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GAMELIZATION ~ゲーマライゼーション~ 世界はゲームに変わり、僕は異世界へ行ける  作者: 二上たいら
第10章 抵抗は燃え上がる

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第697話 あの時ああしていれば今は無い

「すべてを、無かったことに?」


 緋美子さんの言葉をヴィーシャさんは繰り返した。


 僕も虚を突かれたような気持ちになった。


 すべてを無かったことに。

 それは一体、どういう意味なんだ。


 言葉が足らなかったと思ったのか、緋美子さんは付け加える。


「つまりあなたが受けた一切の被害そのものを無かったことにする、ということです」


「そんなことができるのですか!?」


 思わず大きな声をあげたのはエルセリーナさんだった。


「できるできないの問題ではありません。そうしたいかどうかを問うています」


 できるわけがない。

 僕の理性はそう叫ぶけれど、一方でこの世界がゲームであるならば、ロールバックも可能なのではないだろうか?

 少なくとも『運営』にはできるはずだ。復帰ポイントを設定さえしてあれば。


「待ってください。ヴィーシャさんが受けた被害はもっとずっと幼い頃まで遡ります。そのすべてを、ということですか?」


 僕が問うと、緋美子さんはにっこりと笑った。

 なんの邪心もない健やかな笑みに見えたが、一方で僕は底知れない怖さを感じる。


 時間が巻き戻せたら。

 僕は何度そう願っただろうか。


 過去に行って、干渉できるのであれば、メルの両親を引き留めることができるのでは?

 咲良社長を救い出せるのでは?

 鳴海カノンが親に借金を押しつけられることを避けられるのでは?

 九重ユラの両親に警告ができるのでは?


 ああ、変えたい過去は山のようにある。関わった人が増えれば増えるほど、その人の悲しい過去を消して行きたいとずっと思っていた。


「そのすべて、です」


 緋美子さんは迷うことなく言った。


「あなたはどんな被害を受けることもなく、両親からただ愛されて育った。そういうことにしたいとは思いませんか?」


 そんなの、そうしたいに決まっている。

 彼女の痛みは、苦しみは、死を覚悟するほどのものだったんだ。


 しかし、僕の思いとは別にヴィーシャさんは答えに窮している。

 なぜ?

 考えるまでもないことじゃないのか?


「歴史を修正する、ということですよね」


 ヴィーシャさんが言ったのは前提の確認。


「少なくともあなたにとっては」


 緋美子さんの返事に、僕は違和感を覚える。

 ヴィーシャさんの被害は何年も前から続くものだ。だからもしその時点までロールバックするのであれば、歴史は大きく変化する。すべてやり直しだ。


 バタフライエフェクトという言葉がある。

 蝶の羽ばたきが起こした小さな風の動きでも、それは波及的に広がっていって、やがて天候すら左右するほどの影響になる。という、これは思考実験とも言えるし、世界の複雑さを表す言葉だとも言えるだろう。

 過去に蝶が羽ばたいたか、羽ばたかなかったか、で、未来の天候が変動しかねない。

 つまり些細な変化も波及していけば大きな変化を生むということ。


 何年も時間を巻き戻して世界をやりなおしたとしたら、今という世界はまるで違うものに変わるだろう。


 だけど緋美子さんは『あなたにとっては』と言った。

 つまり外への影響は無いということだろうか。


 だとするとヴィーシャさんの内面にとって、だけの変化ということもありうる。


 緋美子さん、あなたは何がしたいんだ。


 ヴィーシャさんは胸に手を当てて考え込み、ヴィクトルさんとエルセリーナさんは固唾を呑んで成り行きを見守っている。


 もし、もしも、緋美子さんにそういうことができるのであれば、世界の運命すら書き換えられるということにならないだろうか。


「私は……」


 ヴィーシャさんが苦しそうに言葉を紡ぎ出す。

 どちらを選ぶべきなのか、迷っているのが伝わってくる。


 どうして迷う必要があるんだろうか?

 ヴィーシャさんとしては、過去が消えるのが一番のはずだ。


「過去を変えたいとは思いません」


 僕も、ヴィクトルさんも、エルセリーナさんも、ヴィーシャさんのその結論に驚いた。ヴィーシャさんが受けた苦痛はあまりにも深く、重く、そしていま現在も彼女を苦しめ続けているのではなかったのか?


「素晴らしい!」


 緋美子さんは柏手を打った。


「そうです。確定した状態が常にもっとも望ましい状態です。例えそれがどんなに辛くとも、変化を望んだ先がより悪いということも起こりえます。今というこの瞬間こそ、揺るぎない私たちが安定して存在していられる状態です。あなたがいまこうしてここにいる。その価値を投げ捨てない。私はあなたの選択を称賛します」


 ごめん。緋美子さんが何を言ってるのか、ちょっと僕はわからないな。


「その、ありがとうございます?」


 謎の称賛を受けてヴィーシャさんは疑問符を浮かべながらも礼を言う。

 言わなくていいよ。こんな訳の分からない人にお礼なんて。


 ところで緋美子さんはなんで手を合わせたままなの?


「あなたの受けた傷は消えない。たとえ見た目を整えられたところで、傷つけられたことがなかったことになるわけではないからです」


 最上位回復薬(エリクサー)のことは緋美子さんは知らないはずなんだけど、こっそり聞いてたりしたのかな? それとも僕の知らない間にアーリアでそんな話が出たのかも知れない。


「カズヤさんに復讐を任せても、あなたが屈した事実は消えない。抗う意思を見せただけでは、己は取り戻せないのです。あなたはあなた自身の過去に抵抗しなければならない」


 ヴィーシャさんの尊厳を回復するには復讐するという決断が必要だと僕は思っていた。しかし緋美子さんはそれでは足りていないと言っているのだ。

 そのあまりにも厳しい言葉に、僕は緋美子さんを遮りたくなる。けれど心の何処かで緋美子さんの言うことに納得もしていた。


 つまり復讐代行の依頼は、あくまで過去の清算でしかない。

 彼女の負債をすべてなかったことにできるほどではない。

 ヴィーシャさんが今後立ち上がって前に進むためには、もう一度彼女自身が立ち上がろうとしなければならない。


「あなたは焼けた鉄によって印を入れられたと聞きました」


 緋美子さんが合わせた手をゆっくりと開いていく。

 途端に室内の温度が跳ね上がった。

 凄まじい熱量がその手の間から発生している。


 それはオレンジ色の光だった。

 炎の色。

 だけど僕の知る炎とはまったく異なるそれは、緋美子さんの手の間から剣の形をして現れた。

 やや大振りな短剣と言っていいだろう。

 それは炎でできていて、そして燃え上がったりはしていない。

 炎が金属のような形に性質を変えてそこに存在しているかのようだった。


「あなたが本当に戦うべき相手と戦うなら、これを手に取りなさい」

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