最終クエスト 『大魔星将』
「……うっ……なにが」
意識を取り戻した俺は、すぐさま体を起こして周囲を確認する。
「夜……?」
空は星が輝いていて、とっくに日が暮れているようだった。
どこまで吹き飛ばされてしまったのか。
遺跡の石壁が見えているということは、そんなに離れていない。
「くそ……なにが起こったんだ」
立ち上がり、再び遺跡の奥に足を進める。
ジャスティンは黒い球体に飲み込まれた。いや、食われた、と考えていいだろう。
しかし……アレはなんなんだ。魔物なのか?
元いた場所に戻る。
遺跡の中心部にあったのは、やはり黒い球体。だが、大きさは違った。最初に見たよりも遥かにデカくなっている。
ごくり、と息を飲む。
スキル≪眼力≫に加え≪眼識≫も発動。
「正体を……見極めてやる!」
魔素の塊であることは言うまでもないが、それしても———
「これはっ……!」
内包している魔素の量がおかしいことになっている。まるで底が見えない。
魔物のようであり、人間のようでもある。
俺が見ているコレはなんだ。
やがて、大きな変化が訪れた。
黒い球体が割れて、なにかが這い出てくる。
ひどく見覚えのある美貌と金髪。
ジャスティンだが……
「ふう……」
ジャスティンによく似たモノが一息ついている。
俺は動けなかった。
「ああ、ケイオス、そこにいたのか」
「……おまえは、ジャスティンなのか?」
顔も声もジャスティンのものだというのに、尋ねるほかなかった。
彼の肉体は禍々しく変化し、およそ人の姿ではない。
むき出しの肌は毒々しい色。肩、肘、膝から出る突起。手と足から伸びる爪は鋭く、鎧など簡単に切り裂くだろう。浮かび上がる筋肉の線は折り重ねられた鋼を思わせる。
「ジャスティン、か。そうだな。僕は生まれ変わった。ジャスティンであり、そうではない」
謎かけにしか聞こえない言葉だ。
「おまえは……魔物に……なった……?」
「そうだ」
「‼」
信じられない。
人が魔物に変じるなど、聞いたことも見たこともない。
俺は夢でも見ているのか?
夢だとしても……最悪の悪夢だ。
「ケイオス、この力は素晴らしい」
魔物と化したジャスティンは俺に指を向けて、『なにか』を発射した。
紅い線が頬をかすめて、背後の石壁に穴を空ける。
振り向いて見た壁は瞬く間に溶解し、ドロドロになる。
なにが起こったのか、理解が追いつかない。
「外したか。まだ感覚が馴染んでいないな」
不満を漏らす様子は人間そのものに思える。
「ケイオス、おまえの眼には僕がどう映っているかな」
「……」
「僕は全てを理解したよ」
「……なんの、話だ」
さっきから悪寒が止まらない。汗もだ。
夏を前にして暖かいはずなのに、震えが止まらない。
「おまえは魔物ハンターだ。僕を狩るんだろう?」
「ああ、そうだ」
にいっと笑うジャスティンの表情は狂気に満ちている。
「おまえはやりすぎた。だから『彼』が来た」
なんの話だ。『彼』とは誰を指す。
「おまえは魔物を殺し過ぎたんだよ、ケイオス」
「‼」
驚く俺に向かって、ジャスティンは言葉を続けた。
「僕は『彼』と一つになったことで、知ったんだ」
「なにをだ?」
「おまえが魔物の天敵と認識されたことに」
俺が……魔物の天敵だと?
「だからおまえは殺さなくてはならない。おまえは僕たちの———この星の天敵となった」
意味がわからないぞ。魔物の天敵が、なぜ星の天敵になるんだ。
ジャスティンはさっきからなにを喋っている?
