マネー・モンガー
新たに命名された魔物『影豹』との死闘から三日が経つ。
影の中に入るという恐ろしい術を使う魔物の危険度は、AAランクと認定され、公開される運びとなった。
今回の討伐によって俺は冒険者個人ランクが十級から一気に三級とアップし、より高難度の依頼を受けやすくなる。
しかし、自分にとってもっとも大きい収穫だったのは、新たな魔法を習得したことだ。
俺は『影豹』をコピーすることで得たこの力を『影魔法』と名付ける。
そして朝。
いつもと同じく職業安定所に顔を出し、受付へと向かう。
「エリーシェ」
「ケイオスくん、おはよう」
彼女の顔がなんとなく明るい。なにか良いことでもあったのだろうか。
「王都の話、聞いた?」
いきなりなんのことだ?
「王都の話、とは?」
「アカツキの話。なにも聞いてない?」
初耳だな。
アカツキは俺がかつて所属していた冒険者パーティー。クビにされたことで故郷へ戻ったという経緯があるわけだが。
「クエストを連続で失敗したらしいの。Bランクに降格ですって」
「なに……?」
聞き捨てならない話だ。アカツキのメンバーであるジャスティンたちは、若いながらも屈強な者たち。
「信じられないな。あいつらは強いし、何かの間違いでは?」
そう言うと、エリーシェは頬を『針風千本』のように膨らませた。
ちなみに『針風千本』は膨らんで破裂し、針を飛ばす魔物だ。
「なぜ怒っている」
「怒ってません!」
わけがわからんな。
「ケイオスくんをクビにしたのだから当たり前よ」
「そうなのか?」
「……鈍感」
へ? なんか俺、まずいことを言ったみたいだな。
しかし俺とアカツキの縁は切れている。興味がないと言えば嘘になるが、いまはクエストをこなしたいのだった。
「討伐依頼はあるか?」
「いくつかあるわ」
エリーシェから何枚かの書類を受け取り、目を通す。
どれも小物だが、放っておくことはできない。
「すべて引き受けよう」
「全部!?」
「ああ、三級に上がったからな。問題はあるか?」
「いいえ……でも、怪我してるから」
怪我はもう治った。むしろ以前よりも快調なくらいだ。力が溢れ出て止まらない。
「心配なのだけれど」
心配をかけるのは本意じゃないが、習得した影魔法を試したい気持ちが勝った。
「エリーシェ、俺は分析士だ。自分のことも分析している」
「それはそうだけど……なんだか少し、嫌な予感がして」
俺は少しだけ考えた。
「覚えておこう。無理はしないことにする」
「うん」
彼女の助言にはいつも世話になっていた。無視はできないだろう。
職業安定所を出て、家に戻り準備をする。
今回の討伐対象は『人面犬』『火トカゲ』『アラドワーム』だ。
魔物の特徴を記した手帳をもとに、対策を決め、荷物をまとめる。
「さて、行くか」
俺は家を出て、目的地に向かった。
そして夜。
三種の魔物をわずか一日で全て討伐し終えた俺は、キャンプを張り、たき火の前で体を暖める。
「影魔法……すさまじいものだ」
いつになく興奮している。
新たに習得した『影魔法』の威力はとてつもない。『人面犬』『火トカゲ』『アラドワーム』を苦戦することもなく倒せた。
「……影魔法≪影ノ槍≫」
魔力を込め、イメージを形にする。
たき火より伸びる俺の影から、数本の黒い槍が突き上がった。
「≪黒風呂敷≫」
今度は俺の影が円形に拡張し、辺り一帯を覆う。
≪黒風呂敷≫の上にあるもの全ての動きを把握できた。
「攻撃に索敵……魔物討伐の幅が広がるな」
手札は多いほどいい。
しばらくは影魔法の開発研究に時間を割いてもいいだろう。その価値はある。
そうして試用を続けていた時、なにかが≪黒風呂敷≫のテリトリーへ入ってくる。
足が二本。意思を感じることから、人間と推定する。
「誰だ?」
「……俺だよ、ケイオス」
月明かりの下、俺のキャンプにやってきたのは———
「ルールス?」
見事な長身と引き締まった体躯。鋼の鎧と大盾を持った灰色の髪と瞳の男。
分析するまでもない。王都の冒険者、天職『聖騎士』を持つルールスだ。
かつてともにクエストへ挑んでいたアカツキのメンバー。仲間だと思っていた人間だ。
俺をクビにし、寝ている間にすっぱだかで路上に放ったヤツが何の用だ?
「久しぶりだな」
「……なにか用か?」
「友達に会いにきてはいけないのか?」
友達になった記憶はないが。
「ただ会いにきたとは思えないな」
ルールスは顔に笑みを張り付かせた。
「なあ、ケイオス。金を貸してくれないか?」
久しぶりに会ったと思えば、金だと?
