番外クエスト・Ⅰ 『護身の指輪』
少し緊張するな。
一度咳ばらいをした俺は、木造のドアをノックする。
若干の時間を置いて———
「はーい」
と、幼い声がした。
ドアを開いて出てきたのは、小さな女の子。なるほど、ブラインと目元が似ている。
「だあれ?」
「俺はケイオス。ブライン……お父さんの友達だ。お父さんはいるか?」
「いない。でもお母さんならいるよ。お母さーん!」
いないのなら日を改めようと思うのだが。
呼ばれて来たのは、ひどくやつれた女性だった。おそらくはまだ二十代。ブラインとは歳の差夫婦だったか。
「あら? あなたは……」
「俺はケイオス。よくブラインと依頼をこなしている者です」
「あなたが……」
俺のことは聞いているようだ。
「ブラインはいないようだし、日を改めます」
「ううん、入って。すぐに戻ってくると思うし」
「いや、しかし」
「遠慮しないで? ね?」
困ったな。一方的に押しかけたわけだし、迷惑だろう。
「うっ……ごほ! ごほ!」
「……! 大丈夫ですか?」
ブラインの夫人を支えて、中に入る。
ソファーに寝かせて、水を飲ませた。
「ご、ごめんなさい……せっかく来ていただいたのに」
「いや、気にしないでください」
ぶしつけだと思いつつ、スキル≪眼力≫を発動。
夫人の体は弱っている。魔素の働きが非常に小さく、魔力はほとんどない。そして肉体は衰弱していると言っていいだろう。
今は小康状態なのかもしれんが……今後どうなるかは想像したくないな。
「今日はどうなさったのかしら?」
隣に娘を置いて、夫人は尋ねてきた。
もちろん、なんの理由もなく来たわけではない。できればブラインがいてくれるといいんだが。
「話があって来た。あとこれを」
用意してきたお菓子を娘に手渡す。
「そんな、悪いわ」
「ブラインには世話になっているから、どうぞ」
俺は分析士。子供が好きそうな手土産を調べることなど容易い。
「わー! これ、『パルフェ』のケーキだ! 食べていいの?」
「もちろん。そのために持ってきた」
「ありがと! おじさん!」
うっ……お、おじさんか。まあいいだろう。子供からしたら大人は誰でもおじさんなのだからっ!
「いい子だな」
「ありがとう。それでケイオスさん、どんな用なのかしら?」
「ああ、それはできればブラインが戻ってから———」
と、話しているうちに扉を開けてブラインが帰ってくる。
なんとタイミングのいいことだ。さすが空気の読める男。
「ただいま……って、ケイオス。なんでおまえがいるんだ?」
「おかえり。用があってきたんだ」
「用?」
荷物を下ろしながら聞いてくる。
俺は、ブラインをソファーに座るよう勧めた。
「なんだよ、改まって」
「これを」
差し出したのは、小さな包みだ。
畑で栽培したマンドラゴラを煎じた粉末である。
「薬だ。奥さんに持ってきた」
「……なんだって? おい、まさか」
「残念だが、『癒しの霊草』ではない」
だが、癒しの霊草よりも効果はあるかもな。
「じゃあなんだ?」
聞かれるのはわかりきったことだ。真相を話すかどうか、来る前にさんざん悩んだ。
ブラインはもはやかけがえのない相棒と言ってもいい。だから、話す。
「マンドラゴラだ」
「……」
ブラインは俺を見つめた。
「おまえさんのことだ。冗談じゃねえんだよな?」
「ああ」
「しかし……そんな……絶滅したはず」
「あなた? どうしたの?」
彼は迷っている。なにに迷っているのかはわからない。
「大きなお世話だと思ってくれていい。突き返してくれても構わない。俺はただ、放っておけない性分なんだ」
「それは……わかっちゃいるが」
「事前に俺の体で実験した。効果は抜群だな。しかし、病気に効くかどうかまではまだ確認していない」
