最終クエスト 『そして時は動き出す』
アイツフェルンの町そのものが動き出してから約一日が経つ。
町長の指示のもと、動き出した町の人々は総出で準備を始めた。
各所に柵を作り、武器を用意し、食糧を備える。
魔物の脅威を直に知る者達を中心に、よくまとまっているようだ。
もちろん、中には疑惑を抱いた人間もいるだろう。
わずか少数だが自己の判断で町から離れた者もいると聞いた。。
しかたのないことだと思う。
そして俺はいま———
「ここがいいだろう」
町と山間部をつなぐ道の前に立っている。
「ここがもっとも狭い場所だ」
魔物に対しどれだけ有効か。
ただ、確信めいたものがある。
ジャスティンは魔物を統べる存在へと生まれ変わった。
ヤツは王。魔物の王だから、魔王と呼んで差し支えない。
王がするものと言えば———『行進』だろうな。
「ケイオス、ここにするのか?」
共に下見を行うブラインの言葉に振り向く。
彼はまだ、納得がいっていないようだ。
「なあ、ケイオス」
「作戦の変更はなしだ」
「いいや、何度でも言わせてもらう。この数カ月、おれはおまえさんと一緒にやってきた。呼吸を合わせられる。せめておれだけでも」
「だめだ」
「なんでだよ! 一人なんて危なすぎんだろ!」
危険は承知の上だし、やるのは時間稼ぎ。まともに戦うつもりはないと、何度も説明した。
ブラインが譲らないのは、俺が夫人を助けたからだと思う。
「おまえさんはおれを助けた。だから今度はこっちの番だと考えんのは間違いなのかよ?」
「……ありがたいが、今じゃない」
「だったら勝手にやらせてもらう」
「だめだ。ブラインは奥さんと娘を守れ」
「っ!?」
我ながら卑怯な言い方だと思うが、ここは引いてもらうしかない。
「くそっ……ずりいぞ」
「ああ、わかっている」
これでいい。
後は戦うだけだ。
「ここに罠を仕掛ける。大盤振る舞いだ」
「しかしよ、本当にここを通るかどうかはわからねえんじゃねえか?」
「至極もっともな意見だ。しかし、ヤツらはここを通らざるを得ない」
「なんでだ?」
山間部は険しい。いくら魔物でも無理に通れば疲弊する。
獣型はまだいいだろう。だが、人型の魔物はそういうわけにはいかない。
山を通ってくるのなら、待ち伏せをするまで。
狭いところへ個別にくぐってきた魔物を一体ずつ狩る。それでおしまいだ。
今のジャスティンは、色魔野郎だった頃とは違う。
ヤツは狡猾さを身に着けていると痛感した。
道を通り、数で押し潰してくるだろう。それと並行して少数の小型魔物を山間部へ送り込み、後背を突く。
俺がヤツならそうする。それで町は終わりだ。
かいつまんで説明をすると、ブラインは首を横に振った。
「おまえさんには敵わねえな」
「この近辺に見張りを置くよう、伝えてくれ」
「ああ、任せろ」
走り去ろうとするブラインは、止まった。
「ケイオス、もしも無事に終えたら……飲もうぜ。おれのおごりでよ」
「そうだな。そうしよう」
笑いかけた俺に、彼はびしっと指を差す。
「勘違いすんなよ! 酒を飲みながら説教してやる! だから……死ぬんじゃねえぞ」
「楽しみだな」
くだらないやり取りだが、いまはそれが身にしみる。
ほんとうに、楽しみだ。
ブラインが去ったことで、俺は準備を始めた。
持ってきた大量の物資を広げ、各所に仕掛ける。
炎魔法を込めた爆弾にまきびしに落とし穴。
影を作るための布を様々な場所へ固定し、なびかせる。
道沿いに松明を置けば、どこでも影魔法が使えるだろう。
さらにボウガンを設置。遠隔操作で発射できるようにする。
「ありったけを使おう」
栽培していたマンドラゴラは残り二つ。これは粉上にせず、一口大に切り分けて生で使う。
激しい戦いになるのは間違いない。戻ったらもっと薬を用意しよう。
日が暮れるまで準備をし、町から派遣されて来た見張り役の冒険者と交代する。
準備は、一つを除き、終了した。
「……まさかほんとうに使う時が来るとは」
なりふり構っていられない。
町の人間にどう説明するかは、あとでいい。
荷物から取り出したのは、見事な造りの『角笛』だ。
竜人の里を助けた礼にもらったものである。
「セレーネは……どこで吹いても聞こえると言っていた」
ドラゴンが来てくれれば、町は滅びずに済むかもしれない。
一縷の望みを込めて、角笛を吹いた。
遠吠えに似た音が広がる。
「届いただろうか」
過剰な期待はできない。が、俺は彼ら竜人を信じる。それだけじゃない。エリーシェもハディスン局長もブラインも、みな、信じるに値する人々だ。
「あとはジャステインがいつ動き出すか」
首尾よく援軍が派遣されたのなら、到着まで三日というところ。
それまでは決して町に近づけさせない。
やるべきことはやった。
俺は冒険者たちに声をかけて、町へ戻る———
そして。
