帰るまでがクエストです
「さあ! 飲んでくれ! ケイオスどの!」
顔いっぱいの笑顔で酒を勧めてくるのは———竜人の族長だ。
里に戻った俺たちを出迎えたのは、呪いから解放された者達だった。
さすがに疲労困憊だった俺は、宿を借りて眠ったのだが……起きたらコレである。
里の中央広場に竜人全員が集まり、大宴会。
信じられないくらいに大量の酒と、料理。見ているだけで胃もたれがしそうだ。
「里の者を代表し、改めて礼を言わせてもらうぞ、ケイオスどの!」
恐るべき魔物を退治したことで、里は笑顔に溢れている。
眺めていると達成感がわいてくる。魔物ハンターとしての務めを果たせたことが嬉しかった。
「腹が減っているだろう! 好きなだけ食べてくれ!」
言いながら、族長は酒をがぶ飲みしている。
朝までは今にも意識を失くしそうなほど衰弱していたというのに、どうなっているんだ。
「……竜人は俺の理解が及ばない世界にいるようだな」
分析によれば、料理のほとんどは酒のつまみだ。
とはいえ腹が減っているのも事実。遠慮なくいただこう。
小さく切り分けられた味付き肉を口に入れる。
よく染みこんだ旨味と肉汁が弾けて広がり、驚いてしまう。
「うまいな」
「真顔で言われるとおいしそうに見えないよ」
隣に座るセレーネが酒を飲みながら横目で見てくる。
……酒っ!?
「待て、君はまだ未成年だろう。なぜ酒を飲んでいる」
「え?」
俺の方がおかしいみたいな顔をするな。
「ケイオスどの、竜人にとって酒は水と同じ。みな子どもの時分からたしなんでいるのだ」
「……そうか」
族長の言葉に力が抜けた。
とんでもない種族だ。
「そういえばケイオスどのは娘の依頼でここへ来たとのことだが」
「ああ、その通りだ」
「報酬を用意せねばならんのだが、なにがいい?」
急を要していたからな。まったく考えてなかった。
俺としては新種の魔物を倒し、ドラゴンの里に来るという貴重な体験をしただけでおつりが来るというもの。
「必要ない。こうして飯も酒も用意してもらったわけだしな」
「そう言わないでくれ。ただで帰したのでは先祖に顔向けができない」
「別にいいんだがな……」
飯も酒もうまい。苦労した甲斐は報われているし、問題はないと思う。
考えこむ族長をよそに酒を口にすると、体が燃え上がるように熱くなった。
「ではセレーネを嫁にもらってはくれないか?」
「ぶふぉおおおおおおおっ!?」
盛大に酒を噴き出す。
なにを言いだすんだこのおっさん!?
「いやいや、待ってくれ。なぜそうなる」
隣のセレーネをちらりと見る。
嫌がってはいない。
まんざらでもないのか……
「それは無理だ。セレーネはまだ子どもだろう」
「あたしもう子どもじゃないし」
むきになるところが子どもだと思うわけで。
「はーはっはっは! 冗談だ、冗談!」
「きつい冗談だな」
冗談でよかった。ほんとうに焦ったぞ。
こうして宴は進み、深夜になると少しずつ竜人が場を去っていく。
セレーネは父親に寄りかかって寝ていた。
俺は宴が始まるまで寝ていたから目は冴えている。
気が付けば広場にいるのはたった数人となってしまった。
「して、ケイオスどの、仔細を聞きたい」
酔っぱらっていたかに見えた族長の雰囲気が変わる。
最後まで残っていたのは、話を聞くためか。
「呪いとやらの元は結局なんだったのだ?」
「……魔物。あなたがたの呼び方では『狂獣』だったか。恐ろしい魔物だったな」
思い出しただけで怖気が走る。
巨体、肉、粘液。そして、人語を喋った。
「ヤツは人語を喋った。会話ができるほどにな」
「なんと……!」
「俺たちの国には、魔物は日々進化する、という言葉がある。それを痛感させられたよ」
「にわかには信じられぬな。狂獣が言葉を?」
「俺もいまだに信じられない」
ヤツは『力を吸い取る』と言っていた。
呪いを移し、被呪者から魔力を吸収していたと推察される。
ドラウツ少年から小さい魔物と聞いていたが、魔力を吸収することで短期間のうちにデカくなったのだろう。
しかしながら全ては想像の域を出ない。
得た情報は大きいが、謎も残る。
「うーむ、すっかり酔いが覚めてしまった」
「族長、さっきも言ったとおり、魔物は日々進化している。警戒を強めた方がいい」
「他ならぬケイオスどのの言う事だ。肝に銘じよう」
気をつけておくことに越したことはない。
やがて宴は終わり、再びぐっすりと眠った俺は、アイツフェルンへと帰還する運びとなった。
「あたしが近くまで送ってってあげる」
「助かる」
セレーネの背に乗ればひとっとびだ。
「ケイオスどの、ほんとうに感謝する。いずれ必ず恩に報いよう」
「気にしないでくれ。俺は仕事を遂行しただけだ」
また娘を嫁にとか言われたら困るからな。
「では」
「また来てくれ。ケイオスどのならばいつでも大歓迎だ」
族長と握手を交わし、別れを済ませた。
「行こ、ケイオス」
そう言って彼女はドラゴンの姿に変じた。
何度見ても感動する。この世の不思議を凝縮した神秘さを感じてしまうのだ。
セレーネの背に乗り、羽ばたきとともに空へ。
