闇の呪縛 第1章-6
草木も眠る丑三つ時。ほとんどの経済活動が停止している最中、1台の車両が高速で動いていた。
乗車しているのは2人の少女――円麗と神代神奈。
皆葉と別れてから、車内はずっと無音だった。そして、能面のような表情で前方を見据える神奈を横目に、麗はいい加減耐えきれず、声をかけることにする。
「はあ……そろそろ落ち着かない?」
「……」
「神奈ちゃん?」
「……大丈夫ですよ、麗さん。私は落ち着いています」
「そうは見えないから……言ってるんだけど?」
「そうでしょうか?」
麗は神奈を見やる。その瞳は一切の光を放たない、深淵の闇のように真っ黒だ。
「私から見て、ものすごく怒っているように見えるけど?」
「そんなことないんですけどねぇ……ただ」
神奈は笑顔を浮かべ、
「あの女をどうやって始末してやろうかって、ずっと思考しているだけなんですよ」
にこやかにその想いを口にした。いざ口にすると、神奈は矢継ぎ早に言葉を吐き出す。
「今の条件だと、私たちがあの女に手を出すと、兄さんの休戦状態が解消されてしまう。ならば、どうするか?」
一つ。不知火アンの思考の埒外から、一撃で片づける。
一つ。1週間と言わず、皆葉が回復してきたようなら、攻撃できる環境を整えて叩く。
「ざっとこの2パターンとは思うんですが、さっき私が攻撃した時、あの女は易々と防ぎました。長距離から狙撃しようにも、まずそれを可能とする技量が私にはありません。たとえ他の人間に協力を取り付けたとしても、狙撃を許す状況下にあの女が身を置くとは考え難い。なので、多分前者は採用できない。
なら後者はというと、私としてはすぐにでもやりたいところですが、兄さんが回復するまでどの程度かかるか……おそらく3日あれば体力と魔力は十分だと思います。ただ兄さんの心情的に、直ちにあの女と闘いたいかというと、それも微妙なところで……はあ」
言い疲れたのか、いやこの不満な状況をすぐに解決できそうにないことにやきもきしたのだろう。ため息を吐くと、再び神奈は黙りこくってしまう。
「……ふう」
目をぱちぱちと数回瞬きし、麗は胸をなで下ろす。
「その調子だと、とりあえずは大丈夫そうね」
「だから、そう言ってますよね?」
「いやね。貴女の様子からして、今すぐにでも引き返して、あの子を殺そうとしないか、心配になったのよ」
「……さすがの私でも、そこまで直情的じゃありません」
「ふーん……今の貴女なら、そうなのかもね」
「今の私?」
「私の知らない、以前の貴女なら、短気を起こしてたんじゃない?」
「…………否定は、できないですね」
いつか皆葉に自分の行いを問いつめられた時、同じような問答があった。その際は明確な答えを言えず、沈黙した。
だが今の自分なら、おそらく『そのつもりはない』と言えるのではないだろうか。
「人は……変わるものですね」
自分の変化を振り返り、神奈は呟く。
「貴女と関わるようになってから、どうも丸くなっちゃったのかもしれません」
「私のせいだって?」
「いいえ。貴女のおかげで、です」
神奈は微笑を浮かべる。
「……貴女、そんな顔で笑えるんだ」
「麗さん?」
「いいんじゃない? 彼以外が相手でも、そんな感じで振る舞えれば、色々上手くやれると思うわよ。恋敵を排除するにしても、友好関係を構築して、やんわりと自分から引き下がるようにするとか、ね」
「――ああ、なるほど。そうすれば、麗さんにしても、水無月メイにしても、引き下がるようになると」
「あの女はわかんないけどね。私は別に、好意は持ってるけど、恋愛的な意味で好きかと問われれば、微妙なとこよ。
私としては、あんたらと一緒にいると、色々と楽しそうでいいなって思うだけ」
「……ふむ」
神奈は指を口に当てて考え込む。
「…………あ」
「どうしたの?」
「いえ、これまでの私の行動を振り返ると、さっき会ったあの女――不知火アンに、覚えがあるような……」
言いづらそうに、ごにょごにょと、
「中学の時……やたらと兄さんに近づいていた男か女かを、排除したような……」
冷や汗をかきながら、神奈は過去の黒歴史を口にした。
「…………はあ」
それを聞いて麗は、
「か! ん! ぜ! ん! に! 私怨でしょうが! 彼じゃなくて、あんたに対する!!」
吼えた。
「それを聞いてよーく分かったわ! さっきの契約条件の理由もね!
あんな条件、あの子にメリットはほぼない――いえ、皆葉君にしかメリットがない内容! でも他の要素――あんたに対する『嫌がらせ』っていうのをポイントにしたら、合点がいく!
要は、彼とベタベタすることによって、あんたに対する復讐をしてるようなものよね! どうなの!?」
「あー、えー、そのー……」
「図星よね!? それと、さっきの男か女か分からないってのは何!?」
「それは……あの時兄さんに絡んでたあの女らしきのは、たしか体育祭か何かで怪我をして、兄さんが手当してたのを目撃したんですが、男女が判別できなかった気が……『ボク』って一人称だったし……」
「ふーん……たしかに、あまり出るところは出てなさそうな見た目だったし、髪が短ければかわいい男の子にも見えなくはないか」
「ええ。それでさっき会った時も、すぐには記憶と符合しなくてですね」
「それは置いといて、どうすんの? 過去の行いが、ブーメランで返ってきてるけど?」
「……ふう」
神奈は深呼吸をする。表情を引き締め、
「さっきの二つ目の案で行きます。兄さんと連携して、あの女を出し抜く機会を窺い、そして叩く」
凛とした声で応えた。
次回もこの二人の話になります。




