闇の呪縛 第1章-3
アンに抱えられて高速で飛行すること10分程度が経過。
深夜ということで判別しにくいが、見覚えのある建物が乱立している様が見えてきた。
「ここは……学生寮?」
「そ。よくよく考えたら、お兄ちゃんの格好ボロボロじゃない。だから、着替えがいるかなって。ボクの服じゃ、明らかに合わないし」
アンは高度を下げて地面に着地した。
「だから、まずはお兄ちゃんの部屋に行こうよ。あ、ここまで来たなら、今日はお兄ちゃんの部屋で寝よっか」
アンは皆葉を抱えたまま、なぜか迷うことなく、皆葉の部屋まで歩みを進めていく。
「どうして、僕の部屋を知っているんだ?」
「うん?」
「どうやって、調べたんだ?」
「どうやってって……きっかけは、あの子だよ」
「あの子?」
「神代神奈」
「神奈?」
「そ。先週の月曜日、新緑高校の入学式があったでしょ? それで、お兄ちゃんはあの子と学校帰りに待ち合わせをした。まあ、よく知らない女も一緒にいたけど、それはさておき」
アンは語る。
入学式のあった日。神奈とアンは同じ中学の同じクラスで、その日は授業がなく、すぐに下校時刻となった。帰る際、神奈は浮き足立って学校から出ていっており、アンはそれが気になって尾行した。
結果、買い物に出て行く場面に遭遇し、アンは皆葉が家に帰るまで尾行することができた。
「ちょうどあの時は、まだ”神の道化”じゃなかったからね。バレることもなかったよ。あ、ここでしょ?」
「……ああ。下ろしてくれ」
「はーい」
アンは素直に従い、皆葉はようやく自分の足で地面を踏むことができた。手足を何度か動かしてみるが、アンに何かを施された後遺症のようなものはなさそうだった。
「じゃあ、どうぞ」
鍵を開けて、皆葉はアンを招き入れる。
部屋に入るのは、およそ1週間ぶりだった。
冷蔵庫の中は補充してないので食材は空っぽ。飲み物なら多少あるが……。
厳しい現実を目の当たりにして、皆葉の腹の虫が抗議の声を上げる。
「はあ……あれだけ戦った後で、何も食べるものがないのか……」
「もう遅いし、朝にした方が良いと思うけど?」
「いや、今眠ったら、おそらく朝には起きられないと思う。ただでさえ疲労困憊なのに、栄養補給も当面できないとなると、さすがにマズい」
過去に”火”の神霊石を入手した際、その力を自身と同調するために相当な時間、眠りを強いられた。今回もおそらく、数時間では目覚められないと皆葉は踏んでいる。
「なら、ボクがコンビニで何か買ってくるよ。何が良い?」
「君が?」
訝しむ皆葉。だが、自分がもはやまともに動けないのは確かなので、少々不安を覚えながらも、提案を受け入れることにする。
「じゃあ……」
皆葉は真顔になり、手を広げて指折りし、
「まずは、ボリューム。2人前……いや足りないな。3人前分ぐらいの物を何でもいいから持ってきてほしい。
次に栄養。コンビニ飯だからそこまで贅沢はいえないけど、栄養バランスは考えて。
最後に味。正直今の状態だと何でもおいしいとは思うけど……ああ、もう何でもいい! 何でも良いから、食べれる物を買ってきてくれ!!」
注文を出そうと思ったが、空腹がひどくてしゃべるのもおっくうになり、断念した。
「……ぷ」
「うん?」
「あはははははは。面白いね、お兄ちゃん!」
腹を抱えて笑うアン。どこか大人びた雰囲気を持っていた彼女が、初めて年相応の少女の顔を見せた。
「……そうか?」
「そうだよ。中学の時は、ほんの一時しか見たことないけど、こんなに面白い人だったんだね。惚れ直しちゃったよ」
「惚れ直す? 君が、僕を?」
「そ。ボクが、お兄ちゃんを」
「何で、惚れるの? 中学の時の僕なんて、小学校の時を思えば大分マシにはなったけど、うだつが上がらない人間だと思うけど」
「だからだよ」
「だから?」
「身体がまともに動かない人。でも、そんな逆境でもめげずに立ち向かう神皆葉は、ボクにとっては眩しく見えた。ボクみたいに感じた人は、少なからずいたと思うけど……あの子がね」
最後は溜め息混じりに呟くアン。
「「妹ですが何か?」って感じでお兄ちゃんに近づく人を全部排除しちゃったからさ。本当は、寂しかったんじゃない?」
「ああー……まあ、ね。でも、それはやめるように言ったから」
「ふーん。ま、何でもいいや。じゃあ、行ってくるよ」
アンが出て行くのを見届けてから、皆葉はシャワーを浴びて着替えた。
「ようやく……1日が終わるか。長かったな……」
途中で休憩を挟みはしたものの、夕方から深夜までほぼ戦いっぱなしだった。しかも、最後には世界でも恐れられている賞金首に出くわし、命辛々逃げ出す羽目になった。
「ふわぁ……マズいな。もう、限界か」
欠伸が出て、全身から力が抜けていくのを感じる。もはや、意識を保てそうにない。
「せめて、彼女が帰ってくるまで……」
* *
30分後。
「お待たせー、お兄ちゃん」
アンが扉を開けて入ってくる。だが、返事はない。
「お兄ちゃん?」
何かあったのか、と恐る恐る進んでいくと、床から寝息が聞こえてきた。
「……なるほど。ボクを待とうとしたけど、限界が来ちゃったか」
しょうがないなー、とアンは買ってきた食料を袋ごと冷蔵庫に入れ、皆葉をベッドへと担いでいく。
「着替えまでは済ませておいてくれて良かったよ。じゃあ、お休み」
皆葉をベッドへ寝かせ、アンもまたベッドに潜り込んでいった。




