緊急クエスト・Ⅱ 『ドラゴン』を視る
「いったい何が起こった」
影魔法をいったん解除し、地上へと出る。
地面に倒れているのは、ドラゴンではなく、少女だ。
分析する前に言っておく。俺がいま体験したこと……というか理解を超えているのだが、ありのままを話そう。
『ドラゴンだと思ったら、少女だった』。
なにを言っているかわからないと思うが、おれ自身もなにが起こったのかわからず、頭がおかしくなりそうだ。錯覚だとか幻覚だとか、そのようなチャチなものでは、断じてない。とてつもなく嫌な予感する。
「見た目におかしいところはないが」
分析士のスキル≪眼力≫を発動。
倒れている少女はちゃんと息をしていて、死んではいない。
白髪に褐色の肌。身に着けている艶やかな衣装は王都の踊り子にも見えるが、地方に存在する民族衣装だろうか。
整った顔立ちには幼さが残っていることから、年の頃は十代半ばだと思う。
「どうしたものか」
放ってはおけない。しかしむやみに近づくのもどうかと思う。
見る限りでは人。服の模様からは一定水準の文化を持っていると見る。
俺は荷物の中から水筒を取り出した。
少女の体を抱き起こし、水筒を口にあてがってやる。
「しっかりしろ。目を覚ませ」
「……う」
「平気か?」
「さ……さわら、ないで……」
触るな、ときたか。だがもう遅いな。
「まずは水を」
「……う……うぐ……」
ごくり、と水を飲む少女。すると真っ赤な瞳をした目が見開かれ、ものすごい勢いで水筒にかぶりついた。
「あせる必要はない。ゆっくり……そう、ゆっくり飲むんだ」
荒く息をする彼女は、水筒を飲み干して、大きく息を吐く。
「大丈夫か?」
「……」
大きな紅い瞳が俺を射抜く。
心まで見透かされているようで、なんとなく居心地が悪い。
「君は誰だ?」
「……」
彼女はなにも言わない。
「どうしてここに?」
「……」
この質問もダメか。
ずっぱり聞いてみよう。
「君はドラゴンなのか?」
「……違う。でも、そう」
驚きだ。ドラゴンではないのに、ドラゴン。謎かけにしか聞こえない。
「俺はケイオス。君の名は?」
「……」
まだ警戒されているようだな。
「そうにらまないでくれ」
「だって———いっ!?」
彼女は体をのけ反らせて、痛みを訴えた。
改めてスキル≪眼力≫を発動。精度を上げ、分析をする。
さきほどは見えなかった背中側を痛めているようだ。
「打撲だな。待っていろ」
荷物から取り出したのは、いくつかの薬草を混ぜ合わせて作られた湿布薬だ。
「な、なに?」
「怪我に効く鎮痛薬だ。これを貼ってみるといい」
少しだけためらったあと、彼女は薬を受け取り、背中に手を回した。
「……ひんやりするよ」
「効いている証拠だ」
こうしていると、普通の人間にしか見えない。俺をまだ警戒しているようで、眼差しは険しかった。
「腹が減っているだろう。食べるか?」
干し肉を差し出してみる。
動物を手なずけるには、食糧が一番効くはず。
「……いいの?」
「たくさんあるから遠慮するな」
「ありがと……」
よし、成功だ。王都にいた頃は、大家さんちの猫をこれで懐柔したものだ。
「食べながらでいいから教えてくれ。まず、君の名は?」
「セレーネ」
「ではセレーネ。君はさっき、ドラゴンだがドラゴンではない、と言った。その意味は?」
素直には答えてくれないだろうが、一応聞いてみる。
「あたし、竜人だから」
あっさり答えやがった!?