彼女が加速すると落ちそうになった。
来た時よりも数段早く感じる。
「セレーネ! は……速すぎる!」
「んー? 聞こえなーい!」
風で言葉が届いていない。
俺は必死に彼女へしがみつき、早く着くことを祈るばかりだった。
時間にしてわずか一時間強。たどり着いた場所は、俺たちが初めて会った場所だ。
一息ついて背から降りる。
セレーネは人の姿に戻った。
「ありがとう、セレーネ」
「ううん、お礼を言うのはこっち。ありがと、ケイオス。みんなを助けてくれて」
「依頼を受けたからそうしたまでだ」
「それは違うよ」
彼女は俺の手を取った。
「依頼だからってそこまでしてくれる人なんていない。あたしの目は間違ってなかった。ここに引き寄せられたのもケイオスと会うためだったんだ」
「……引き寄せられた?」
「うん。あたし、治してくれる人を探して何日も飛んでたの。でっかい街を見つけたけど、嫌な感じがして近寄れなかった。でも、この近くに来たら、なんだか吸い寄せられた気がして」
縁を感じた、とでも言うのだろうか。
不思議なこともあるものだ。
「だからケイオス、これを受け取って」
彼女が差し出したのは、立派な角笛だった。鮮やかな赤みをした曲がり角だ。
「これはなんだ?」
「これは絆の証だよ。父様が渡せって」
「お礼、ということか」
「もしも……ケイオスがあたしたちの助けが必要な時はこれを吹いてほしいの。どこで吹いても音はあたしたちに届くから、必ず駆けつける」
ドラゴンの力が必要な時などないとは思うがな。
あるとすれば世界の終末とかか。想像したら怖くなってきた。
「ありがたく受け取っておこう」
受け取ったタイミングで、彼女がさっと俺を近づいて頬に口づけをする。
石化したように固まる俺を見て、セレーネは微笑みを見せた。
「えへへ……じゃあね!」
恥ずかしかったのか、彼女は竜の姿に戻り、飛び立っていった。
うん、これだけでも魔物を退治した甲斐があったというものだ。
いつかまた会えるだろうか。
きっと会えるだろう。そんな気がした。
そして。
アイツフェルンに戻った俺は、すぐに職業安定所へと向かう。
中に入ると、受付にはエリーシェがいて、暇を持て余したブラインら冒険者たちが見えたのでほっとする。
「エリーシェ、戻った」
「ケイオスくん!」
「依頼は完了した。局長はいるか?」
「ええ、すぐに呼んでくるけど……ドラゴンはいたの?」
首を横に振る。
「いや、ドラゴンはいなかった。いたのは人だ」
「へ?」
エリーシェの変顔は新鮮だな。
「そういうわけだ。局長を頼む」
「う、うん。わかったわ」
局長のハディスンは執務室にいて、そこに案内される。
「あーら、戻ったのね、ケイオスちゃん。ささっ、座って」
「ああ、完了の報告に来た」
勧められた椅子に座り、荷物を下ろす。
「それで、ドラゴンはいたの?」
「いなかった」
「まっ、そりゃあそうよねえ。いるわけないものねえ」
俺もそう思っていた。数日前まではな。
「でも……浮かない顔ね。どうしたの?」
ハディスンは鋭い。俺の心情を見抜いている。
「新種の魔物と遭遇した。人語を理解し、喋る魔物だ」
「……ええと?」
「人語を解し、喋る魔物だ」
「………………は?」
局長の反応も当然。
俺は、今のところ他言無用と前置きして、ことの経緯を説明する。
ハディスンは頭を抱えた。
「り、理解が追いつかないわ」
「理解してくれ。そうでなくては今後が大変だ」
「今後って……?」
「不測の事態に備えておいてほしい」
「なにかが起こると言うの?」
それはわからない。
しかし、心の奥底にあるちっぽけな不安をどうしてもぬぐえなかった。
「ケイオスちゃん、私、ちょーっとだけ怖くなってきたんだけど」
「俺もだ。だからこそ準備を怠ることはできないだろう」
「そうね。できうる限りのことはするわ」
ハディスン局長は有能だ。頼りになる。
人語を解する新種の魔物。今回はなんとか倒せたが、次はもっとうまく殺す。
呪いの件で俺はより強く思った。
魔物は滅ぼさなくてはならない———と。
おまけ・魔物紹介
カースドビースド
アイツフェルンの魔物ハンター・ケイオスが命名。大陸の南西にて発見された新種の魔物。
外見はトロールに似ているが、ぬめりを帯びた肌やだぶついた肉など特徴は異なる。
人語を理解し喋ることから、高い知性を有し、性格は狂暴極まりない。生物ならばなんでも捕食する。
触れたものに呪いをかけて魔力を吸収し、力を得る恐るべき魔物である。
腕力に優れ、粘液とぶ厚い肉の防御力は驚異的。弱点は火で、ぬめりをなくすと防御が落ちる。
推定危険度は最低でもAAAランク。倒すには軍隊が必要。
討伐推奨冒険者数(仮)は1000人~ 討伐報酬は時価。(AAAランクの報酬に準じるなら10000000G)
という感じです。
いかがでしたでしょうか。
次回から新章です。
竜のブレスまで習得してしまったケイオスの本領発揮になる……………かも!
よろしければ感想、コメントお待ちしております。
それではまた!




