闇の呪縛 第1章-7
前回から引き続き、麗と神奈の話です。
今回で第1章は一区切りです。
過去の黒歴史から派生し、これまでの神奈のやらかし話を問いつめること十数分。気がついたら車は、診療所で停車していた。
2人は車を駐車場に移動させ、診療所に入ろうとする。
「さて、とりあえず休みましょう。彼はおそらく、疲れ果てて眠ってるはずだし」
「そうですね」
神奈は鍵を取り出し、診療所の扉を開けようとする。だが、
「鍵がかかってない?」
施錠されていない診療所――すなわち、誰かが侵入している。
「ここを出る時、貴女か皆葉君かが、閉めたんでしょ?」
「ええ、私たちがそんなポカをすることはないです。ということは」
招かれざる客による来訪。その可能性がよぎると、神奈は動いた。診療所の扉に触れ、”生命”の魔力を流し込む。
「――中にある生命反応は2つ。診察室で待機しているようです」
「敵?」
「分かりません。ただ、相手が魔術師なら、今の生命探知で向こうも気づいたでしょう。にも関わらず、動く気配がない。だとしたら」
・相手は魔術師ではない。
・相手は魔術師だが、敵対する存在ではない。
「このタイミングで来るなら、さっきの女の関係者でもない限り、私たちに敵対する人間ではないと思うのですが……」
「まあ、分からないよね。なら、行くしかないか」
色々可能性を考えても、今の状況では詮無きこと。そう割り切り、2人は診療所の中へ入っていく。
相手の出方が分からないので、2人は堂々と、反応があった診察室へと前進する。診察室に入ると、そこには生命探知で反応があったとおり、2人の人間がいた。
1人は、神奈も麗も知っている竜律華。彼女はベッドで眠っている。
もう1人は、白衣を来た見慣れない男。丸椅子にかけて律華の容態を見ているようだった。男は診察室に入ってきた少女たちを見ると、
「こんばんは」
と挨拶してきた。
「あ、どうも……こんばんは」
つられて、麗は返事をする。一方、神奈はというと、
「貴方は……神刹那さん?」
思い当たる人物の名前を口にした。
「いかにも、私は神刹那ですが、どこかで面識が?」
「あ、私……は……」
「神奈ちゃん?」
どうして言い淀むのだろうか。神奈は皆葉のいとこのはず。なら、そう言えばいい。いや、それならどうして、神刹那は神代神奈を知らない?
疑問はあるが、困惑したまま話が進まないので、麗は自分から話をすることにする。
「あー、神さん。彼女は神代神奈。皆葉君のいとこと聞いてますが」
「神代……ああ、弟のところか。皆葉と歳が近い子がいるって話だったかな? それで、君は?」
「私は円麗。皆葉君の友達です」
「友達……そうか。それで、君たちはこんな深夜に、何の用が?」
「実は……」
麗は状況をまとめ、刹那に伝える。
「なるほど……奴が現れたのは、”神の道化”に惹かれたからか。それに、皆葉も”神の道化”になってしまうとは……。それで君たちは、ここに休息に?」
「ええ。元々は皆葉君も一緒だったので、物も置いてあるここに来ました。ただ彼は、新たな”神の道化”に同行する羽目になったわけですが……」
「そうか。契約術式で停戦状態なら、すぐに危険なことはないだろうから、ひとまずは放置して良いだろう。今の問題は……彼女だ」
刹那がベッドで眠る律華を指す。
「律華クンは今、休眠状態だ。今の私にできる限りの治療はしたが、彼女の固有能力――龍人化はおそらく当面使えない。暁光冥に破れた時、龍人化を強制的に解除されてしまい、生身で奴の一撃をもらってしまったからだ。
すぐに治療したが、生命活動を安定させるのが精一杯で、正直いつ目覚めるかも分からない。”生命”の神霊結晶が使えれば、話は違うのだが……」
「今の貴方は”神の道化”ではないから、それは無理、と」
「そうだ」
「……前から疑問に思っていたんですが、どうして貴方は生きているんですか? 貴方は”神の道化”ではないとおっしゃった。だとしたら、生きていられるはずがない」
「……悪足掻きが上手くいったからさ」
「悪足掻き?」
刹那は語る。
「10年前、暁光冥と対峙した際、破れて神霊石を失った。だがその直前に、魔力をため込んだ宝石――サブタンクを使って、新たな心臓を生成した」
