番外クエスト・Ⅱ 『食事をする』
職業安定所から出た俺は、スキル≪眼力≫を最高精度で発動しつつ、町中を疾走する。
探すのはブラインだ。
別れてからまだ十五分程度。遠くまでは行っていないはず。
「……この香りだ!」
ブラインは植物採取を主とする冒険者。独特な緑の香りがする男である。
眼で香りを追いかけ、そして追いついた。
「ブライン!」
「お、おお、どうした、ケイオス」
「問題発生だ」
「なに? まさか……新種の魔物か?」
違う。それであればどんなに楽か。
「エリーシェを食事に誘った」
「おお?」
「そうしたら、今夜、出かけることになってしまった」
告げると、ブラインは顔に皺を作ってにやける。
「よかったじゃねえか! な? 言ってみるもんだろ? で、なにが問題なんだ」
「ブライン、俺はどうすればいい?」
「はあ?」
田舎者の俺は食事の作法など知らない。
「ブラインは経験豊富だろう。教えてくれ」
「おい、俺は嫁一筋だ。変な言い方すんなよ」
彼は俺を一通り眺め、うなずいている。
「おまえさん、分析士だろ。分析してみたらどうなんだ?」
「時間がない。約束が今夜では情報が足りなさすぎる」
「……なあ、ケイオス。おまえさん、いくつだったっけ?」
「十八だ」
「誰かと食事くらい行ったことあんだろ」
「ない」
「一度もか?」
「ああ、ない」
王都ではクエストをこなすのに夢中だった。アイツフェルンに戻ってからも。せいぜいがこのブラインと飲みにいったくらい。
盛大なため息をついたブラインは、前置きを始めた。
「いいか? 今から俺が言う事は、あくまでも俺なりの意見だ。通用するかはわからん」
「ああ」
と、手帳に加えてペンを取り出す。
「まずはすぐに帰って風呂に入れ。そんでもって洗いたての服に着替えろ。あるか?」
「ある」
一言一句、間違えないようメモる。
「サイズはジャストフィットしたものを着て行け。だぼだぼしていたり、ぴっちりしたものはダメだ。それと磨いた靴を履け」
「この前購入した物がある。だが……礼装を持っていない」
「そんなもんは要らねえ。おまえさんが持ってねえことくらい、彼女は知ってるさ。だから気取らずに行くんだよ」
「気取らずに、行く……」
ブラインの目が鋭さを帯びる。いつになく真面目だ。
「目立つ必要はねえ。彼女の引き立て役になれ。要は周りから浮かなけりゃいいんだ」
そうなのか……知らなかった。高価でおしゃれな服が必要かと思ったが。
「待ち合わせの時間には遅れるな。そして彼女が来たら」
ごくりと息を呑む。
「まずは褒めろ。とてもよく似合っている、か、私服姿が可愛い、と言うんだ」
ハードルが高いっ!?
しかし、メモに走らせるペンの勢いが止まらなかった。
これは貴重な情報だ。
「だが褒め過ぎるな。媚びていると思われちゃかなわないからな。あくまで自然体に、さりげなく褒めろ」
「あ、ああ」
「気安い雰囲気が出たら、聞き手に回れ。自己主張はするな。いいか、大事なことだ。自己主張はするな。そうしながら存在感を出せ」
「む、難しくないか……?」
「おまえさんは困難なクエストを達成してきたんだ。それを思い出せ」
大げさ!?
だが、言っていることは間違っていないと感じてしまう。
「あとはいつもと違う面を見せろ。ギャップで萌えさせるんだ」
「ギャップ……」
「無理にはするなよ。すぐに見抜かれるからな」
なんという難度の高さ。これでは行く前から心が折れてしまう。
「そして最後は……彼女をなにがあっても守れ」
「!」
それは———そうだ。それだけはしなければならない。
「とまあ、いろいろ言ったが……なるようにしかならねえし、あんまり固く考えるなよ」
その割にはミッションが多いような。
「楽しい食事になるといいな」
「ああ、助かった。礼を言う」
「あとでちゃんと話を聞かせろよ?」
それは……遠慮したいところだ。
ブラインに先のクエストの報酬を渡し、改めて別れを告げる。
「こうしてはいられない」
約束の時間までは二時間ほどだ。その間にやれることをやろう。
決意をした俺は、すぐさま家に戻ったのだった。
そして夜。
約束の時間までまだ三十分はあるというのに、待ち合わせの場所へ来てしまった。
ブラインの助言通り、洗いたての服を着て、磨かれた靴を履いている。自分で言うのもなんだが、俺は地味だ。服も黒か紺のものしか持っていない。あるいは……鎧でも着てくればよかったか。
「あ、ケイオスくん」
なにっ!?