これにはため息をつく以外ないだろう。
「金があるように見えるか?」
「……しらばっくれるなよ。おまえ、結構持ってるはずだ」
「何の話だ?」
「なあ、教えてくれ。あるんだろ? 金づる」
ルールスがなにを言っているのか、俺にはわからない。
おおっぴらに言えることではないが、王都にいた頃は万年金欠。依頼の準備を整えるのでいっぱいいっぱいだった。
「ルールス、頼む相手を間違えているぞ。ジャスティンかライトに言えばいい」
「あいつらはダメだ。がめついし、大した金は持っていない」
違うな。
ルールスは嘘をついている。
発動したスキル≪眼力≫によってもたらされる情報は正確だ。
暑くもないのに汗をかき、小さく足踏みをしている。緊張と焦り。メンバーには言えない事情があるのだろう。
「なぜ金がほしいんだ」
「父の病気が悪化したんだ。治療には金がいる」
ああ、今度はそういう設定か。
「おまえ、クエストに行く前、とんでもない量のアイテムを用意してただろう? しかも毎回だ。いい金づるがあるとしか思えない」
「……」
俺は首を横に振った。
「それは違う」
「なに?」
「俺は『アカツキ』としてクエストをこなした後、夜に単独で活動していた。その報酬を魔物退治の準備に当てていただけだ」
「はあ?」
失せ物や人の捜索。『分析士』としてできることを、手が空いた時はなるべく受注するようにしていた。
「おまえの勘違いだ。ルールス」
「ふ、ふざけるなよ! 俺たちに何も言わず勝手に……」
「言う必要はない」
なーんで夜まで監督されなけりゃならないんだ。プライバシーという言葉を知らないのか?
「ルールス、病気なのは妹じゃなかったか? それとも、家族全員が病気なのか?」
「!?」
聖騎士の顔色が変わる。
「俺はおまえがギャンブルに興じていたことを知っている。その様子だと負けが込んでいるようだな」
「ち……違う!」
「頼む相手に嘘をつくとは、見損なったぞ」
ぎり、とルールスは唇を噛んだ。目が細くなり、殺気が滲み出る。
「い、いいから金を貸せ!」
「おまえに貸す金はない」
きっぱり言い放つと、聖騎士は剣を抜いた。
「これは命令だ。命が惜しければ金をよこせ!」
なぜそうなる。ほんとうにやる気なのか、ルールス。
「何度も言わせるな。おまえに貸す金はない」
貸そうとしたところで、大した貯金もない。言ってて悲しくなるが。
「どうやら痛い目を見ないとわからないようだな……」
もはや後には引けないか。
俺もまた剣を抜いて、巨躯の聖騎士と対峙した。
ルールスはレアジョブを持つ、王都でも屈指の戦闘者。圧力が凄まじい。
しかし、なぜか負ける気がしない。
強く重い踏み込みと同時に、ルールスが剣撃を繰り出す。
スキル≪眼力≫は発動したままだ。
ヤツの攻撃を瞬時に予測し、読み切る。
思ったよりもだいぶスローな一撃を、横に移動してかわす。
次いで放たれた横薙ぎも屈むことで空振りさせた。
即座にものまね士のスキル≪瞬間模倣術≫を発動。
空いた体にこちらが剣を叩きこむ。
鉄よりも固い物体の手応え。さすが防御特化の天職『聖騎士』だ。一筋縄ではいかない。
「お、おまえ……」
ルールスは驚いている。
「いまのは……俺の剣技……」
「ものまねさせてもらった」
「ちいっ! こすい真似を!」
何度やっても同じだ。
ものまね士のスキルは、記憶の中にある動きをわずかな間だけ再現できる。
ルールスとは四年以上一緒にやってきた。動きは常に見ていたし、癖も把握している。
「無駄だ」
「ぐうっ!?」
攻めを弾き、隙を突く。ルールスの巨体が跳ね、剣を落とした。
「お……おかしいだろ!? なんで……分析士風情が」
「ずっと鍛錬を続けていた」
「そ、そんなもので差が埋まるはずはない! 天職の能力補正だぞ!」
天職の能力補正は高位の職であるほど高くなる。
言いたい事はわかるが、埋められないこともない。
「俺はおまえたちに感謝している」
「なにを……」
「俺はクビにされたことで、ようやく自分がわかった。己の力を見つめ直すことができたんだからな」
「なんだって……!?」
ルールスは恐れを抱いている。
俺に向けられる目は、以前と違った。
「なあルールス、いまどんな気分だ?」
「ああ?」
「俺は分析士だ。後学のために聞いておきたい。これまで見下してきた相手に圧倒的な差を見せつけられる気分とは、どんなものだ?」
純粋に興味がある。ルールスはレアジョブを授かった強者だ。分析士風情に追い詰められた気持ちを知りたい。
魔物と戦った時に参考となるかもしれないしな。
「てめえ……殺してやる!」
「……≪影の中の黒子≫」
大盾を前面に押し出してスキルを発動する聖騎士に対し、魔法を発動。
影の中へと入った俺は、ルールスを下から見上げた。
『消えた……だと! 逃げるな! カス野郎が!』
おいおい、カスとはまた、傷つくな。
影の中を移動し、ヤツの影から飛び出る。
剣を振るい、がら空きの背中を斬りつけた。
手応えはあった。ルールスは倒れ、うめき声を上げる。
しかし、致命傷にはならない。俺はルールスの防御力を信頼している。
殺すつもりもないしな。
「なっ……なにを……しやがった……」
荒く息をして立ち上がるヤツの目には絶望があった。
跳んで下がるルールス。
その拍子に、なにかが地面に落ちる。
月明かりを受けてきらめく物を見て、俺は絶句した。
ひどく見覚えのある装飾品。これは———
「…………ルールス、なぜ、おまえが…………これを持っている?」
拾う手が震える。
落ちていたのは、金のブレスレットだ。
「……それは……俺がかっ、買った、物だ」
「ふざけるな。これは……ミューズ夫人の物だ」
王都にいた時、近所に住んでいた老婦人が身に着けていたブレスレット。
見間違えるはずもない。
だって俺はこれを……失せ物探しで見つけているんだからな!
