緊急クエスト・Ⅰ 『ドラゴン』を追え
アイツフェルンに帰省し、魔物ハンターとして活動を開始してから早一か月——
この日の朝は日差しがよく、気持ちが良かった。
クエスト受注の開始時間よりも早く来た俺は、まだ人のいない職業安定所の中で茶を飲みながら時を待つ。
「おう、ケイオス」
「ブライン」
アイツフェルンの冒険者・クラインとは何度か共同でクエストをこなした。
今ではすっかり顔なじみだ。
「おまえさん、今日は早いな」
「ああ、少し体を動かしたくてな」
ロビーの椅子に座った俺たちは雑談をする。
「ところでケイオスよ。おまえさんはエリーシェ嬢とどんな関係なんだ?」
「急になんだ?」
関係とは言っても、魔物ハンターと冒険者省支部の職員としか言いようがない。
「おまえさんたち、仲がいいだろ? エリーシェ嬢もおまえと話す時だけタメ口だし」
「仲は特にいいとも思えんが……会話については俺と彼女が同い年だからだろうしな」
「そうなの?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、おまえさんらってつき———」
ブラインがなにやら言いかけたところで、急に騒がしくなる。
職員たちがばたばたして落ち着かない。
「揉め事か?」
俺とブラインは立ち上がり、やってきた局長のハディスンとエリーシェのもとへ向かった。
「あら、ケイオスちゃん、いいところに来たわ」
「どうした?」
こういう時、なかなかに嫌な予感するものだ。
気づけばブラインはフェードアウトして、別の窓口に行っている。
なんて勘の良いヤツだ。
「エリちゃん、説明してあげて?」
「はい」
二人とも、難しい顔をしているな。
「ケイオスくん、その、ドラゴンが出たらしいの」
「!?」
さすがに驚く。そして、呆れた。
「見間違いだろう」
即座に言い放ったのには理由がある。
ドラゴンとは、魔物の最上位に位置する存在。神のごとき力を持っているとされる。だが、実際には存在せず、おとぎ話の中でしか聞かない生物だ。
つーかいる訳がない。伝承の通りならすさまじく体が大きいのだ。本当にいたら確実に目撃されて、存在が確認されているはずだし。
「昨夜から目撃者が七人。ここの駆け込んできたの」
「七人、か」
一人ならともかく、七人とは。だいぶ多い。
「集団ヒステリーの可能性は?」
「わからない。そうだったらいいのだけれど」
ドラゴン……ドラゴン……うーむ、知っておきたい魔物ではある。
「アイツフェルンで最上ランク冒険者のあなたに調査をお願いしたいのよ」
ハディスンがそんなことを言う。
「指名依頼か?」
「ええ、そうよ。あなたは『分析士』だし、本領でしょ?」
この局長は人を乗せるのがうまいな。ちょっとやる気が出てきた。
「しかし、ドラゴンなどいるはずもない」
きっぱりと言ったが、なぜか局長とエリーシェが笑っている。
「なぜ笑う?」
「だってケイオスくん、楽しそう」
「調べたくてしかたないって顔よ」
む。
しまったな。顔に出ていたか。
「俺は依頼をこなすだけだ。クエストを受注しよう」
カッコつけてみたものの、二人は微笑んだままだった。
職業安定所を出て家に戻る。
このところ、クエストを順調にこなしていたおかげで、潤沢に装備を調達することができた。
時間があれば王都の武具店『カラド・ボルグ』にも顔を出したいところだ。
冒険者パーティー『アカツキ』に在籍していた頃は、報酬が四等分だった。
単独での魔物討伐は、危険が増す分、実入りはかなりデカい。そのおかげでしばらくは生活に困らないだろう。
さて、ドラゴン捜索とはまた変わった依頼だ。滅多な事ではお目にかかれない。
周到に準備をする必要がある。
おそらくスキル≪眼力≫を多用することになるはずだ。
目薬を大量に。
滋養強壮剤もたくさん持っていこう。
他には、できれば高所から様子をうかがいたい。荒縄でも持っていくか。
山登りのためのピッケル。山野を切り開く鉈、手斧。
うーん……今回はあくまで調査だし、武器は少なめでもいいだろう。
しかし、他の魔物と遭遇した時のことも考え、傷薬や消毒液も要る。
あとは毒性を持つ存在に気を付けねばな。防毒用の装備一式もあった方がいい。
それと……(中略)。
よし、これでいいだろう。
ちょーっと多くなってしまったが、相手は伝説の魔物であるドラゴン。用意するにこしたことはない。
時間はまだ昼前だ。日を空ける必要はない。出発するとしよう。
問題のドラゴンが目撃されたというのは、町からそう遠くない山中だという。
