緊急クエスト・Ⅲ 『発生源』を探せ
「病気では……ない?」
族長の言葉に、俺はうなずく。
「俺が知る呪いの症状に酷似している。特徴的なのは魔素が蝕まれていることだ。魔素と肉体は密接な関係を持つ。どちらも健康な状態でなければ、人は倒れ、いずれ亡くなるだろう」
「そんな……」
断定はできない。しかし、間違ってはいないだろう。
「ケイオス、どうすればいいの? 父様は死んじゃう?」
今はなにも言えないな。
俺が記した呪いの話は、何人かの冒険者を亡き者にしたあとで終息した。
はたしてそれと同じかどうか。なにせ竜人を蝕んでいるものは、話を聞く限り『移る呪い』だ。
「族長、あなたは魔物と接触したか?」
「魔物……というのは『狂獣』のことか?」
そうか。文化が違えば名称も違うんだな。言語が同じなのは幸いだが。
俺は問診を続ける。
「そうだな。狂った獣だ」
「いや、私は接触していない」
「症状が出始めたのは?」
「二週間前だ。初めは……腕に小さな痣ができ、少しずつ広がっていった」
二週間前か。
族長の意識はいまのところはっきりとしていて、喋ることもできる。聞けることは全て聞こう。
「ケイオス、といったか。呪いとは結局なんなのだ?」
「はっきりとした結論は出ていない。ただ、魔物が発生源であることは確かだ」
発生したケースでは、ダンジョンにいた魔物を倒したことで呪いが消えた。
ただし、病魔となにが違うのかは俺にもわからない。
「魔物と接触した者がいるはずだ。最初に症状が出た者を教えてくれ」
「……おそらくは、ダーゴンのせがれだったはずだ」
「セレーネ、案内を頼む」
こうしてはいられない。
俺はすぐさま族長の寝室を去った。
セレーネの案内で、一階の広間にいる者のところへと行った。
「……これは」
呪いに苦しむ子供を見て、言葉を失う。
小さな体は顔の半分までが赤黒く変色しており、時間の猶予はないように思えた。
泣きながら介抱している母親を脇にやり、子供を視る。
かろうじて意識はあるようだ。
「この子の名前は?」
「ドラウツ。最初に倒れたのはこの子だったよ」
「そうか。ドラウツ、話せるか?」
子供が目を開けて、びくりと震えた。
「……し、死神……」
「違う。俺はケイオス。話を聞きたい」
病魔でないなら、防毒マスクは不要。
俺はマスクを取って、素顔を見せた。
「ほら、死神ではないだろう?」
「あ……う、うん……」
「ドラウツ、君は『狂獣』に触ったか?」
ドラウツ少年は、苦しみながらも、真っ黒になっている左腕を上げた。
「たぶん……ファヴギルの泉に……行った時……小さい、狂獣に」
「触ったんだな?」
少年が頷く。
やはり魔物が発生源と見ていいだろう。
「大丈夫だ。俺が治してやる」
励ますと、ドラウツ少年は再び頷いて、眠りに落ちた。
呪いの症状は進行している。余裕はなさそうだ。
このような子供まで蝕むとは。
許せんな。
必ず滅殺する。
「セレーネ、ファヴギルの泉とやらの場所を知っているか?」
「うん、もちろんだよ」
相手が病魔ではなく魔物だというのなら、魔物ハンターたる俺の領分だ。
やる事は決まった。
汚物を消毒してやる。
「では行こう」
俺はファヴギルの泉へと向かう———
竜人の里を囲む森林は、俺たちが住むところとは毛色が違った。
見たことのない植物や昆虫が多く、知的好奇心がくすぐられてしまう。
「ファヴギルの泉は遠いのか?」
セレーネに尋ねると、彼女は首を横に振った。
「走ればすぐだよ」
「セレーネ、場所だけ教えてくれればいい。君は残れ」
彼女は目を吊り上げた後、ぷいっと顔をそらす。
「やだ。子ども扱いしないでよ」
その態度がすでに子どもなのだが。
「魔物は危険だ。なにがあるかわからない」
「あたし、こう見えても強いし」
そうじゃないんだなー。
もしも族長がなくなったら、継ぐのは君だろうと言いたいわけで。
「君の歳はいくつなんだ?」
彼女の歳はせいぜい十五、六だろう。魔物に挑むにはまだ早い。俺などクエストに出る度に手ひどい傷を負って帰ったものだ。セレーネをそんな目には合わせたくないと思う。
「あたし? 三十六」
と……年増っ!?