「おまえが我らを殺すのなら、僕はこうしよう」
俺が見ている前で、ジャスティンが突然、苦しみだした。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
うずくまったヤツの背中がばっくりと割れて、闇が飛び出して来る。
小さな黒い球体が五つ。それらは形を取り、見覚えのある魔物へと変じた。
「コボルド……?」
犬面人身の小人型魔物が五体、現れる。
「はあああああああああああ! 少し疲れるな……だが、すこぶる気分がいい」
「ジャスティン……おまえはなにをした? おまえは……なんなんだ!」
ジャスティンはいま、魔物を生み出した。
あり得ない、といいかけてやめる。目の前で起こったことを否定できないのだ。
「なんだ、と聞かれてもな。『彼』に名前はない。ニンゲンじゃないからね。しかし……そうだな、僕と一つになったことで、我らはまた新しい存在へと変わった。あえて名をつけるのであれば……『大魔星将』。それが僕の名前だ」
「大魔星将……」
「僕は魔物を統べる存在。魔物を生み出す源。ニンゲンを駆逐するために生まれた」
どくん、と心臓が跳ねる。
魔物を生み出す源。それは俺が求めてやまない存在だ。
ジャスティンはいまここで滅ぼす。魔物の源を滅すれば、理不尽に命を落とす者はいなくなる。
「影魔法……≪影ノ槍≫!」
ヤツの影を利用して魔法を発動。数本の尖った黒い槍が飛び出る。
ずぶりと突き刺さる影槍。だが、しかし。
「む……」
串刺しになったジャスティンは顔をしかめただけだった。
「やはりまだ馴染まないな……どうにも動きが鈍い」
影の槍が消え、体に空いた穴から黒い血が噴水のように流れ出る。
「調子に乗り過ぎたか」
一人で納得するジャスティンは、屈みこんだ。
次の瞬間、彼の体を薄い膜が包み込む。
「ケイオス、僕はまだ動けない。おまえを殺すのはちゃんと体が馴染んでからだ」
「ふざけるな。俺がそれを黙って見過ごすと思うか?」
「それは僕もわかっているよ。だから町に刺客を放った」
「‼」
こいつ……本当にあのジャスティンか? 頭の回る男ではないはずだが———
「エリーシェ、彼女はとても利用しがいのある女だったが……もはや興味はない。おまえの手垢がついた女など」
誤解するな。彼女は清い。というかどこまでも自分の彼女だったことにしたいようだな。
「早く戻らないと間に合わないぞ、ケイオス」
「くっ……」
最大の好機だというのに、なにもできない。
「いいか、ケイオス。おまえは必ず殺す。そして、アイツフェルンの町も滅ぼしてやる。我らを止めることはできない。そのまま王都まで進撃し、この国を蹂躙する」
「なん……だと……」
「僕の準備が整うまで数日かかるのが残念でならないよ。だが……体が馴染んでしまえば終わりだ。ニンゲンは滅びる運命にある」
膜の中で鼓動するジャスティンは、不気味な笑みをやめない。
「それを招いたのはおまえだ。だから———それまで苦しめ。魔物ハンター」
「ぐ……エリーシェ!」
迷わなかった。
笑みを続けるジャスティンに背を向けて、走る。
「くそ……っ! 間に合え!」
最短のルートを全力で駆ける。
残る体力など考えている余裕はない。
ヤツの言うことが本当なら、アイツフェルンは魔物に襲われているのだ。
脇目もふらずに走って走って———アイツフェルンにたどり着いた。
夜の町は静けさを保っている。
間に合わなかったのか……?
いや、待て。落ち着け、ケイオス。まずは確認するんだ。
街灯はついているし、ここは町外れ。まだわからない。
気力を振り絞り、町の中心部まで走り抜ける。
明かりのついた職業安定所へと駆けこんだ。
「エリーシェ!」
中にいた者たちが一斉に俺を見た。
ハディスン局長、ブライン他、多数の冒険者。警備隊の兵士が数人と、ヴァイオレットにフォレスティア。そして、エリーシェ。
「ケイオスくん!」
全員、無事だ。
「ケイオスちゃん、戻ったのね」
「おい、ケイオス、おまえさんどこに行ってたんだ?」
一気に力が抜けた。
ジャスティンの野郎、俺を騙しやがったのか。
「話を聞いてすぐ家に行ったん———ケイオス!?」
ブラインの言葉が耳に入らない。今はただ、エリーシェが無事だったことに安心するのみ。
俺はそばに来ていた彼女を抱きしめた。
「えっ!? ケイオスくん……?」
「無事でよかった……」
「どうしたの……? みんな見てる……から」
俺だって恥ずかしいが、今はどうでもいい。
温もりが伝わってくる。ほんとうに何もなくてよかったと心から思うのだった。
「ケ、ケイオス……?」
「あら、大胆ねえ」
なにやら言い様のない雰囲気が流れている。
気にしている余裕はない。
俺は彼女を抱きしめたまま、ハディスンに目を向けた。
「ハディスン局長、頼みがある」
「その前になにがあったのか話してほしいんだけど」
「いや、その時間はない」
こうしている間にも大魔星将ジャスティンは力を蓄えながら魔物を生み続けているだろう。
もはや一刻の猶予もない。
「事態は急を要する」
「いやその体勢で言われても」
確かに俺は彼女を抱きしめたままだが、離すつもりはない。
エリーシェは顔を真っ赤にしていながらも抵抗がなかった。
もう少しだけ、このままでいさせてくれ。
「アイツフェルンの準二級冒険者として、みんなに話があるんだ。町長、警備隊の隊長、商工会の会長、漁業組合長、裏の顔役、とにかく主だった者を全員、ここに集めてくれ。もちろん冒険者も一人残らずだ」
「なんですって!?」
「おい、ケイオス、いったいなにが起こったんだ」
「おそらく……未曽有の大災害になる」
俺以外の全員が息を呑む。
ここから先はなにが起こるか未知数。
唯一つ言えることがあるとすればそれは———
「アイツフェルンの存亡がかかっている」
ということだ。
おまけ・人物紹介
なまえ 大魔星将ジャスティン
ねんれい ゼロ歳
せいべつ なし
ジョブ なし
スキル 血溶術/???/???
ランク なし
しょぞく ???
かぞく なし
こいびと なし
ちょきん なし
みため 金髪・碧眼・紫色の肌・強化外骨格
という感じです。
新章始まりました。
魔物へと変じたジャスティンははたして。
次回は最終クエスト『町人たち』となります。
それでは。