「エリーシェ、早い———」
言いかけて、俺は固まった。
初めて見る私服姿の彼女に見惚れてしまう。
ワンピースタイプのドレス。丈は膝まで。色が赤なのは、瞳と髪の色に合わせたからだろう。
肩や胸元が露出した姿は艶やかで、幼く見えがちだったエリーシェがとても大人びて見える。
「どうしたの?」
「……よく、似合っている」
ハッ!?
俺はなにを……自然に言葉が出てしまった。
「ありがとう……」
頬を赤らめる彼女。いや、見ている俺が赤面するな、これは。
「ちょっと早いかなって思ったのだけれど」
「いや、行こう。どこの店がいいかな。行きたいところはあるか?」
「うん、ある」
よかった。なんとなく、普通にやれたみたいだ。
肩を並べて通りを歩く。
道行く通行人がエリーシェを見て、立ち止まっていた。
わかる。気持ちは十分にわかる。
風が吹いて、彼女のサラサラで長く美しい髪がなびいた。
ふいに香る清楚なスメェルで、俺は俺じゃなくなりそうだ。
「ここにしましょう?」
「……ああ」
彼女とともにやってきたのは、格式が特別高いわけではない普通のレストランだった。
店内に入ると、落ち着いた雰囲気のある静かな色調が心を和ませる。
予約をしていなかったが、たまたま席が空いていて、待たされることはなかった。
案内されたテーブルを挟み、向かい合わせで座る。
なんだかおかしいな。食事に来ただけなのに、さきほどから緊張しっ放し。
薄く化粧をしたエリーシェがきらきらして見える。緊張はそれが原因だろう。
「ケイオスくん、なににするの?」
「そうだな……エリーシェは?」
「わたしは……」
今日は俺のおごりだ! と言いかけて、ぐっとこらえる。自己主張をしてはいけない。
「コース料理があるわ。予約なしでも大丈夫だって」
「初めて来る店だしな。それにしてみよう」
注文をして、先にドリンクをいただくことにする。それなりに喉が渇いていたから、ちょうどいい。
「でもびっくりした。急に誘われたし」
「すまないな。いつか誘いたいと思っていたから」
「ほんと?」
嬉しそうに聞いてくる。
俺はなにを言っているんだ。心にもないこと……ではないが、つい本音が出た。
「いつもはどうしているんだ?」
「お料理する。上手くないけど。ケイオスくんは?」
「ああ、俺は———」
夜に食事はしない、と言いかけてやめた。じゃあなんで夕食に誘ったんだよ、となる。
「栄養を摂取する。薬草や滋養強壮剤を固めて呑むな」
たまにしていることだ。
「……ぷっ」
聞いた彼女は小さく笑った。
それもまた、可憐だ。
「どうした?」
「ごめんなさい。想像通りだったから。でも、ちゃんと食べよ?」
「これからは……そうするかな」
なんだか、緊張がほぐれてきた。
しかし、どんな想像されているんだろうか。
前菜が運ばれてきて、舌鼓を打つ。とてもうまい。
エリーシェとの会話は、自然と王都での話題になる。
俺たちが共通している話だ。
王都は様々な人種が集い、華やかで、いつの時間も賑う。
彼女は王都生まれで、しかも名家の出身。アイツフェルンにどんな印象を抱いているのか、気になった。
「ここでの仕事はどうだ?」
「うん、時間がゆったり流れていて……職場の人たちは優しいし、変な人もいないし、ここに来てよかったと思う」
「なにもない田舎町だけどな」
「そんなことないよ。潮の香りには最初慣れなかったけど、今は気に入っているもの」
故郷を褒められるのは悪い気分じゃない。
「ケイオスくんは……王都に戻りたい?」
「そうだな。戻りたいと思っていた」
「過去形なの?」
「ああ、いまは特に考えていない。あそこはなんというか、忙しないからな」
本心だった。
いずれ戻る時が来るかもしれないが、ずっと先のことのように思う。
「エリーシェは?」
「わたしは、王都に思い入れがなくて」
「そうだったのか」
意外だった。
彼女の家は王都にあるはずで、戻りたいのではと考えてたのだが、違うようだ。
「でも、そうね。思い出はあるかな」
「思い出、とは?」
「ケイオスくんは覚えてないと思うけど……」