俺よりも年上なの!?
いやいやいや、待て待て。落ち着け、ケイオス。十六の聞き間違えだ。
「十六歳か。うーむ」
「だからあたしそんな子どもじゃないってば! 三十六!」
……聞き間違えではなかったか。
竜人は若く見える、ということなのだろうか。それにしては幼い。
「ちなみに……竜人の寿命はどのくらいなんだ?」
「三百歳から千歳だよ」
幅広過ぎるだろ。
千歳はともかく、三百歳ということは、単純に人間の三倍から三・五倍。
セレーネの年齢を人間に換算すると———十二歳か。
十二歳!?
「どうしたの?」
「いや、気にするな」
とは言ってみたものの、十二歳にしてはアレだな。発育が良すぎるだろう。
彼女の抜群なスタイルの体から目線を外し、気を取り直す。
「父様もあたしをいっつも子ども扱いするし、ひどいよ」
「ここまで来てしまってはしかたない。俺の指示に従ってくれるか?」
「うん!」
笑顔がまぶしい。
危なくなったら撤退する、と決めて、俺たちは先へと進んだ。
歩くこと一時間。日が昇り、朝を迎える。
ドラウツ少年が謎の魔物と接触した場所、ファヴギルの泉に到着した俺は、さっそく調査を開始した。
「美しい泉だな」
澄んだ水と大きな蓮の葉。泳いでいる魚の姿がくっきりと見える。
「ケイオス、なにもいないよ?」
「ああ、だが……」
分析士のスキル≪眼力≫を発動。
浮かび上がる痕跡は多数ある。泉に水を求めてきた動物たちの足跡、体毛、その他の残留物。
その中で特に目立つのは、なにかの粘液と生物が通過した跡だ。
「セレーネ、この地域に巨大な生き物はいるか?」
「うーん……どのくらい大きいヤツ?」
「俺たちの倍はある」
「見たことない」
いよいよもって緊張してきたな。
ドラウツ少年は、『小さい狂獣』と言っていた。しかし、魔素を多分に含んだ通過痕はスケールがデカい。
「行ってみるしかないだろうな……セレーネ、俺が逃げると言ったら、必ず逃げてくれ」
「う、うん」
緊張が伝わったのか、彼女は固い動きでうなずいた。
痕跡は泉を越えたさらに奥へと続いている。
いつもよりもはるかに慎重な歩みで、丁寧に痕跡を追う。
ここは俺にとって未知の場所だ。どのような魔物がいるか、見当もつかない。
森の深くへと進むにつれ、いやーな空気がまとわりつく。
スキル≪眼力≫で見る視界には、言いようのないどす黒さがあった。
「ケイオス、なんだか……気持ち悪い」
「ああ、魔素が濃い」
そして、木々の間から不自然すぎる『なにか』を見た俺たちは、足を止めた。
『なにか』は俺たちに背を向けて、お食事中。
血と臓物を飛び散らせて、時々満足げに笑う。
「な、なに、あいつ……?」
セレーネの問いに答えることはできなかった。
ぬめりを帯びる粘膜じみた肌がテカっている。
ずんぐりとしてだぶついた肉はおぞましさしか感じない。
「新種か……? トロールにも似ているが……」
トロールとは巨人型魔物に分類される化け物だ。巨大な猿から体毛をなくしたものと想像するのが早いだろう。
一方で俺たちが見ている魔物は人型に見えるものの、肉と皮がだぶつき過ぎて、足が見えなくなっている。
気味が悪いな。
「さて、どうするか」
「ケイオス、あいつが呪いの源なの?」
「可能性は高い」
ヤツの魔素は竜人を蝕む呪いの特徴と同じだ。赤黒く、見る者を不安にさせる災厄の凶兆。
