第702話 人の重荷を勝手に背負うな
決めつけはよくないことだ。
勝手にこういう人だと決めつけてしまうと視野が狭くなり、本当のことが見えなくなる、ということはよくある。
「あー、北区に顧客が多い感じですかね」
アーリアの北区は治安の良くない地域だ。
違法薬物が蔓延しているという話は聞いたことがないけれど、流通があるとしたら北区だろう。
うーん、なんかきな臭いな。
薬物によっては合法ということもありうる。
煙草や酒は常習性があって体に悪い薬物だと言える。
特に煙草は周囲の人にまで害を及ぼすけれど、規制されそうにない。
アーリアで煙草吸ってる人は多いし、酒なんて飲んで当然という感じだよね。
だけどコソコソ売っているということであれば違法薬物だろう。
乾燥大麻のようなお手軽に作れるものから、錬金術による薬物ということも考えられる。
合法の範囲なのか、違法なことに手を染めているのか確認したいけれど、話を逸らされそうだな。
あるいは本当に何を運んでいるのか知らない、という可能性もある。
ただ違法薬物を運んでいるのだとすれば、知らなかったとしても罪に問われるんじゃないだろうか。
僕はアーリアの法律については詳しくないけれど、少なくとも無罪、ということはないと思う。
違法薬物の蔓延は国を傾けかねない大きな問題だ。
とはいえ、僕がどうのこうの言うべきことでもないな。
「答える必要を感じない。とにかく早く帰してほしい」
「わかりました。できるだけ早くお帰りいただけるように前向きに検討します」
うーん、翻訳手伝ってもらおうと思ってたけど、こりゃダメだな。
真っ当な人間である必要は無いんだけど、僕に対していい印象を持たれていないようだ。翻訳にあたって真面目にやってもらえるとは思えない。
当てが外れた僕はその場を離れて、アーリアへと[キャラクターデータコンバート]した。
転移先の玄関ホールにはシャノンさん、ロージアさん、ニーナちゃんがいて、思い思いに休憩している。
「ニーナちゃん、ごめんね。もう少し手伝ってくれると助かる」
「いいですよ。私の家族はどうしてますか?」
「いまちょっと話をしてきたよ。仕事を手伝ってもらおうと思ったんだけど、無理そうだね。ご飯はちゃんと食べられているようだった」
「それは良かった」
ニーナちゃんが胸に手を当ててほっと息を吐いた。
「あの人たちに仕事は振らないほうがいいと思います。ご厄介でなければ、飢えない程度にご飯だけ出しておいてください」
「それでいいんか?」
シャノンさんが横から口を挟んでくる。
「ニーナの家族を悪く言うつもりはねえが、あの両親はクズだろ。一回絞めといたほうがいいぞ」
悪く言うつもりはない、とは一体。
いや、まったくの同意なんだけどさ。
とは言え、ニーナちゃんの前でそれを口にしていいわけじゃないんだよなあ。
「シャノンさん、いくらなんでもそれは」
「いえ、いいんです。カズヤさん。私の両親は娘から見ても、いい親ではありませんので。あまり関わらないのがオススメです」
「ご両親は早くアーリアに戻りたいみたいだけど、そうしてもいいのかな?」
「はい。あまり他所様にご迷惑をかけるわけにもいきませんので」
「あんな親は捨てた方がいいぞ。マジで」
アーリアで潜伏しているときになにかあったんだろうけど、聞くのが怖いな。
僕はニーナちゃんを妹、というより娘みたいに思っているので、その両親がゲスなら、親として親をナニしてしまうかもしれない。
「ニーナちゃんにとっては大切な家族なんだよね?」
「はい。あんなのでも産んでくれた親ですので」
もう僕はニーナちゃんを両親の元から連れ去ったほうが良くない?
でもニーナちゃんには妹弟たちがいるんだった。
さすがに全員の面倒を見るようなキャパシティがない。
一人や二人ならともかく、六人も小さな子どもたちを抱えられない。
金銭的には行けるんだけど、責任という意味で。
つまり親の元から引き剥がすなら、僕はニーナちゃんたちに対して親と同等の愛情を注いで育て上げなければならない。
「カズヤさん、カズヤさん!」
ニーナちゃんに呼ばれて僕はハッとする。
つい思考の海に潜ってしまっていた。
「お気持ちは嬉しいんですけど、私の好みはムキムキ筋肉質の男性ですので!」
なんか僕がニーナちゃんに振られた体になってない?
「悪い顔になってたもんなあ」
シャノンさんがうんうんと頷きながら言う。
「それってどういう顔なのか聞いていいです?」
「んー、これ言って通じるかな? 日本語だと、そうだな。聖人だ」
「すごく良い人扱いされているように思えますけど?」
「そうか? 聖人というのは、つまり罪を肩代わりしてくれる人のことだろ」
聖人にも色々あるけれど、地球で一番有名な聖人というといわゆるキリストで、その前提でなら間違っていないね。
聖人は人々の原罪をすべて引き受ける形でこの世を去った。
キリストが肩代わりしてくれたので、人々は生まれてきた罪を問われない。
「人から荷物を勝手に奪い去っておいて『良いことをしました』って雰囲気なのが気にくわねえ。アタシらに問われるべき罪があるなら、アタシらが償うべきだろ、それは」
「こっちにもいるんですね。そういうの」
「お前がそれだ。ヴァーカ!」
「シャノンさんにバカって言われた!?」
「どういう意味だ、おめー!」
「ええと、シャノンさんが言いたいのは『ミドランテの聖者』ですよね。アデルネン地方に伝わる伝承です。昔々、ある国から追放された人々を救うために自らを犠牲に捧げた人がいて、残された人々はその人を聖人として祭り上げた。そういうお話です」
ロージア先生が簡潔に補足説明を入れてくれる。助かるぅ。
「ガキんころからこの話嫌ぇだったんだよな。そいつが犠牲にならなきゃ救われなかった人がたんまりいる。そりゃわかるぜ。そういうこともあるだろ。だけど、勝手に犠牲になるなよ! 命を投げ出す前に相談しろ。みんなで一緒に助かる道を考えろや。どうしても無理なら、そんときは仕方がねぇけどよ」
昔話にマジギレしてるシャノンさんは、ものすごくシャノンさんだ。
ちなみにこれ褒め言葉だよ。
「あー、えーっと、つまりシャノンさんは独善的になるなと言いたいわけですね」
「独りよがりにイってんじゃねーよって話だよ!」
間違ってないんだけど、間違ってるような。
ということはつまりだ。
僕の考えはニーナちゃんにさえ見透かされていたということか。
うわあああ、恥ずかし!
僕は思わず両手で顔を隠してしゃがみ込む。
苦しむ人を無理やり助け出さなければならないこともあるだろう。
だけど苦しそうな人を見て、勝手に苦しんでいると決めつけてはいけないのだ。
ヴィーシャさんの件なんか、まさにそれじゃないか。
結果的に正解を引いたから許されているだけだ。
「カズヤさん、今からでも遅くないですよ」
ニーナちゃんからのフォローが悲しい。
「ムキムキになりましょう!」
そういうことではないよ!