「……! 俺の嫁を人体実験に使おうってのか!」
ひどい言い方をすればそうだ。ただ、夫人の状態をじかに見て思う。このままでは徐々に弱り、いずれは最悪の結果になると。
俺は夫人を見つめた。
生気のない顔色だが、目は死んでいない。
「あなた、わたし、飲んでみる」
「おい、リサ」
「だって、これで治るかもしれないのよね?」
「そうだ」
「ケイオスさん、これおいくら?」
夫人は薬代を払うつもりだ。
これには慌てる。そんなつもりで持ってきたわけではない。
「リサ、マンドラゴラは金じゃ買えねえんだ。値をつけるとしたら……十年は遊んで暮らせる」
「嘘! だったらいらない!」
少女のような反応だ。それがおかしくてつい微笑んでしまう。
「大丈夫。お代は治るかどうかの情報だ」
「そんなのでいいの……?」
ひどいことを言われている自覚はないようだ。
夫のブラインはまだうんうん言っている。
「俺はけっこうブラインに命を救われている。単独では受けにくいクエストも彼のおかげでこなせているんだ。それを思えば、安い」
「ケイオス……」
「試してみる気になったか?」
「ああ、だが……本当に危険はないんだな?」
危険、か。
あるな。
地獄のような苦さで気絶してしまった。
「効能は素晴らしいものだ。が、死ぬほど苦い。ちなみに俺は気絶した」
「なんだって!?」
息を呑んだのはブラインか、夫人か。
「しかし起きた時、枯渇しかかっていた魔力が回復していたんだ。しかもたった数時間でな」
彼らは言葉を発しなかった。どうすべきか、考えている。
さて、帰ろう。
俺は席を立ち、体を寄せ合う夫婦を残して辞した。
翌朝———
庭で薪割をしていると、大声がした。
「ケイオス!」
声の主はブラインだ。彼は血相を変えて、どしどし歩いてくる。
表情を見る限りでは、マンドラゴラが効かなかったようだな。
「ケイオス!」
「どうした、ブラ———」
抱き着かれた。
なんで!? 俺にそんな趣味はないが。
「ケイオス! おれは……」
「待て、ブライン。落ち着いて事情を話してくれ」
取り乱しているブラインを落ち着かせて、家の中へ通す。これじゃおちおち話もできないからな。
「夫人はどうだ?」
「あ、いや、リサは……」
「おちついて話せ」
「あ、ああ。あのあと……リサは、おまえにもらった薬を飲んだんだ……そしたらよ、えらい勢いで跳ねて、気絶した」
だろうな。
気の毒だが、しかたのないことだ。
「最初は死んだんじゃねえかって……けど、少しして顔色が良くなってよ……だから、そのまま、寝かせた。一晩中見守るつもりでさ」
「ああ、それで?」
「でもおれ、うっかり寝ちまって。でもさ、匂いが、したんだ」
「匂い、とは?」
「朝飯のさ、匂いだよ。おれは飛び起きて、見た。あいつが……リサが、朝飯を作ってたんだ!」
ブラインは信じられないものを見ているようなまなざしだ。
「何年振りだったんだか……だからおれは聞いた。平気なのか、って。そしたらあいつ、今日は調子が良いって言うんだ! 医者がさじを投げた病気が! 原因不明だって言われてたもんが! 治ったんだ!」
彼は俺に向かって頭を下げた。
「おまえのおかげだ! こんな……こんな夢みたいな話、あるわけが……ねえと……」
「ブライン、気にするな」
「おまえが気にしなくてもこっちが気にするわ! マンドラゴラは買わせてもらう! 金は必ず払うからな! 何年かかってでも!」
大げさだ。
友人を助けただけ。うまくいったのだから、それ以上の喜びはない。
「それでは押し売りになってしまう」
「いいんだよ! 治ったんだから! ははっ!」
ブラインは笑顔だ。
それがなによりだと思うのは、間違いだろうか?