「……では、暁光冥は”生命”の神霊石を手に入れたのでは?」
「いや、そこも足掻いた。当時の私は、”生命”の他に3つ、神霊石を持っていた。奴が私から4つの神霊石を奪って油断したタイミングを見計らって、さらに”生命”の神霊石を奪い返した。だが一度奪われた神霊石は、私の中に戻すことはできなかった。
そこで私は、神霊石を遙か彼方へと飛ばした。”生命”使いは魔力の消費が激しいから、サブタンクを多めに持ち歩くのが基本だからね。もう一つのサブタンクごと神霊石を投擲し、サブタンクには鳥に変化するよう細工をした。
鳥は神霊石を持ってどこかへと飛び去っていったよ」
「それで、暁光冥は”生命”の神霊石を入手できなかった?」
「そうだ。神霊石を投擲した後、当然奴は神霊石を追跡しようとしたよ。だが奴も相当疲弊していた。瀕死の私だったが、どうにか牽制し続けて、追跡を妨害できた。
まあ、稼げたのはものの数分だったが、鳥が飛んでいく時間としては、多分十分だったんだろう。今でも”生命”が奴の手に渡っていないようだからね」
「……」
刹那の話を聞いて、麗は考え込む。
(10年前、暁光冥は”生命”を入手できなかった。おそらくこれは正しい。じゃあ、その”生命”はどこにいった?)
目の前の神刹那も”生命”を所持していない。ならば、誰かが拾ったと考えるか、それとも誰にも見つからないところに運ばれたか。
(仮に……仮に幼い子供が神霊石を手に入れたとしたら、その子供は”神の道化”になるのか?)
麗は隣で黙りこくっている神奈を見やる。
神奈は刹那と対面してからずっと、無言を貫いている。彼女の立場からすれば、刹那に言いたいことや聞きたいことがあるだろうにも関わらず。
(面識がない……刹那の反応はそんな感じだった。だが、この子は?
同じように面識がないようではある。でも『神刹那』であることを確認してからは、何かを怖がっているように、口を開こうとしない?)
麗はこの日、神奈から内に秘めた想いを聞いた。その時は「どうでも良い」とはねのけたが、やはりそれでは済まないようだった。
(自分の出自が不安になった……か。でも今は、そこを考えてる場合じゃない)
「……話を戻しましょう。それで神さん、律華先生は、何もなければとりあえずは大丈夫ということでよろしいですか?」
「ああ。目覚めがいつかは分からないが、こうして寝かせておく分には、数日程度なら問題ない。当然、長期間になると、筋肉の萎縮だとかいった問題は出てくるが」
「なら……やはり皆葉君に治療してもらうのが望ましい、と」
「そうだね。ただメモリを消費するから、できれば闘いの後で余力があるタイミングが良いね。それと、初めて会った君たちに頼むのは大変恐縮だが、律華クンのことを任せても良いだろうか?」
「……貴方は?」
「私は、あの男を追わなければならない。戦う力はほぼないが、奴によって傷つけられる人の助けになることはできるから」
「……皆葉君とは会わないんですか?」
「…………会いたいとは思う。だけど、どんな顔をして会えば良いのか……分からないんだ」
「……そうですか。でも今は深夜です。ここを発たれるのは、夜が明けてからでも良いのでは?」
「……そちらの子が構わないなら、私としてはそうしたいが」
「……ッ、私なら、別に構いません。ここはもとより、貴方の診療所なんですから」
数秒遅れて、神奈は返答する。
「なら、お言葉に甘えるとしようか。私は自室で寝るので、君たちは好きにしてくれ」
刹那は診察室を後にする。
「……ねえ、神奈ちゃん」
「何です?」
「どうしちゃったの?」
「どう、とは?」
「神刹那さんと出会ってから、終始だんまりじゃない」
「それは……何を言えば良いのか、分からなくて……」
「数時間前に話したことと関係する?」
「ええ……」
「そう……でもまあ、今は寝ましょ。さすがにこの時間帯まで活動してて、疲れたわ」
そう言うと、麗は以前皆葉が眠っていた部屋へと前進する。
「何だろう……懐かしさというのか、親近感というのか。この、よく分からない感覚は……」
神奈は胸に手を当て、一人ごちた。




