レディ・キラー
氷となり砕け散ったライトの残骸を見て、後悔よりも安堵感が募る。
これでもう、『大炎魔法士』によって消される冒険者は出ないだろう。
ルールスとライトは闇を抱えていた。
残るジャスティンも、おそらくすでに殺人を犯している。
俺はヤツと話をしなければならない。
元・アカツキのメンバーとしてではなく、一人の人間としてだ。
ジャスティンは俺の元にやってくるだろう。
ここで待つのが一番いい。俺の家は町の外れだ。エリーシェを巻き込まずにすむ。
そうしてどのくらい待ったのか。
昼を過ぎた頃に、ジャスティンは来た。
「来たか、ジャスティン。遅かったな」
「……黙れ。遅くてなにが悪い」
不機嫌な顔を見る限り、ライトが仕込んだ眠り薬がよく効いていたようだ。
だが、そんなことよりも気になることがある。
「おまえの事情などどうでもいい。それよりもなぜ、そっちの二人は手錠がかけられているんだ?」
驚くべきことに、ジャスティンの前にいる二人の女性は手錠に加え、足かせまで嵌められていた。
ヴァイオレットとフォレスティア。俺が抜けたあとの新メンバーは青ざめ、震えている。
「黙れと言っているだろ!」
ジャスティンが剣を抜く。
すでにして正気ではない。
女冒険者たちの衣服は薄汚れていて、囚人のような扱いを受けていたと想像できる。
さすがに腹が立ってきた。
「それで? 何の用だ?」
彼は憎悪に歪んだ目で、俺に剣の切っ先を向ける。
「僕にかけた呪いを解除しろ。そしてもうエリーシェには近づくな。あれは……僕のモノだ」
「……」
聞き捨てならないセリフだが、ジャスティンは我を失っている。剣の切っ先が俺ではなく、彼女たちに向けられるのはいい状況と言えない。
ヤツをあと三歩、いや、二歩こちらへ引き寄せられれば。
「ジャスティン、聞かせてくれ。呪いとはなんだ?」
「しらばっくれるなよ、ケイオス。おまえが僕たちにかけた『成功しない呪い』だ」
そんな呪いはない。
「……俺のせいだと?」
「ああそうだ! じゃなければ……僕たちがつまずくはずないんだ!」
ジャスティンは動こうとしない。むしろ今にも暴れそうだった、
落ち着け、考えろ。分析するんだ、ケイオス。
「……」
「さあ! 早くしろ!」
ジャスティンは呪いだと本気で思い込んでいる。
それに乗るしかない。
俺は『分析士』であると同時に『ものまね士』でもある。
スキル≪瞬間模倣術≫は、とりわけ形態模写に優れるものだ。
少しだけ息を吐き、スキルを発動。
俺は———命乞いをした。
「た、頼む! 命ばかりは助けてくれ! 俺たちは仲間だろ? な? な?」
いつか見たルールスの命乞いをものまねし、下がる。
それを見たジャスティンは、口に端を歪め、一歩前へ出る。
「いいや、ダメだな……だが、呪いを解けば苦しまずに殺してやろう」
「ま、待て、待ってくれ!」
怯えたふりをして、さらに下がる。
ものまねとはいえ、自分でも驚くくらいビビるふりができた。
「いまさらふざけるなよ、このカスが……」
そしてジャスティンは、さらに一歩前へ出た。
「≪影の中の黒子≫! あとついでに≪お先真っ暗≫!」
同時に二つの魔法を発動。影の中に身を潜めつつ、新魔法をジャスティンにお見舞いする。
≪お先真っ暗≫は一人を対象とし、数秒の間だけ視界を黒く塗りつぶす。
「なんだ! なにも……見えない!」
こけおどしにすぎない魔法も、正気を失くした相手にはよく効くだろう。
影の中を進み、動けないヴァイオレットとフォレスティアのすぐそばに飛び出た。
「え!? な、なに!?」
「いま枷を外す!」
びっくりさせてすまないが影魔法を説明している暇はない。
一息に手錠の鎖を斬り、足かせも破壊。
「貴様! ケイオス!」
「ぐ……」
ジャスティンの鋭い斬撃をかわしきれなかった。
肩から背中にかけて、一本の切り傷ができてしまう。
致命傷ではないが、けっこう痛い。
「死ねえ!」
「死なん!」
続けて振るわれた剣を受ける。
力任せな『聖戦士』の一撃は、腕を痺れさせた。
さすがはレア天職だ。強すぎる。
「ヴァイオレット! フォレスティア! 町に戻って通報を!」
彼女たちは顔を見合わせて、すぐに走り出した。
「なにをしているんだ! 待て、二人とも!」
待つわけがない。
彼女たちの姿が遠ざかる。
「待てと……言っているだろおおおおおおおおおお!」
行かせない。
