシャノンさんが挑発してくる。
「じゃあ、なんだ、お前はニーナが好きじゃないのか?」
「そりゃ好きです。大切なパーティメンバーですよ」
恋愛的な意味ではないけど、僕はニーナちゃんに敬意を持っている。
この年齢で一家の大黒柱をやっているってすごいことだよ。
僕の言葉を聞いたニーナちゃんは両手を胸の前で握りしめた。
「キュン。細マッチョも悪くないですよね」
「ニーナちゃんは自分の好きを大事にして!」
あと僕は細マッチョって言えるほどでもないよ。
そんな僕らを見てメルは腕を組んで、天井を見上げ、少し考え込んだ。
「うーん、よし」
「よくないよ!」
メルは僕のパートナーを増やそうとするの止めて!
まだ蹴られるほうが気持ち的に楽だよ。
「ひーくんは用事があるんでしょ。ほら、早く行ったら? 邪魔だから」
「邪魔だから!?」
それは配偶者に向けていい言葉ではないよ。
「ニーナちゃん、私も一緒に行くね。お話しよ」
「メル、僕にも限度というものが」
「ニーナちゃんが失った資産について」
「!?」
メルの言葉で僕はようやく気が付いた。
自分の資産が失われたことばかりに気を取られていたけれど、冒険者ギルドが壊滅したということは、そこに資産を預けていた人たち全員が財産を失ったことになる。
冒険者の多くがあの場で死んでいたとは言え、ダンジョンに入っていて無事だった人もたくさんいるはずだ。
そういう人たちはダンジョンから戻ってきたら、魔石を売ることもできず、預けていた資産も無くなっている、という最悪の事態に陥っているだろう。
アーリアの冒険者ってわりとちゃんとしている人が多いから、金が無いからと言って即犯罪行為に走るとは思わないけれど、資産を失った彼らがどういう行動に出るのかはまったくわからない。
セドリックさんが冒険者ギルド跡地に魔石買取所を仮設で立てることも急務だね。
また人手が足りない話かあ。
「ニーナちゃんはいくらくらい預けてたの?」
僕が恐る恐る訊ねると、ニーナちゃんは気まずそうに目を逸らした。
「うちの家族が何年かは遊んで暮らせるくらい、ですね」
ニーナちゃんは回復魔法使いで、装備品にお金をかける必要性が少ない。
もちろん防具をある程度着ているし、年齢のこともあって全部オーダーメイドだろうから、それなりにお金は使っているのだろうけれど、他のメンバーとは比べものにならないくらい、手元に資金が残っていたはずだ。
そして家に持って帰れない事情があるから、その全てを冒険者ギルドに預けていたと見ていい。
「ごめんね。ニーナちゃん、この補填は必ず……セドリックにさせるから!」
これは流石に僕の責任ではないよね?