「違う! それは……そう! 拾ったんだ! だから———」
「ならばなぜ血がついている? どこで拾った? どのような状況だった? 死体から剥ぎ取ったのか?」
「あ、あのババアが悪い! 素直に金を寄こさないから———」
「なんということを……」
信じられない。
いくらギャンブルに狂っていたからといって、人を殺すのか?
おかしいだろう。ミューズ夫人は善良な人間だった。そのような死に方をしていい人じゃない。
俺はルールスを見る。
悪びれもしない表情。考えているのは保身だけ。
「……俺が王都を出る直前、辻斬りが出ていた。おまえか?」
「……」
返事はない。肯定と受け取る。
ルールスに対してではなく、自分自身に対して激しい怒りが込み上げてくる。。
なにが『分析士』だ。俺は何一つ気づけないままだった。ミューズ夫人を見殺しにしたのと同じじゃないか。
「ルールス、貴様は魔物だ。金の亡者という名の」
「なん……だと……?」
「俺はケイオス。アイツフェルンの魔物ハンター。もはや容赦はしない」
「う……うがああああああああああああああああ!」
ルールスが素早い動作で剣を拾い、襲いかかってくる。
交錯する剣と体。
数瞬の後、悲鳴を上げたのは———ルールス。
「アアアアアアアアア!? 俺のっ! 俺の手がアアアアアアアアア!」
ヤツの右手首から上が地面に落ち、大量の血が断面から噴き出す。
勝負は決した。もう、終わりだ。
「た、頼む! 命ばかりは助けてくれ! 俺たちは仲間だろ? な? な?」
見事だった体格がいまは恐ろしく小さい。そう錯覚するほどだった。
「殺しはしない」
「ほんとうか?」
「ああ、だが……警備隊に出頭しろ。俺が付き添ってやる」
「わ、わかった! 罪を償う!」
そうか、と呟き、剣をしまう。
ルールスに背を向けて、荷物を取りに向かった。
その時だ。
ヤツが立ち上がり、大盾を振りかぶる気配がした。
信じようとしたわずかな期待が消える。
影魔法を発動。
「≪影ノ槍≫」
影から突き出した黒い槍が聖騎士の肉体を串刺しにする。
「あがっ!?」
影の槍は急所を貫く。
聖騎士は力を失い、生を終えた。
ルールスは最初から最後まで嘘をついた。俺はそれがわかっていたから背を向けたのだ。
分析は正確だから、ルールスが背後から襲いかかってくることもわかってしまった。
「……魔法防御にも気を遣えと……あれほど言ったじゃないか。ルールス」
俺の呟きを聞く者は誰もいなかった。
おまけ・人物紹介
なまえ ルールス
ねんれい 十九
せいべつ 男
ジョブ 聖騎士
スキル 馬術≪レベル8≫/聖盾/シールドチャージ/シールドバッシュ/シールドパリイ/フラッシュライト/リフレッシュフィールド//斬突打耐性(特大)/炎冷風土耐性(大)
ランク Bランクパーティー 個人ランク 六級
しょぞく 王都アーヴェス・冒険者 パーティー名『アカツキ』
かぞく 父・母・妹
こいびと なし
ちょきん 借金まみれで首が回らない
みため 灰色の髪・灰色の瞳
いかがでしたでしょうか。
ケイオスの逆襲でした。
『アカツキ』という殻を破ったことで、飛躍した男はさらに……
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回より第二章となります。
また来てネ!
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