「竜人……聞いたことはないな」
記憶をたどっても、『竜人』という単語は聞いた覚えがない。
「ねえ、ケイオス。あなたはお医者なの?」
「違う」
「でも、怪我したところ、治してくれた」
「俺は『分析士』だからな。怪我が打撲だと分析したんだ。薬もたまたま持ち合わせていた」
周到に準備をしておいてよかった、と思う。
「お願い、ケイオス。一緒に来て欲しいの」
「待て、何の話だ」
「お願い」
わけがわからん。しかし、セレーネと名乗った彼女の表情は必死だった。
「まずは訳を聞かせてくれ。竜人とはなんだ?」
「竜人は竜人。あたしは……みんなを治せる誰かを探してここに来たんだ」
「みんなを治せる……?」
「うん、里のみんなが病気になって、それで」
俺は口に手を当てて、考えこむ。
セレーネの種族は『竜人』。里に病気が蔓延し、治療法、もしくは治療できる人間を求めてここへ来た。
これは夢か?
あり得ないことが立て続けに起こっている。
「竜人とは……ドラゴンになれる、ということか?」
彼女は頷いた。
鳥肌が立つ。いまだかつてない発見だ。竜になれる人間がいるとはな。
「しかし、俺は医者ではない。そして竜人のことも知らない。病気を治すなど」
セレーネは俺の手をとり、訴えかけてくる。
上目遣いで下から覗き込まれると、言葉に詰まった。
これはまずい。NOと言えない雰囲気だ。
「ケイオスの眼はすごく不思議だし、きっと病気を治してくれる」
「!?」
スキルを発動したのがわかったのか?
スキル≪眼力≫は、発動したことが外からではわからないはず。
それを感知するのなら、竜人、というのはなかなかにぶっとんだ存在だ。
「……個人依頼、ということだな」
「なんのこと?」
「俺は冒険者で、魔物ハンターだ。依頼を受けて仕事をする。依頼をするか?」
「うん! お願い!」
「わかった。だが先に断っておく。俺は医者ではない。治せるという保証はないぞ」
「それでも……依頼するよ!」
クエスト発生、だな。さしずめ『病魔退治』といったところか。
我ながらどうかしていると思うが、興味もある。
「じゃあ行こ?」
「ん?」
俺から距離を取ったセレーネは、目を閉じて集中を開始した。
閃光が走り、みるみるうちに巨大な存在へと変わっていく。
人が竜になる瞬間を目撃してしまった。
なんということだ。
現れたのは、美しく、神々しささえ感じる姿だった。
一切の穢れがない白竜。惚れ惚れする。
『ケイオス、乗って』
「ああ」
ドラゴンの背に乗った人間は、この世で俺だけかもしれない。そう考えると、ますます鳥肌が立った。
荷物を回収し、竜と化したセレーネの背に飛び乗る。
『落ちないようにつかまっててね!』
「それはいいがどこへ———うおっ!?」
飛び立った彼女が羽ばたきをすると、一気に加速。
これは気を付けないと。油断したら落ちて死ぬ。
夜の闇を切り裂いて飛ぶセレーネの背から後ろを見る。
アイツフェルンの町が点になるくらい遠くだ。
星座から推測する方角は大陸の南西。俺たちの国からすればそこは未開の地。
危険な魔物が多く住むことから、開拓が進んでいない場所だった。
数時間飛び続け、山脈を越えて森林地帯に到着する。
「こんなに遠くまで来るとはな」
故郷から遥か彼方。前人未到の地に俺はいる。
『もうすぐ着くよ』
空が少し明るくなってきている。もう朝だ。
俺たちが進む先、森林の中にぽつんとある集落が見えた。
「あれが竜人の里か」
高度を落としたセレーネの背から降りる。
早朝ということもあり、人の姿はまだない。
「ケイオス、こっちにきて」
彼女は俺の手を引き、駆け出した。見た目からは想像できないものすごい力だ。
案内されたのは、集落の中でもひときわ大きな木造の邸宅だった。
「待て、セレーネ」
中へ入る前に、セレーネを止める。
