闇の呪縛 第2章-1
またこの夢か。何度見たか分からない程繰り返される悪夢に遭遇し、夢の中でわたしは悪態を吐く。
その日は雷雨だった。
激しい雨音と雷。幼いわたしには、ひどく怖いものと感じた。
だが、本当の恐怖は、自然現象ではなかった。
わたしが住んでいたのは、大きな屋敷。一般的な庶民には到底購入できないような代物。当然、真っ当な仕事を親はしていない。
当時のわたしは知らなかったが、父親はその力を巧みに使い、様々な非合法な仕事をこなしていたのだろう。
出張と称して出稼ぎに行き、その度にプレゼントを買ってきた。
ちょうどその日は、父親が出張から帰ってくる日だった。だがあの日は、いつもの出張とは違った。
出迎える母親とわたしたち。普段なら、父親はその稼業とは結びつかない朗らかな笑顔をわたしたちに向けて、『ただいま』を言う。
でもその時、父親は違った。邪悪な笑みだった。手に持っているのは、プレゼントではなく大きな鎌――死神が持つような、命を刈り取る物。
父親は笑みを浮かべたまま、母親を切り刻んだ。
雨音に消されているが、近くにいたわたしたちには、母親の絶叫が聞こえた。あの叫びは、今でも容易に思い出せる。
わたしには、何が起きたのか理解できなかった。楽しそうに鎌を振り続ける父親。泣き叫ぶ母親。そして、事の異常さに直ちに反応する姉。
姉は、わたしを抱き抱えてすぐに屋敷を出た。母親のことは、直ちに見捨てたのだろう。到底助かるような怪我じゃないのは、誰から見ても明らかだ。幸い、父親は母親に夢中のようで、止められることなく脱出できた。
屋敷を脱出したわたしたちは、すぐに交番に行き、事情を話した。警官2名が屋敷に向かったが、既に父親の姿はなく、無数の切り傷をつけられたむごい遺体が1つ、あるだけだった。
あの日以来、わたしたちは親類に引き取られたが、姉は高校を卒業すると同時に、親類の家を出た。それっきり、姉と再会することはなかった。
そしてわたしは、親類の家に厄介になりながら、実家に足繁く通った。父親がなぜ錯乱したのか、なぜあんなに楽しそうに母親に暴行を加えていたのか、知りたいからだ。
不幸中の幸いと言うべきか、残された実家や財産は、親類が横取りすることなく、わたしたちが相続できた(屋敷や財産は母親の名義だったことと、父親が母親を殺害したということから、相続人はわたしたちしかいなかった)。
何度か実家を訪れる内に、色々事情が見えてきた。
父親は魔術師であり、その中でも非合法な仕事を担うはぐれ者であること。
父親は不定期に開催される、命をかけた闘いに参加していたこと。
それら以外にも、魔術関係の蔵書が多数あった。おそらく姉は、わたしより先に、資料や蔵書を見つけたのだろう。わたしから距離を置いたのも、父親と対決するためにわたしを巻き込みたくないという思惑があったからかもしれない。
でもわたしは、もう一度父親と会いたかった。なぜあんな表情で母親を殺したのか。豹変ぶりが、理解できなかったからだ。
――夢は、いつもなら父親の蔵書を漁っている途中で終わる。だけど、今回は違った。
切り替わる景色。わたしがあの事件と匹敵するようなトラウマと認識しているのは、およそ数ヶ月前の中学校。
わたしは、一人の少女と言い争っていた。同学年の、緑色の髪をした、綺麗な少女。
彼女は、わたしがある少年と接触して楽しげに会話をしているところに、突如割り込んできた。わたしは乱暴に手を取られ、人気のないところへ連行される。
彼女はわたしから、少年と接触した経緯を聞き出す。一通り話をすると、彼女はわたしを解放する。
だけど、去り際に一言。
「今後、彼と関わらないでください」
立ち去ろうとする彼女を引き留め、わたしは問う。なぜ、と。
彼女は言う。自分以外の人間に関わらせたくない。みんな、彼を迫害する、と。
わたしは否定する。それは違う。貴女の本音は、自分以外の人間に彼を取られたくないだけだ、と。
彼女は黙る。それから彼女は、口を開くことはなかった。でも、身体が動いていた。
いつの間にか、わたしは左頬を叩かれていた。
わたしは咎めようとする。だけどその前に、往復する右手が今度は左頬を叩いていた。
さらにわたしは口を開き、彼女を咎めようとする。でもその度に、彼女は暴力に訴えた。
ーーわたしは、何もできなかった。彼女は常人からはほど遠い身体能力の持ち主で、魔術をかじった以外は非力な人間であるわたしには、どうしようもなかった。
いつまでそれは続いたのだろうか。わたしの頬は赤く腫れ上がり、涙がボロボロとこぼれ落ちていた。
一方、彼女は癇癪を起こした幼い子供のように、興奮して息を荒げていた。
わたしが何も言わなくなると、彼女は呼吸を整え、その場から立ち去っていった。
* *
小鳥の囀りとともに、目が覚めた。
隣には、当時興味を持った少年が眠っている。
安らかに眠る少年を横目に、わたしは思わず笑みを浮かべる。
・彼が闘いを終えて消耗している。
・彼の側に、お荷物になる人質がいる。
この条件が揃った場合、彼は逃げられない。わたしの条件を受け入れるしかなくなる。
その確信は、当時からあった。彼は優しいから、妹や友人を見捨てられない。
一方で、その人質になる妹は、たいてい彼の近くにいる。今回にしてもそうだった。まあ、もう一人オマケがいるのは想定外だったけど。
多少予定外なこともあったが、思惑通り、彼と妹を引き離すことに成功した。妹の気質からして、わたしが彼と接触するのを目の前で見せられて、我慢できるわけがない。
さあ、お楽しみはこれからだ。彼に触れて見ても、起きる気配はない。髪が半分ぐらい青くなっているから、おそらく”水”の神霊石との同調が途中なのだろう。
わたしは舌舐めずりをする。
試しに唇をつけてみる――起きない。
上着をはだけさせて舐めてみる――起きない。
彼が起きる気配は一向にない。
わたしの手は止まらず、エスカレートする一方だ。
胸が高鳴る。異性に触れて興奮しているのか、あの女の大切なモノを汚すことで高揚しているのか――理由はどうでも良い。
わたしは――――止まれなかった。
* *
「……………………」
好き勝手に身体を蹂躙されていく。
身体を動かそうとしても、契約条件に抵触しそうで、言うことを聞かない。
不幸中の幸いか、奴は眠っている。
知っているのは、2人だけ。
ならば…………まあ、良いか。
次回は、麗視点からの話を予定しています。