警備隊が駆けつければなにもかも終わりだ。
「ケイオス! 自分がなにをしたかわかっているのか! アカツキが終わるんだぞ!」
答える必要性を認めなかった俺は、反撃を開始する。
切り結ばれる剣と剣。
ジャスティンは強い。気を抜けばやられる。
だが———
「な、なぜだ、なぜ僕が押される……!」
わかりきったことだ。
ジャスティンとはアカツキ創設の時から一緒にやってきた。
分析はとうの昔に終わっている。
ヤツの攻撃パターンは王都にいた頃と変わっていない。
彼らが持っていた絶対の自信は、停滞を招いた。ルールスもライトも、そしてこのジャスティンも、俺の分析を超えなかったのだ。
「ケイオスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
「ジャスティン! 終わりだ!」
背中の引きつる痛みをこらえて、強打する。
ジャスティンの剣はついに弾かれた。
手首を押さえて下がる聖戦士の顔は驚きに満ちている。
「う、嘘だ……なにかの間違いだ……」
「ジャスティン、もういい加減にしろ。おまえは馬鹿なんだ」
「なっ……!?」
「俺の領域にのこのこやってきた時点でこちらの有利。なんの準備もせず、計画も立てず、能力にかまけただけの戦いなんて、大馬鹿のすることだ」
「だ、黙れ! 貴様……僕になにかしたな!」
またそれか。もういいわ。
「おまえはアカツキのメンバーを殺したな?」
「……それは」
なにを言おうと、逃れられないだろう。
アカツキのリーダーは唇を噛んだ。その目に宿る殺意と憎悪は膨らんでいくばかり。
「ジャスティン、なぜ俺をクビにした?」
「……おまえは、役立たずだ。戦闘力を持たないただの雑用だから……」
「それは違う。ライトに聞いたぞ。俺を憎んでいたと」
「……! ライトに会っただと……? あ、あいつはどこにいる! なぜおまえなんかのところに……」
「俺を殺しにきた。だから返り討ちにした」
「は?」
「ルールスもだ。俺に金を寄こせと襲いかかってきたからな。殺した」
「嘘だ……だってはおまえは」
「分析士風情が、と言いたいのだろう?」
言葉を先回りされて、ジャスティンは言葉を飲み込んだ。
憎悪が消えて、恐怖の感情をあらわにしている。
「成功しない呪いなんてあるわけない。大方、準備も計画もせずにクエストを受注しまくったんじゃないか? 自分の失敗を人のせいにするな」
高難度のクエストは力だけでは成功しない。わかりきったことだ。
俺は顔色の変わったジャスティンを見つめた。
「ジャスティン、まだ答えを聞いていないぞ」
「……」
俺は憎まれるようなことをした覚えがない。
一歩前へ出ると、ジャスティンは下がった。
「お、おまえは……僕の彼女たちに手を出した」
「……たち?」
「おまえは、クエスタリアン商店のミスティと食事をしていた」
なんのことだ。ミスティは確かに顔見知りで、よく利用する雑貨店の店員だった。
だが……待てよ? 覚えがないわけではない。
「ミールのタリアとも……街を一緒に歩いていただろ」
タリアは家の近くにあるスーパーの女主人で、顔見知りではある。
「それに! バーバリアンズのボルテラとも仲が良かった! アレは全部僕の彼女だ!」
そんなわけないだろう。
ありえない。
ジャスティンの脳みそは腐っているようだ。
「ミスティとは店が混んでいたからたまたま相席になっただけ。タリアは重い荷物を運んでいたから手伝った。ボルテラとはクエストの情報交換をしていた。ただ、それだけだ。それに、はっきりと言わせてもらおう。彼女たちはおまえの『彼女』なんかじゃない。おまえなど必要としていない立派な女性たちだ。人を馬鹿にするのもいい加減にしておけ」
女性はこいつのモノでもなんでもない。
いつからこうなった? いつからおまえは歪んだんだ。
「ううううるさい! 黙れ! おまえなんかに……おまえなんかにいいいいいいい!」
飛びかかってくるジャスティンを斬る。
俺の剣は、ヤツの美しい顔をななめに切り裂いた。
致命傷ではない。浅く斬っただけだ。
「あああ! 僕の顔が! 僕の美しい顔があああ!」
「ジャスティン、おまえは魔物だ。色魔野郎という名の」
叫びを上げるジャスティンに向かって名乗る。
「俺はケイオス。アイツフェルンの準二級冒険者であり、魔物ハンター。相手が魔物ならば容赦はしない。そしてエリーシェには絶対に近づけさせない」