「この中に罹患した者がいるのか?」
「えっと……」
「病気になった者がいるんだな?」
「う、うん」
俺は背負っているリュックを下ろして、アイテムを取り出した。
付け焼刃かもしれないが、やっておくにこしたことはないだろう。
「ケイオス?」
まずは防毒マスクを装着。そして手袋をはめる。軽鎧を脱ぎ捨てて身を軽くした。
「なにその恰好」
「気にするな。行くぞ」
毒を使う魔物用の装備がここに来て役に立つとは思いもしない。
人は常に毒や疫病と戦ってきた。先人の知恵というものを軽んじてはいけないのだ。
木造の邸宅は広かった。
広間にいたのは、十人を超える竜人。ほとんどが床に敷いた布団に横たわり、うめいている。
「ここは病院か?」
「ううん、ここはあたしの家。父様が病人用に解放したの」
一番広い家に病人を集めたわけか。セレーネの父は賢明な人物なのだろう。
「病人はこれで全部なのか?」
「他にもいっぱい。ここにいるのは……重症の人たち」
重苦しい雰囲気はそのためか。
「父様は族長で、みんなを治そうとしたのに……」
病気になってしまった、と彼女はか細い声で言った。
「では挨拶がてら、君の父に会わせてくれ」
「わかった」
俺たちは二階に上がって、奥の部屋に入った。
「父様」
「セレーネ! どこに行っていたのだ!」
セレーネの父は見るからに病人だ。頬がこけて、顔色が悪すぎる。なにより、あらわになっている左腕が黒く変色しているのだった。
紋様にも見える黒い痣は腕全体を侵食しているかのようだ。
「父様、人間を連れてきたの。病気がなんなのか、見てくれる」
セレーネの父は俺を見てぎょっとした。
「な、なんだその……珍妙な姿は」
顔全体を覆う防毒マスクが珍しいのだろうな。だが、リアクションを気にしている場合ではない。
「俺はケイオス、セレーネから依頼を受けてきた。すまないが挨拶は省かせていただきたい」
「えー……」
族長の文句はあとで聞こう。
俺は彼のそばに近づいて、スキル≪眼力≫と≪眼識≫を同時に発動。
体を蝕んでいるだろう病魔を視る。
「……!?」
体中の血液循環がうまくいっていない。全体的に体温が低くなっている。
分析をするかぎり、竜人は俺たち人間と変わりがない。明らかに違うのは『魔素』。
魔力の源とされる『魔素』はどんな生物でも持っている。
竜人の持つ『魔素』は息を呑むほどに大きかった。
通常、黄色かオレンジに見える『魔素』が、赤黒く変色している。
変色している箇所をたどると、それは左腕に集約された。
これは、病魔ではない。
別のものだ。
「確か……俺の記憶が正しければ」
荷物から手帳を取り出す。
どこかで見て、記したはずだ。
直接関わったクエストではなかったが、話を聞いてすぐにメモをした。
「あった……これだ」
一度だけ聞いた症状。
魔素が異常をきたして変色し、魔法が使えなくなる。それは精神を蝕み、やがて肉体にも影響を及ぼすもの。
「族長、セレーネ。これは病気ではない」
「なんだと?」
「ケイオス、どういうことなの?」
俺は手帳から目を離さない。
王都の東にある古代の遺跡。通称『ダンジョン』の中で発生したという極めて珍しい事例。
それは———
「呪いだ」
俺ははっきりと告げたのだった。
おまけ・人物紹介
なまえ セレーネ
ねんれい ??
せいべつ 女
ジョブ なし
スキル 炎のブレス
ランク なし
しょぞく 竜人の里
かぞく 父
こいびと なし
ちょきん なし
みため 白髪・紅い瞳・褐色の肌
という感じです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
謎の深まる緊急クエスト編、続きをお楽しみいただければ幸いです。
ドラゴンっていいよね!
よろしければ感想、コメントお待ちしております。