動物を食い散らかしている様子を見るに、真っ当な生き物ではない。
「セレーネ?」
彼女の様子がおかしい。ぶるぶると震え、怒りをみなぎらせている。
落ち着け、と言いたいところだが、無理だ。
俺自身もさっきから震えが止まらない。
怯えているのか、怒っているのか。いや、両方だろう。
セレーネが飛び出す。
制止は間に合わなかった。
「クソっ!」
俺もまた物陰から飛び出す。
気配に気づいた魔物がゆっくりと振り向き、目を細めた。
背筋に悪寒が走る。
こいつはいま、おや? という顔をしたのだ。
「待て! セレーネ!」
彼女は俺の言葉など聞きもせず、大きく息を吸いこんだ。
セレーネのへそ下あたりから生じた魔力が胸と喉を通り、顔の前に集まる。
「≪炎の息≫‼」
熱風をともなう轟炎がセレーネの口から放射。
対して、魔物は動かない。代わりにがばりと大口を開けて、粘液を放出する。
炎と粘液がぶつかり、それらは相殺された。
焼け焦げた匂いが鼻を刺激する。
「そんな……あたしのブレスが」
やはりドラゴンのブレスだったか。人の姿でも使えるとは驚きだが、余裕こいてる場合ではない。
俺は駆けだして、セレーネに体当たりをする。
その直後、彼女がいた場所を粘液の塊が通り過ぎていった。
「うっ……ケイオス……」
「無茶をしてはダメだ。そして立ち止まるな」
素早く立ち上がった俺たちは、改めて魔物を見る。
「げっげっげ……おめえたち、食われに来たのかあ?」
「!?」
喋った、だと!
見間違いではない。こいつはいま、確実に喋った。
魔物の中には知性があるものも存在する。独自の合図や言語で意思の疎通を図るのだ。
だがこいつは、人語を喋った。
あり得ないことだ。
「あ~……おらあ、腹が減ってるんだあ」
先日から想像を超えた出来事ばかりで、夢でも見ている気分になる。
「……呪いを振りまいているのは貴様か?」
「あ~……呪い……力を吸い取るのは……楽しいんだあ」
推測は正しかった。ただ、出てきたものがあり得ない化け物だった。
頬に汗が伝う。
こいつには近づくなと、本能が警鐘を鳴らしているのだった———
おまけ・竜人について
ミード大陸を支配するニンゲンよりも遥か昔から存在する少数民族。
頑健な肉体と高い知性、長い寿命に生まれながらにして大きな魔素を有している。
彼らの祖先は竜。いつかの時代、ドラゴンであることに種の行き詰まりを感じた天才が『人化の法』を編み出し、人の身になったと伝えられる。
竜言語を用いて独特な魔法を行使する。それがドラゴンブレス。実際に息を吐いているわけではなく、高等魔法の一種。
竜人の一部は、『真体』と呼ばれるドラゴン本来の姿に変化することができ、強力無比。
人と交わることはほとんどせず、森のなかで静かに暮らしている。
温厚な種族だが、とにかく酒好き。怒るとえらい怖い。
里の人口はおおよそ五百人程。
各地で目撃されるドラゴンらしき生物の正体は、気まぐれに里の外へ出た彼らのうちの誰かであり、伝説だけの存在ではない。
という感じです。
いつか竜人の話書いてみたいと思う今日この頃。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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