「このおおおおお! カスがあああああ!」
手足を斬って、無力化する。
そう決めて構えた俺へ———ジャスティンはかかってこなかった。
背を向けてどこかへと逃げていく。
レア天職持ちなだけあって大した脚力だ。かなり速い。
あっという間に見えなくなるが、問題はなかった。
「分析士の俺からは逃げられないぞ、ジャスティン」
スキル≪眼力≫を発動。
浮かび上がる足跡と、抜けたジャスティンの金髪。汗と血。見逃す理由のない痕跡だった。
町の外へと続く跡を追った俺は、山林を眺める。
「山の中に入ったか」
ここからは魔物が出てもおかしくない場所。
それでなくとも、狼や熊といった動物もいる。
「わざわざ危険な場所に飛び込むとは」
ジャスティンは武器を持たずに逃げ出した。魔物に襲われれば対抗する手段がない。
ルールスとライトは法で裁けなかった。
だからジャスティンは誰にも殺させない。必ず司法の元に送り込む。
山の中に入り、さらに痕跡を追う。
戻ってくると思いきや、アイツフェルンからどんどん遠ざかっていく。
「どこまで行くつもりだ……?」
逃げ回るヤツは中々尻尾を見せない。
それでも、徐々に追い詰めていく。
すでに時刻は夕方。夜ともなれば、夜行性の魔物が動き始めてしまう。
「ここは……あの遺跡か」
痕跡を追ってたどり着いた場所は、いつぞやの環状列石が連なる遺跡だった。
濃い魔素が充満し、むせ返りそうになる。
俺が『スプリガンゴブリン』と名付けた魔物を倒した場所は、静かで生き物の気配がしなかった。
「近いな」
耳を澄まして、音を探る。
激しい息遣い。
遺跡の中心部にジャスティンは向かっている。
もう逃がさない、と決めた俺は剣を携えたまま、進んだ。
「そこにいたか」
祭壇を背にして座るジャスティンの顔面は蒼白で、血がとめどなく出続けている。
俺を見てびくりとしたジャスティンは逃げようとし……転んだ。
「く、来るな! この化け物め!」
「なんだと?」
「お、おまえは化け物だ! 勝てるはずのないレア天職持ちに勝つなんて人間じゃない!」
ひどい言われようだ。
俺の冒険者登録を無断で抹消した挙句、わざわざ故郷まで来て揉め事を起こし、あまつさえ化け物呼ばわり。
俺、なんかした? とマジで言いたい。
「ジャスティン、おとなしくお縄につけ。そして裁きを受けるんだ」
「い、いやだ! 僕は———」
「!」
刹那。
凶悪極まりない気配を感じ、後ろに下がる。
ジャスティンの真後ろに現れたものを見て、愕然とした。
いつか見た闇、あるいは黒く禍々しい球体が浮かび上がる。
「ジャスティン……ゆっくりとこちらへ」
「……え?」
「後ろを見るな。動け」
ジャスティンはすぐ後ろに邪悪なものを感じつつも、振り向こうとする。
おまえはなぜいつも俺の言うことに耳を貸さないんだ。
「な、なんだ……これは」
「バカ! 早くこっちに———」
俺の言葉は遅かった。
黒い球体がジャスティンを包み込む。
「うわあああああああああ! な……なんだこれええええええええ!」
「ジャスティン!」
「助けてくれ! ケイオス! なにかが……僕の中にいいいいいいいいいい!」
なにが起こっている?
「ケイオスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
悲痛な叫びとともに、ジャスティンを飲み込んだ闇が爆発する。
「なっ———!?」
爆風で吹き飛ばされた俺は、意識を失った———
おまけ・人物紹介
なまえ ジャスティン
ねんれい 十八
せいべつ 男
ジョブ 聖戦士
スキル 聖剣撃/浄化の炎/十文字斬り/祝福/穢れ耐性(大)
ランク Dランクパーティー 個人ランク 六級
しょぞく 王都アーヴェス・冒険者 パーティー名『アカツキ』のリーダー
かぞく 父・母
こいびと 百十一人(自称)
ちょきん ちょっと
みため 金髪・碧眼
という感じです。
ついにここまで来ました。
ジャスティンとライトとルールスと、そしてケイオス。アカツキは完全に消滅しました———がまだ終わらない。
次回より『神眼の異端狩人・ケイオス』編が始まります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
よろしければ感想、コメントお待ちしております。
それでは!




