最終クエスト 『町人たち』
「ケイオスちゃん、みんな集めたわ」
職業安定所の会議室は、この建物の中でもっとも広い部屋だ。
町の主だった者全員に加え、冒険者たちが並ぶ。
「これで話してもらえるわよね」
「ああ、もちろんだ」
一部、来られない者もいるようだが、百人近い視線が俺に集まっている。
夜も更けてきた。なんでこんな時間に、と思っている者が大半だろう。
「俺はケイオス。アイツフェルンの準二級冒険者で、魔物ハンターだ。自己紹介だけですまないが、前置きは省かせてもらう」
悠長に話している時間はない。
「俺は今日、新種の魔物と遭遇した。いや……人と魔物の融合体と言った方がいいだろう」
いま俺が言ったことを理解できた者がどれぐらいいるのか。
ほとんどの者は眉をひそめている。
「ヤツは『大魔星将』と名乗り、この町を滅ぼすと言ってきた」
みな、お互いに顔を見合わせている。
ホラ話と笑う者もいるくらいだった。
「嘘でも冗談でもない。ヤツは自分を、魔物を統べる存在だと言い、実際に魔物を生み出してみせた。瞬時に五体のコボルドを発生させ、力を見せつけてきたんだ」
ここで挙手をしたのが、白髪の小柄な老人だった。
商工会の会長だ。
「それを倒すのが魔物ハンターの役目じゃないんかのう」
ごもっともな意見。それについては何も言い返せない。
俺はちらりとエリーシェを見た。
「ヤツは町に魔物を刺客として放ったと。それで急ぎ戻ったのだが———」
「実際は魔物の被害などなかった、じゃろう?」
「ああ、騙された」
大魔星将ジャスティンは俺を惑わし、たぶらかした。
しかし話をしたいのはそこじゃない。
「ヤツはニンゲンよりも狡猾でありながら、恐ろしい力を持っている。しかも魔物を続々と生み出し続けてるんだ。それが何を意味するか、わからないわけじゃないだろう」
「しかしのう……魔物が減ってきていると聞いておるし、人と魔物の融合体と言われても」
これではダメだ。
ここ最近、魔物の被害がほぼなかったせいで、脅威を忘れている。
「この町が襲われる。アイツフェルンを滅ぼしたあとは、王都を滅ぼすと言っていた。魔物が徒党を組み、進撃しようとしているんだ」
訪れたのは沈黙だった。
嘘か真か、図りかねている。
当然か。
「待って、ケイオスちゃん。それは本当に魔物、なのよね?」
「そうだ」
あるいは、魔物以上に邪悪な存在。
「信じてくれ! 時間がないんだ! ヤツがいつ動き出すのかは予測ができない!」
必死に訴える。
それでもなお、信じている者はごくわずかだ。
会議場内がざわめきによって埋め尽くされている。
「みんな、少し落ち着いてちょうだい!」
ハディスン局長が大声で呼びかけると、ざわめきが収まる。
「町長、なにか言ってくれない?」
局長の目が向いた先には、室内着のままの恰好をした中年の男がいた。
眼鏡をかけた細い彼は、町長だ。
「ふむ……彼は町の準二級冒険者だ。活躍は聞いているし、町への貢献度もはかり知れない。嘘をつくような人間には見えないしね」
「ならば」
「待ちたまえ。ここにいる誰もが、君の言うことへの想像と理解が追いついていない。だからこうしよう。誰か人をやって偵察に行ってもらう」
悠長なことをやっている暇はない。が、このままでは埒が明かないのも確かだ。
「ハディスンさん、緊急クエストとしてもらいたいのですが」
「それはもちろんよ。念のため複数人で」
それなら、と手を上げたのはブラインだった。
「ケイオス、場所はどこだ?」
「以前、魔物を退治した山の中の遺跡を覚えているだろう。あそこだ」
「そんなに遠くねえな」
とはいえ、急いでも数時間はかかる。
「途中まで馬を使えばいい。おれもよく知っている場所だし、急げば二時間程度で戻れる。夜目の利くヤツはおれと来てくれ。できれば馬術のスキルを持っていると助かるが」
アイツフェルンに馬術のスキルを持っている冒険者はいなかった。
「まあいい。ちょっくら行ってくるわ」
ブラインは、数名の冒険者を引き連れて、さっそく出て行った。
話し合いはいったん休憩となり、俺は小さくため息をついてしまう。
「ケイオスくん」
「エリーシェ」
彼女の顔は青ざめている。
「すまない、不安にさせたな」
「それはいいの。それよりも……あの人たちはどうなったの?」
あの人たち、とはジャスティンとライトのことだろう。
「ライトは死んだ。そしてジャスティンは……魔物になった」
「そんな……」
両手を口に当てて、目を丸くしている。
「なぜそのようなことが起こったのか、正直わからない。だが、事実だ」
ジャスティンを飲み込んだ黒い闇の塊がなんだったのか、今のところは不明。
ただ、気になることをいくつか言っていた。
俺が『魔物の天敵』であると。
星がそう認識したのだ、とも。
「ケイオスくん、少し休も?」
「いや、それはできない。時間がないんだ」