いいや、これだ。これこそが俺の活力になる。
人の笑顔が見たいから、俺は魔物を討伐し続けるんだ。
数日後———
休息を終えた俺はブラインとともに討伐クエストを開始。
今日だけで三件のクエストを完了し、アイツフェルンに戻る途中だった。
「ブライン、奥さんの調子はどうだ?」
「いやー……元気なんだが」
「だが?」
「もう一人子供が欲しいって言われちまって」
そ、そうか。
熱いな。
「いや、なにより」
「おまえさんのおかげだ」
もう数十回、あるいは数百回礼を言われている。
子供をもう一人、か。ならばなおさら守らなければならないだろう。
「なあ、ブライン。指のサイズは?」
「……はあ?」
不思議な顔をするブラインに、指輪を見せる。
「おいいいいいい! おまっ、なに言ってんの!?」
「ブラインこそなにを言っている。これは『護身の指輪』。アーティファクトだ」
「なんでおまえそんなもん持ってんの!?」
「そこはいいだろう。それよりもこれを嵌められないか?」
「いやおまえが使えよ」
それは無理だ。俺の指では太くて入らなかった。小指にもだ。
「おまえさんで入らねえんなら、おれでも無理だ。つーかそれ女物だろ」
「そうなのか?」
「それ以外ねえと思うけど。つーかなんで持ってんだよ」
俺はかいつまんで事情を説明した。
「局長が……? ははあ、そういうことね」
「なにがだ?」
「さてな。おれの予想は外れちゃいねえと思うが」
なんだ? 怪しい笑いだな。
「なあ、ケイオス。そういやエリーシェ嬢とはどんな感じだ?」
「どんな感じ? いつも通りだが」
「そうか。いつも通りか。ならさ、その指輪、エリーシェ嬢にあげたら?」
「女物なら、そうだな」
俺が使えないなら、誰かにあげた方が役に立つ。
「せっかくだから食事にでも誘ってよ」
「!?」
「なんで驚くんだ」
「さすがにそれは」
無理だな。
「彼女は俺を嫌っているだろうし」
「は? なんでだよ」
「いつも怒られているからな。嫌われているだろう」
「そんなわけねえと思うが……だったら試せばいいじゃねえか。ほんとに嫌われてるかどうか」
「しかし、彼女は名家の出だし、俺のような田舎者など相手にはしない」
「おいおい、ドラゴンバスター・ケイオスとあろうものが腰抜けか?」
ぐいぐい煽ってくるな。腰抜けと言われれば、否定したいが。
「エリーシェ嬢にはいつも世話になってるよな?」
「ああ、もちろんだ」
「彼女はめっちゃ頑張ってる。だよな?」
「それは俺がよく知っている」
「なら問題ねえ。『今日は思いのほか収入があった。いつも世話になっているしたまには食事でもどうだ?』でいいだろ」
うーん……
それでいいのだろうか。
確かに指輪を渡すには自然かもしれないが……ってぜんぜん自然じゃないだろ!
「彼女は高嶺の花だ。俺などでは」
「ものは試しだ。別に悪いことじゃねえだろうよ」
「あ、ああ」
確かにな。
うん、その通りだ。
そうして俺たちは職業安定所の前で別れた。
ブラインは夫人と娘を食事に連れていくそうで、俺が報告をすることとなった。
中に入ると、エリーシェはいつも通り受付にいて、書類仕事をしている。
仕事の邪魔、だよな?
「あ、ケイオスくん。おかえりなさい」
「あ、ああ。戻った。鑑定を頼む」
「ええ、ちょっと待ってて」
と、奥に行き、戻ってくる。
「その、エリーシェ」
「どうしたの? あ、まさかもう一件受けるつもり?」
「いや、その」
「ん?」
彼女は、美しい。まさに花だ。
「今日はけっこう稼いだし、休もうと思うのだが」
「うん、そうして。働きすぎだから」
「で、だな。収入もあったことだし、食事にでも行かないか? いつも世話になっているし……」
「え……?」
エリーシェは俺をものすごい顔で見ている。
そうなるよな。急だし、俺は嫌われているし———
「うん、行く」
そうそう、いきなり言われても……………………って、えええええええええええ!
「七時にここの前でいい?」
「も、もちろんだ」
「じゃあそれで」
「そうだな。七時にここの前で」
無言のまま、職業安定所を出る。
OKされてしまった。
「ま、まずいぞ! これはまずい!」
俺は、気が付けば走り出していた。
おまけ・人物紹介
なまえ ブライン
ねんれい 三十四
せいべつ 男
ジョブ 剣士
スキル ダブルスラッシュ/パリイ/剣の呼吸/十文字斬り
ランク パーティーランクなし 個人ランク 五級
しょぞく アイツフェルン・冒険者 植物ハンター
かぞく 妻・娘
こいびと なし
ちょきん ちょっと
みため 茶髪・茶瞳
ブラインはケイオスから説明を受ける役だったり、兄貴ポジションだったりと、なくてはならない存在になってしまいました。
歳の離れた友人というのは得難く、貴重なものです。
という感じです!
ここまで読んでいただきありがとうございました。
番外クエスト編、もうすこーし続きます! むふふな展開になるかどうかは……
よろしければ感想、コメントなどおまちしております。
それでは次回。




