水の咆哮 第5章-5
決着です。
互角な戦力となった盤面。
片や、憎悪の拳を振るうドラゴン。
片や、喜色いっぱいに拳を振るう殺人鬼。
戦闘スタイルは異なるものの、似たような攻撃手段を取っていることから、忽ち拮抗した状態になった。
(決定打を与えられないまま、10分くらいか?)
憎しみの炎を保ちながら、律華は冷めた思考で状況を分析する。
・互いが周囲に展開している翼と神霊石。各々の本体に攻撃を仕掛けようとするが、即座に切り替えて防御に移るため、有効な攻撃手段にならず、牽制程度の効果しか発揮していない。
・律華と光冥。装甲と身体能力では律華が勝るが、技量では光冥に分がある。
・律華の攻撃は、神霊結晶のない箇所には当たらないが、当たれば確実に致命打となる。また、神霊結晶自体、徐々に亀裂が走っている。
・光冥の攻撃は、防御はされているものの、着実に当たっている。装甲に阻まれてはいるが、その打撃は内部まで浸透しており、律華にダメージとなっている。
(現在の状態だと、もはや消耗戦か。だが、奴が皆葉と戦って相当疲弊しているはず。ならば、そろそろ……)
攻防を繰り返すこと数分。その時が来た。
光冥の防御をすり抜け、律華のボディブローがクリーンヒットした。
「がッ!」
光冥は宙高く飛ばされていく。その時、律華は動いた。
「これで……」
周囲に展開していた翼が律華の背中に戻り、吹っ飛ばされていった光冥めがけて、律華は両手を構える。
翼から両手へと、6属性の魔力が流れていき、大きな――人間数名を飲み込む程の魔力光を形成する。そして、ドラゴンの力が混ざり、魔力光は虹色の輝きを放つ。
「終わりだ!」
放たれる魔力光。落下しつつある光冥は、宙で体勢を整えるが、回避は不可能な距離まで近づいていた。
展開していた神霊石で防御膜を張り、直撃に備える。
着弾。眩い虹色の輝きが宙空で爆散する。
「……」
そして、光冥はようやく地面に着地した。姿勢は整えられていたので落下によるダメージはないようだが、律華の砲撃による損傷は計り知れないものだった。
その場から動こうともせず、下を向いている。
「もらった!」
駆け出す律華。大半の力を先の砲撃に使ったため、もはや遠距離から攻撃はできない。だが、追いつめた光冥を仕留めるのに、魔術は必要ない。己の拳があれば十分だ。
「死ね!」
放たれる右ストレート。だが、
「残念だったな」
突如、光冥が動いた。両の手を組み合わせ、迫る右拳へとぶつける。
激突する拳。刹那、異変が起きた。
「な……ッ!?」
困惑する律華。それは、衝撃だった。
光冥に触れた右腕が消し飛んだのだ。いや、右腕だけではない。全身に纏っていたドラゴンの装甲が、すべて消滅した。
露わになる律華の肉体。装甲の上からダメージが通っており、至る所に打撲の跡が見える。
「終わりだな」
告げる光冥。灰色の輝きを放つ、組み合わせた手を離し、先の意趣返しと言わんばかりに、ボディブローを放つ。
「……」
持てる力をかき消され、もはや律華には動く力がなかった。まともにボディブローが突き刺さり、音もなくその場に倒れ伏した。
* *
「……楽しかったぞ、娘よ」
倒れた律華を見下ろしながら、満足な表情を浮かべる光冥。
「さて、我は楽しめた。褒美に、苦しまずに殺してやる」
ぼろぼろになった籠手の姿が変わる。愛用する槍へと形を変え、穂先が律華に向けられる。
「それではさらばだ、ドラゴンの娘よ」
放たれる槍。その瞬間、金属音が響いた。
「……貴様」
光冥の槍は、律華に届かなかった。いや、背後に向けて振るわれ、放たれた小さな刃を弾いた。
憎々しげに、光冥は背後を振り返る。振り返った先には、白衣の男がいた。両手には、指の間に挟むように、小さな刃物――メスが握られている。
「よくも、邪魔をしてくれたな」
「……」
「だんまりか。まあ、良い。貴様が治療するというなら、また楽しめるというわけだからな」
光冥は踵を返し、歩き出す。
「精々、偽善を尽くすことだ」
忌々しげに告げ、光冥は立ち去っていった。
次回で、一区切りになります。