いくらエリーシェの頼みでも無理だ。ヤツラがいつ侵攻を開始するのか……
「だめよ。ケイオスくんが言ったこと、全部ほんとうなんでしょう? だったらなおさら休まないと」
真面目な顔と瞳で見つめられると、逆らう気が起きない。
なぜだ。
「こっちに仮眠室があるから」
と、手を引かれる。
職業安定所の隅にある小部屋は、休憩所だった。
俺はベッドを見たとたん、前のめりに倒れる。
「ケイオスくん!?」
「……ブラインが……戻ってきたら……いや……一時間したら……起こしてくれ……」
かろうじて声を絞り出す。
寝てない上に、ライトとジャステインの連戦だった。
俺もまだまだ鍛え方が足りない。
そう思いながら目をつむると、意識は即ブラックアウトしてしまった。
そして目を覚ます。
いつ間にかベッドに寝かされていた俺のそばにはエリーシェが座っている。
背を向けて座しているから、こちらが起きていることには気づいていない。
肩の辺りまで伸びた緋色の髪は、とても美しい。
彼女は高嶺の花で、俺など見向きもされないだろう。
そう思っていた。以前は。
しかし今はすぐそばにいて、しかも魔物の脅威にさらされようとしている。
許せない。
守らなくては。
「エリーシェ、ブラインは戻ったのか?」
「あ、ケイオスくん」
彼女は首を横に振る。
「そうか」
「もう少し寝ていたら?」
「いや、もういい」
体を起こして、水を飲む。
「エリーシェ」
「どうしたの?」
「……ライトは……連続殺人犯だった」
「!?」
「夜に冒険者省の周りをうろついていたのは、標的を探すためだったようだ」
「そんな……」
「ヤツは冒険者を二十四人殺害した、と言っていたよ」
彼女は言葉を発しない。
「俺を嬲り殺すつもりで、この町に来たらしい」
「あの人も……?」
「ジャスティンがやってきた理由はよくわからない。自分の彼女たちに俺が手を出した、と意味のわからないことを言っていたな」
「それって……」
「まったく身に覚えがないことだった」
ヤツは正気じゃなかった思う。
だからこそ、狂気に気づけなかった自分自身に怒りが込み上げてくる。
「エリーシェ、俺は間違っていたのか?」
「え?」
「俺とジャスティンとライトでパーティーを組んだ。すぐにルールスも加わって、それなりに楽しくやっていたんだ。それがなぜこうなってしまったのか、わからないでいる」
分析士なのに、表面しか分析できなかった。それがただひたすらに悔しい。
「あいつらは許されざる犯罪者だった。一緒にいた俺も、あるいは———」
「そんなことないよ?」
彼女がじっと見つめてくる。
「ケイオスくんがやっていたお仕事、失せもの探しとか、人探しとか、ペット探しもそうだけれど……」
王都で夜にやっていた仕事だ。
「みなさん、喜んでいたわ。すごく感謝していて、お手紙ももらったじゃない」
「そんなこともあったな」
「ケイオスくんはいつも文句も言わないでお仕事してた。あなたは間違っていない。救われた人、たくさんいるもの」
「エリーシェ……」
なぜだろう。
勇気がわいてくる。
「だから、ケイオスくんはそのままでいて」
と、距離を詰めてくる。
顔が近いーーーーーーーーーーー!
「あ、ああ、そうだな……」
「うん」
緋色の瞳を間近で見ていると、吸い込まれそうになる。
俺たちの顔がさらに近くなってきた。
抗えない。
これは魔法の類だろうか。
魅了の魔法だとしたら、いや、かけられたとしても一向に構わない。
なぜなら俺は———
息のかかるほど至近距離になったその時だ。
ものすごい勢いでドアがノックされる。
ハッとなって離れると、ハディスン局長が血相を変えて中に入って来た。
「ケイオスちゃん! すぐに来て! 戻って来たわ!」
「すぐに行く」
なんてタイミングだ。
「……エリーシェ、行こう」
「そう……ね」
変な雰囲気になってしまった。
気をつけないと。
会議場に戻った俺を出迎えたのは、青ざめるのを通り越して、顔を真っ白にしている人々だった。
「ブライン」
「ケイオス……」
偵察に行ったブラインをはじめとした冒険者たちは、息を切らせている。
「いまはどうなっていた?」
「……おそらくは千体以上」
なんだって?
「魔物の群れだよ! 十体や百体じゃねえ! 千体も集まってやがった!」
嘘だろ?
「こいつはやべえぞ。おまえさんを信じてはいたが、こりゃあ……想像の上だ」
マジでか。
魔物を生み出す速さは、思っていたよりもはるかに上らしい。
絶句する会議場。
もはや、猶予はないのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
アイツフェルンの町はどうなるのか?
次回は『なす術はあるのか』となっております。
よろしければ感想、コメントお待ちしております!
それでは!




