第701話 客の求める物を売るのが商売
本当の本当に救いようのない人間の話をしよう。
つまり僕はヴィーシャさんに付きっきりでいることができない。
彼女の置かれた状況を考えると、僕はこの場を離れるべきではない。
この数日の間に彼女を襲った状況の変化はあまりにも急で、彼女には肉体的だけでなく精神的なケアが必要だ。
僕の自意識過剰でなければ、僕が傍にいることで少しでも彼女の助けになると思う。
だけど事態が急変したのは彼女だけではない。
アーリアの動乱に僕らはがっつり関わっていて、僕の仲間たちは今も危険に晒されている。
その他は些事としても、アーリアに増援を送り込むことは急務だ。
後回しにできない。
「すぐに医師か[回復]魔法使いが来ると思いますが、過剰な回復は止めてください。エルセリーナさん、[小回復]魔術の引き継ぎをお願いしても良いですか?」
「え、ええ……」
エルセリーナさんが[小回復]魔術の構成を組み上げたのを確認して、僕は僕の構成を霧散させる。
「僕は一旦アーリアへ行きます。問題がないことを確認したら戻って、あちらへの増援を手配しなければなりません。……すみません」
「カズヤさん、あなたを恨むわ……」
思わず『ありがとうございます』と言いかけて僕は言葉を呑み込んだ。
自分のしていることを思えば怨んでもらったほうが気が楽だ。
だけど感謝を伝えるのは違うだろ。煽っていると思われてしまう。
「僕であればいくらでも恨んでください。それでは失礼します」
「カズヤくん、私は……」
立ち上がろうとしたヴィクトルさんを手で制止する。
「ヴィクトルさんはヴィーシャさんの傍にいてあげてください。こちらのことはなんとかします」
米国との秘密保持契約書はダメになってしまったから、もう一度草案をもらう必要がある。今度はちゃんとしたものを。
アーリアに行く前にそれだけ釘を刺しておくか。
いや、英語でそれを伝えられる自信無いな。
ヴィクトルさんの離脱は正直痛い。
[異界言語理解]の有る無しで英語と日本語の翻訳能力はまるで異なるから、アステリア側の人で、知識人を一人こちらに召喚しておきたい。
けれどとにかく人員不足なんだ。
個人的にはロージアさん辺りがこちらに来てくれると助かるんだけど、ぶっちゃけあの人、ちょっと物事に詳しいただの針子さんだからね。
多分、商知識なんかは僕と変わらないと思います。
だったらエインフィル邸の使用人を一人引っ張ってくるだけでもいいんだよな。
求めてるのはこちらの世界に対応した[異界言語理解]スキル獲得者なんだから、僕に悪意さえ無ければぶっちゃけ誰でもいい。
ところが、その悪意さえ無ければ、ってのが難しいんだよ。
僕は彼らの同僚を殺戮した加害者で、今のところ単純に恐れられているだけみたいだけど、それがいつ能動的な悪意に変わるかわからない。
そんなことを考えながら掩蔽壕まで戻ってきたところで、ニーナちゃんの家族がご飯を食べているところに出くわした。
あー、この人たちもどうしようか。
ニーナちゃんに確認してアーリアに戻ってもらってもいいんだけど、今のアーリアに放り出すのはちょっと怖いんだよな。
取り逃がした騎士たちがどういう行動に出るかわからない。
襲撃者の一味であるニーナちゃんの家族が市街地、それも北区で暮らしてると知られたら?
僕なら拉致監禁して人質コースだわ。
人数も多いから分散して監禁すればこちらは手出しをしにくい。
彼らの安全を考えると家族ごと別の町に疎開してもらうのが一番なんだけどな。
そこはまあニーナちゃんとの相談次第か。
あれ、そう言えばこの人たちも[異界言語理解]スキル獲得者たちだな。
この人手が足りない中で遊んでいる人員だ。
子どもたちはともかく、ご両親、子どもたちの面倒を見る必要もあるだろうから、父親だけでも通訳をしてくれたらありがたいな。
そう思って僕は食事中の彼らのところに歩み寄った。
簡易的なテーブルと椅子が用意されていて、そこで米軍の朝食なのかな?