「五年前のことか?」
「覚えてて……くれたの?」
「ああ、街角で泣いている女の子の失せもの探しを手伝ったことは、覚えている」
俺は、王都に来て間もない頃に彼女と会っている。
天職『分析士』と『ものまね士』を授かったばかりで、力の使い方も知らない子供ではあったが。
「やだ、なんで言ってくれないのよ……」
エリーシェは顔中を真っ赤にしていた。
「受付に君がいた時は驚いた。あの時の女の子が、とな」
「ケイオスくんったら、ひどい。言ってよ」
「すまない。俺のことなど覚えてないだろうと思ったんだ」
「そんなことないわ。探してもらったペンダントはおばあ様の形見だったんだもの。忘れられない」
大事な物だったのは、わかっていた。相当泣き腫らしていたからな。
昔話に花が咲く。
その後、王都での仕事の日々や、誰と誰が付き合っていたというような、なんとはない話をした。
ブラインの言う、聞き手に回るというのも存外楽しいものだ。知らない情報がたくさん飛び込んでくる。
俺は分析士。どのような情報も、分析の糧になる。
やがて、夜も更けてきたので、俺たちは外に出た。
「ごちそうさまでした」
「いや、いつも世話になっているからな。君がいなければ今の俺はいないだろう」
「え……?」
「魔物ハンターとして成功しているのは、エリーシェのおかげだ。だから、これを受け取って欲しい」
ポケットから『護身の指輪』を出す。
「ゆ、指輪!?」
手渡された彼女は、一心にアーティファクト『護身の指輪』を見つめている。
相当な値打ちものだからな。驚くのも当然だろう。だが、これで危難が振りかかった時は守ってくれる。
「ケイオスくん!? その……心の準備が」
「うん?」
なんの準備だ?
もしかして、護身の指輪を知らないのか。
これは迂闊。説明が必要だろう。
「これは『護身の指輪』という。稀に出土するアーティファクトの一つだ。嵌めた者に危険が振りかかった時、障壁が発生して守ってくれる」
「……あー」
「君の指のサイズに合うかと思ってな。受け取って欲しい」
「そうねー……うん、ケイオスくんだものね。うん、そうよね」
なぜ遠い目をしているんだろうか。
「ありがとう。大切にするわ」
「ああ」
喜んではもらえたようだ。これで、クエストは達成だな。
「送っていこう」
「うん」
彼女を連れ立って、通りを歩く。
指輪を嵌めた手を見ると、言いようのない気分になってきた。
その時だ。
誰かがこちらに向かって歩いてくる。
「エリーシェ、なぜ、君がここに……?」
芝居がかった特徴的な声と口調。ひどく聞き覚えがある。
「え……なんで、あなたがここに……」
彼女は俺の影に隠れてしまった。
暗がりの向こうから現れたのは————ジャスティンとライト。
王都で結成したパーティー『アカツキ』の元仲間、そして俺をクビにした男たちだ。
おまけ・人物紹介
なまえ ケイオス
ねんれい 十八
せいべつ 男
ジョブ 分析士 ものまね士
スキル 眼力≪レベル10限界突破≫/眼識≪レベル8≫/瞬間模倣術/影魔法/ドラゴンブレス
ランク パーティーランクなし 個人ランク 準二級
しょぞく アイツフェルン・冒険者 魔物ハンター
かぞく なし
こいびと なし?
ちょきん それなり
みため 黒髪・黒瞳
とおりな ドラゴンバスター
おまけ・人物紹介
なまえ エリーシェ
ねんれい 十八
せいべつ 女
ジョブ 騎士
スキル 馬術≪レベル3≫/要の守り
ランク なし
しょぞく アイツフェルン・冒険者省支部の職員
かぞく 父・母・兄二人
こいびと なし?
ちょきん まあまあ
みため 緋色の髪・緋色の瞳
と、こんな感じです。
デートと思いきや、展開変わります。
ケイオスは読んでの通り、まったく女性経験がなく、ブラインに助言を求めました。
ブラインの言っていることは、あくまでも個人的な意見であり、ふぃくしょんですので。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
よろしければ感想、コメントなどお待ちしております。
では次回。