誰もが眠れない夜を過ごし、太陽が昇り始めた頃。
神妙な面持ちでブラインがやってくる。
「ケイオス、狼煙が上がった」
「来たか」
職業安定所で待機していた全員に最大限の緊張が走った。
王都からの早馬はまだ来ていない。せめて援軍が確定してほしかったところだが、無理は言えないな。
助けが来るとしたら二日後か、三日後か。
「さて」
俺は町長に視線を送り、声をかける。
「手筈通りに」
「ええ、あなたこそ、気を付けて」
「警備隊長、それにブライン、これを」
取り出した手帳を渡す。
五年かけて集めた魔物の情報が詰まっている。
「これは?」
「様々な魔物の特徴が記してある。付け焼刃かもしれんが、役に立つだろう。目を通しておいてくれ」
「こんなぶ厚い手帳は初めて見ました」
「おまえが持たなくていいのかよ」
「俺は大体記憶しているし、問題ない」
固い表情で、二人はうなずいた。
「ちょっと行ってくる」
みんなが無言で見守る中、職業安定所を出る。
それと同時に全員が動き出した。
大陸が統一されて以来、大規模な戦闘は行われていない。
これは、戦争だ。ニンゲンと魔物の。
俺は駆けた。
所定の場所まで、一直線に向かう。
荷物は全てチェック済み。体調も問題ない。
あとは俺の……心だ。
「着いたか」
所定の場所に近づいたところで、いったん止まる。
辺りに魔物の気配はない。
「先遣隊はいない。余裕だな、ジャスティン」
足の速い魔物を先行させてくる可能性もあった。
だが、やはり読み通り、悠然と数で押し潰してくる腹積もりだろう。
望むところだ。
道幅がもっとも狭くなる場所にたどり着く。
俺が来たと同時に、山全体がざわめき出した。
獣たちが逃げ出し、鳥が空へと逃れる。
道の先に見えるのは土煙。
お出まし、だな。
荷物を下ろして、立つ。
最初に姿を現したのは『アンガーボア』の群れだった。
そそり立つ牙が光る。
巨体で人間を吹き飛ばして殺し、捕食する猪の魔物だ。
ヤツラの後ろには『クロウクロウオオカミ』『地獄熊』の姿がある。
足元にはコボルド、ゴブリン、人面犬。小型な魔物。他にも火トカゲやフェルンペンデクといった魔物が並ぶ。
ヤツラはみなアイツフェルンの周囲に生息している。
オールスターだな。
「……千体……いや、二千体はいるか」
ヤツラは俺を見てもいきなり襲いかかってはこない。
列を組み、泰然と行進をしている。
「……さらに増える」
ざっと見て三千体以上。見渡す限りの魔物、魔物、魔物の群れ。ネズミ一匹入り込む隙もなさそうだ。
うん、予想通りだ。イイ感じイイ感じ。
やがて、魔物たちは俺の前でぴたりと止まった。
「ケイオス、一人でなにをしているんだい?」
「ジャスティン」
魔物と化したジャスティンが、群れを割って前へ出てくる。
ヤツは大層不思議な顔つきをして俺を眺めた。
「まさかとは思うけど、僕たち相手に一人?」
「十分だろう」
「……はっ! 何を考えてるかわからないヤツだとは思っていたが、ここまでとはね」
ひどい言われようだ。色魔野郎には言われたくないんだが。
「あのさあ、ここにいるのは僕が生み出した魔物だけじゃない。近隣に棲むものも全部集めたんだ。数は五千体を超えるんだよ? 一人で来るなんて……なにを考えてるんだ」
ジャスティンのセリフを聞いて、ある感情が込み上げてくる。
「……? 気味が悪いな、ケイオス。なにを笑っている」
「嬉しいんだ」
込み上げてくるのは喜び。
「なんだって?」
「わざわざ殺されに集めてくれるとはな。今ここでおまえたちを滅殺すれば、アイツフェルンは長く平和になるだろう」
俺が目指すのは魔物の根絶。
好都合だ。ここに全てが集まっているのだから。
「気でも狂ったのか! ケイオス!」
「御託はいい。さっさと来い。大魔星将」
ジャスティンの顔から余裕が消えた。
あの時、俺へクビを宣告したのと同じで無表情に変わる。
「なら死ね。愚かな者よ」
「死ぬのはおまえたちだ」
おそらくはこれが俺の最後のクエストになるだろう。
絶対に町へは行かせない。
町の人々は魔物に殺されていい者たちなどではないんだ。
冒険者や警備兵はまだいい。戦う力がある。
しかし、抗う術のない人々を殺されてなるものか。
俺の……父と母のようにはな。
「者ども! 我の! 星の子らよ! あのいけ好かない『分析士』を殺せ!」
ジャスティンの号令と共に雄叫びを上げて魔物たちが遅いかかってくる。
おまえは一つ間違っているぞ。
天職は分析士だが、そうじゃない。
俺はケイオス。
アイツフェルンの魔物ハンターだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回『全力の全力』はケイオスが全てを出し切る予定っ! ……になるといいなあ。
よろしければ感想、コメントなどお持ちしております。
それでは次回。