プレートに乗ったパンケーキやら、オムレツ、ソーセージなんかが提供されているようだ。
野菜が足りていない気がするけど、朝食だからかな?
「おはようございます」
僕がアーリアの言葉で声をかけると、子どもたちは威勢良く返事をしてきた。
「「「おはようございます!!」」」
一方で大人二人は、ウッス、って感じで軽く頭を下げただけだ。
「避難生活はいかがですか? なにか困っていることはありませんか?」
「……避難というより監禁だろ、これは。外には出せないの一点張りで参っている」
そう答えたのはニーナちゃんの父親と思しき男性だ。
改めて見ると若いんだよなあ。
アラサーより下くらい?
そもそもアラサーって何歳から何歳のことなのって気はするけど。
「お外でたーい!」
子どもたちが同調する。
確かにバンカーの中は広いけれど、遊ぶものとかがないもんね。
退屈極まりない場所だ。
「ここから外に出るのは難しいですね。代わりになにか娯楽用品を持ってこさせましょう。絵本ってアメリカにもあるのかな?」
横田基地には居住区があるから、普通の日用品は手に入るはずだ。
幼児向けの絵本なんかもきっとあるに違いない。
「ああ、申し遅れました。僕はカズヤです。ニーナちゃんにはお世話になっています」
ここちょっとセンシティブな話題なんだよな。
ニーナちゃんは冒険者としての稼ぎを親に隠している様子だった。
つまり娘がお金を持っているとそれを取り上げるような親だ、ということだ。
まあ、そこにも解釈の余地はあるよね。
子どもが大金を持っていたら親が管理するというのは当然のことだし。
「アンタがこの騒動の元凶なんだろ。さっさと家に帰してくれ」
名乗らんのかい!
まあ、いいけど。
「帰宅していただくのは構いませんが、今のアーリアは安全とは言えません。あまりオススメできませんよ」
「仕事に穴を空けてしまっている。このままじゃ仕事を振ってもらえなくなるんだ。わかるだろ」
仕事してたんだ。
まずそこに驚いた。
ニーナちゃんの家族はニーナちゃんの稼ぎで生活していると聞いていたからだ。
「なんのお仕事なんですか?」
「そりゃ、おまえ、あれだよ」
ニーナちゃんの父親はせわしなく目を動かす。
「商品を困っている人のところへ持っていくんだよ」
それ自体はアーリアでは珍しい仕事ではない。
アーリアはそこそこに広く、商品などの物を運ぶ仕事は需要がある。
御用聞きをする運び屋的なものはよく見かける。
言わば何でも屋だ。
日本のフィクションでは冒険者ギルドが何でも屋的に依頼を受けていたりするけれど、アーリアではわざわざ冒険者ギルドを通して手数料を取られるような人は少ない。
こういう何でも屋が各家庭や店舗を訪れて、何かご用はありませんか? と聞いて回ってくるので、手が離せない時の買い物や、誰かに物を届けたい時にお願いする。
だけどニーナちゃんの父親の口ぶりからすると、それじゃないっぽいんだよなあ。
「商品、とは? 具体的に何ですか?」
「さあね、俺は知らない」
彼は肩を竦めて言う。
「知らない?」
そんなことが有り得るのか?
いや、御用聞きの場合は何かわからない荷物を預かることはままあるだろうけれど、そう言うニュアンスにも聞こえないなあ。
「知らないが、客はいつも俺の到着を待ち焦がれているんだ。こうして数日も空いてしまうと、客は他から入手しようとするだろうし、そいつはトラブルの元だ。だから早く戻りたいんだ」
あー、なるほどね。
僕はようやく得心がいった。
この人、違法薬物の売人だわ。