さっそく向かった俺は、スキル≪眼力≫を発動し、痕跡を探した。
「特に変わった様子はないな」
強いて言うなら、動物たちの姿があまり見えないことくらいか。
異常とは言い難い。動物は餌を求めて居場所を変える事もある。
夕方まで山中をうろつき回ったものの、変わったものはなかった。
さらに奥へ行くべきか、迷う。
これ以上進めば、魔物の数が多くなる。討伐が目的ではないため、武器類はあまり持ってきていないのだ。
「しかたない。キャンプを張るか」
少しだけ奥へ進み、キャンプが張りやすい場所を探す。
「む」
先へ行った俺は、木々が倒れているのを発見した。
違和感がある。自然に倒れたものではない。
「見ようによっては巨大な物体が通り過ぎたような」
まさかな、と呟く。
スキルで見る光景には、大した痕跡がない。魔物の特徴である暗い魔素も感じなかった。
「≪黒風呂敷≫」
念のため、索敵用の影魔法を発動するも、異常はなかった。
日を改めた方がいいだろう。
そう思った俺は、近くにあった大岩のそばでキャンプをすることにした。
時刻は夕方を過ぎて、夜になろうとしている。
キャンプの準備だ。
「まあ、ドラゴンなどいるはずもない」
神話の中にいるからこそ、神秘的な存在なのだ。
俺はドラゴンと聞いても、倒す気にはなれなかった。魔物とは思えない。どちらかといえば精霊の類に思える。
たき火を起こし、テントを張る。
食事は用意しておいた保存食。
大岩に背を預けて、休息をとる。
「明日も捜索し、なにもないようなら引き上げだな」
たまにはこんなクエストもいいか。
などと思いながら、さらに深く背を預ける。
「ん……?」
なんかいま、岩に弾力なかった?
気のせいだろうか。
うなり声も聞こえる気がするな。
空いた手で背後の岩を触ってみる。
少し暖かいくらいで、特に異常もな———
「暖かい……?」
俺は硬直した。
顔中からいやーな汗が大量に噴き出る。
ゆっくりと顔を右に向ける。
夜の闇の中に光る二つの眼。
「……これは現実か?」
巨大な爬虫類の顔が俺を見ている。
顔から首をたどっていくと、俺が背を預けている大岩は、大岩じゃなかった。
ドラゴンの、体だ。
うそーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん‼
ほんとうにいるんかーーーーーーーーーーーーーい‼
即座にスキル≪眼力≫を発動。
中心部にある魔素の塊から魔力が生じ、首を通って口に集まっている。
まさかとは思うが、ドラゴンのブレスなのか。
「≪影の中の黒子≫!」
影魔法を発動。
俺が影の中へ入った直後、空間を盛大な炎が通り過ぎていく。
死ぬところだった。
(それにしても、本当にいるとはな……)
興奮が抑えきれない。衝撃の事実だ。
ドラゴンは実在した!
影の中から様子をうかがうと、ドラゴンは首をフラフラさせる。
具合が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。
そして、ドラゴンは首を地に着けてぐったりし始めた。
さらに驚くべきことが起きる。
ドラゴンの体が光り始めたかと思うと、縮んだのだ。
俺はすぐさま影から跳び出して、確認を行う。
そこに倒れていたのは———
ドラゴンではなく、少女だった。
おまけ・クエストについて
クエストには様々な種類が存在する。『討伐』『探索』『採取』『捕獲』『賞金首』『護衛』『運搬』など。
冒険者省を介しての受注がメインだが、指名依頼や個人依頼もあり、多種多様。
大陸においてまだ戦争が行われていた頃、自国の兵を使いたくない国々が民間に依頼した苦肉の策より始まった。
大陸がほぼ統一された後も、正規の兵をクエストに使うことはない。
これは、正規兵の育成に使ったコストが、クエスト時の死亡などによって回収できなくなることを懸念してのことで、いまだに冒険者は需要に事欠かないのである。
長い歴史の中で、王都圏に人が集うようになり、地方の冒険者は多くないのだが、昨今、魔物の発生が頻発しているせいで、地方は人手不足。
冒険者の平均月収は3500G前後とされており、他業種と比べてかなり高い。その分危険も多いが。
※成人のひと月にかかる生活費は1000G~1200G
という感じです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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